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零時の世界へ

率直に言って、竜宮たつみやケイは絶望していた。

 イギリス人の父と日本人の母を持つ彼は、十歳までをイギリスで過ごした。

 イギリスでの日々は楽しいものではなかった。東洋の血が見て取れる顔立ちや、小柄な体格を蔑まれ、馬鹿にされる日々だった。


 彼にとって、日本への移住は朗報だった。そこで新しい人生を始めたい。しかし、そんな願いとは裏腹に、彼を出迎えたのは壮絶ないじめを受ける日々だった。

 訛った日本語の発音を笑われ、女の子のような顔立ちをからかわれ、平均よりも小柄な体格は踏みつけられた。

 両親や兄にも相談したが、誰一人として親身になってはくれなかった。それどころか、彼は弱い男だと詰られた。


 もう、何もかもが嫌だった。学校に行くのが嫌で嫌で、彼は今日、ついに学校をサボってしまった。

 彼の足は、自然と東京で有数の高さを持つ建物へとやって来た。ここの屋上はちょっとした遊技場のようになっており、バスケットコートや、サッカーゴールなどがある。

今は平日の昼間。当然だが賑わってはいない。いるのは柄の悪そうな中高生だけ。

普段は絶対に近づかないような場所だ。しかし、彼は今日何の躊躇もなくここにいた。絡んでくる連中を無視して歩くようなことも、普段は出来ない事だろう。


(フェンス一枚か……)


 彼はぼんやりとそんなことを思う。フェンス一枚。これを越えてしまえば、彼をこの世界に繋ぎとめる物は何もなくなってしまう。

 躊躇ったのは一瞬だけ。彼はフェンスに足を掛け、一心不乱に登り始めた。

 背後で誰かが騒いでいるのを感じる。止めようとしているのか、囃し立てているのかわからない。どっちでもいい。

 彼はフェンスを越えて、屋上の淵に立った。見下ろす世界は、気が遠くなりそうなほどに小さい。


(飛び降りてやったら、みんな迷惑するだろうな……)


 具体的にどう迷惑するかはわからなかったが、それは彼にとってなかなか楽しい想像だった。


(今まで我慢ばかりの人生だったんだ。最後ぐらい、誰かに迷惑をかけてやろう)


 彼は目を閉じ、その体をただ重力に委ねた――。



***

「では、始めましょぉ」

「本当に、やるんだな?」

「今更ですわ~♪」

「怖気づいたのぉ?」

「そういうわけじゃねえよ……ただ、他の種族の中には納得していない奴もいたしな……センメイあたりは怒るかもな」

「ユルメリカも~♪」

「でもぉ、言い始めた切りがないんじゃなぁい? そもそも、これはそんな纏まりのない現状を打開するための儀式だしぃ?」

「まあ、そうだな」

「やるならさっさとやるわよぉ。今はフィフィが相手してるけどぉ、ミルヒエルに来られると厄介だしぃ。ルナルーン、ボルティマも、いいわねぇ? それとリルリット、起きなさぁい」

「んん~? もう、始める?」


 狭い部屋の中に、四人の女性の声が響く。薄暗い部屋だ。締め切られており、蝋燭の弱弱しい光のみが揺れている。その光がうっすらと、六芒星の魔法陣を映し出す。

 その中心に立った女性が、他の三人に声を掛ける。


「じゃ、あたしに力を集めてねぇ」

「行きますわ~♪」

「んんぅ……」

「行くぜ!」


 三人の女性が魔力を解放し、中心に立った女性に集めていく。


「ああ……良いわぁ……これなら……」


 その女性が儀式を始めようとしたまさにその時、


「貴方たち! 何をやっているのですか!」


 もう一人の女性が部屋の中に飛び込んできた。


「げ! ミルヒエル! フィフィは何やってたんだ!」

「しばらく眠ってもらいましたよ!」

「役に立たねえ奴だな! まったく!」

「大丈夫よぉ、ボルティマ。ここまで来たらもう止められないわぁ」


 中心に立った女性は、全く慌てることもなく儀式を開始した。


「どうせこんなもの一瞬で終わるしぃ……それ!」


 その声に応える様に、魔法陣が光を発し始めた――。

***



 ケイは目を閉じて、ただただ自分の体が落ちていくのを感じていた。

 体はどんどん落下して行き、そのまま地面に……中々叩きつけられない。それどころか、体が浮いているような感じさえする。


(これはあれか、死ぬ直前には一瞬が長く感じられるとかいう現象だろうか)


 そうやって自分を無理矢理納得させようとしたケイだが、


(いくらなんでも長すぎるだろ!?)


 怖いから、と閉じていたが、好奇心に負けてついに彼は目を開いた。すると、


「な、なんだこれ? ひ、光!?」


 つい声に出てしまった。

 そう、彼の体は光に包まれていた。

 光に包まれた彼の体は、落ちるどころが、上に向かって引っ張られているような感覚すらある。


「な、なんだ!?」


 彼を包んでいた光が急に消え、彼は急に宙に投げ出された。


「うわあ!」


 戻ってきた重力によって地面に叩きつけられた彼だが、それほどの衝撃は無い。


「痛てて……」

 上半身だけ起こして周囲の様子を伺ってみる。

 薄暗い部屋だ。誰かいるみたいだけど、光量が無さすぎてよくわからない。


「成功したんだな!?」

「ええぇ。成功よぉ」

「じゃあ、これが、ニンゲン?」

「動かねえな。どうしたんだ?」

「……恐らく、何も見えていないのかと思われます」

「これぐらいも見えねえのか? 人間なのに?」

「ニンゲンと言えど、万能とは言えないのですよ……。それに彼はまだ子供ですからね」

「え? まだ幼虫なのか?」

「ボルティマぁ……虫じゃないのよぉ?」

「……兎に角、彼はまだ一人前のニンゲンではありませんよ」

「じゃあ、まだ弱いのか?」

「そうですね……成長すればどうなるかはわかりませんが。それよりもまず、光あれ!」


 部屋の中に光が充ち始めた。これでようやく、ケイの目でも部屋の中の様子がはっきり分かるようになったのだが……。


「う、うわあ!」


 失礼にも、彼は悲鳴を上げてしまった。

 部屋の中にいた女性たちの姿が、彼にとってあまりにも馴染みが薄いものだったためだ。

 率直に言って、彼女たちは人間の姿をしていなかった。

 全員、顔は普通の人間と同じである。しかし、下半身が蛇のようであったり、馬のようであったり、鳥のようであったり、植物と一体化していたりする。鳥の下半身を持つ女性にいたっては、両腕の代わりに羽が生えている。

 人間に近い姿の女性もいるが、彼女も背中に純白の羽を生やしており、人間とは違う生き物であることが伺えた。


「おい、こいつあたしたちを見て悲鳴あげやがったぜ」

「失礼な、人」

「それにぃ、弱そうねぇ」

「どうします~♪」


 口々に勝手なことを言い合っている。

 ケイは、自分について話し合っているのだろうとは理解できたが、何を言ったら良いのかがさっぱりわからない。

 小さな部屋の中はちょっと混沌とした状況だ。


「皆さん。お静かに」


 そんな状況を、純白の羽を持った女性が静めてくれた。


「急に別次元に呼ばれてしまっては、いかにニンゲンと言えども混乱するものです。彼には私の方で大まかに状況を説明いたしますので、少しの間席を外しては貰えませんか?」

「あん? なんでお前に指図されなきゃいけねえんだ?」

「貴方たちがいると話がややこしくなるんですよ! 説明が終わったら彼は必ずお連れすると約束しますから」

「そんなこと言って、お前一人で食べるつもりだろ」

「食べません! いいから早く出て行ってください!」

「ちっ! しょうがねえな」

「いい。手間が、省けた」

「そう考えましょ~♪」


 三人の女性が、悪態をつきながらも部屋を出て行った。

 しかし、蛇の下半身を持った女性は部屋にとどまって動かない。


「何をやっているのですか、ン・ケセラ。貴方も出て行くんですよ」

「まあ、いいわぁ。でもぉ、一応釘を刺しておこうと思ったのよぉ。あまり変なことを吹き込まないでねぇ? 自分の手駒になるように仕向けたりとか、ねぇ」

「……ご心配なく。私は天使です。必ずや公平な事実のみをお伝えすると約束しましょう」

「だと、いいんだけどねぇ」


 嫌な笑みを浮かべて、蛇の女性は部屋を出て行った。


「まったく……」


 溜息を吐いて、女性はケイの方に向き直った。

 美しい女性だった。これほどまでに美しい女性は、見たことが無かった。

髪は金色で、肌は透き通るほどに白い。背中に生えた羽と、頭の上に浮かぶ金色の輪っかが神々しさを醸し出す。

そんな美しい彼女は、ケイの前に膝をついて頭を下げた。


「え、あの……」

「ゴタゴタして申し訳ありませんでした。私はミルヒエル。見ての通り、天使です。階級は下級第一位。プリンシパリティーズに属します」


 はきはきとした口調で女性は自己紹介する。しかし、何を言っているのかケイにはよくわかっていなかった。


「よろしければ、貴方の名前をお教えいただけませんか」

「ケイ……竜宮ケイです……」

「ケイ……ケイ様とお呼びしても?」

「か、構いませんが……様だなんて……」

「申し訳ありません。こちらの世界に勝手にお呼び立てしたのは我らです。無礼に接するわけにはまいりませんので……」


 自己評価の低いケイにとっては恐れ多い話だが、こう言われてしまっては無碍にも出来ない。それより、ケイは現状を理解したかった。


「あの……呼んだっていうのは……」

「ええ。大変申し訳ない話なのですが、この世界の住人が勝手に召喚の儀式を行ってしまいまして……。貴方を強制的にこの世界に連れてきてしまったのです」


 突飛な話ではあった。しかしライトノベルやゲームなどの影響で、ある程度のファンタジーな素養を持っていたケイは感覚的に理解できた。


「えっと、じゃあ、ここは僕のいた世界とは違う……」

「はい。『ニンゲン』の存在しない世界です」


 『人間がいない』……。それは恐らく文字通り、ケイと同種の存在はいないということ。先程この部屋にいたような、半分獣の体を持ったような種族しかいないということ。あまりにも突飛すぎて、ケイは気が遠くなる思いがした。


 



 自分に今一つ自信が持ていないでいた少年、竜宮ケイ。

 彼の新たなる人生は、こうして始まったのだった。

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