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ハルくんと怖くないお化けの話し

ハルくんとざしきわらし

作者: 梅屋啓

 ハルくんはちょっと恥ずかしがり屋の小学校一年生。

今から始まるお話は、ハルくんが冬休みに体験した不思議な物語です。

 それは冬休みのある日のことでした。ハルくんがお父さん、お母さんといっしょにいなかのおじいちゃんの家に遊びに来ていたときのことです。ハルくんの家から車で何時間もかかる遠いところに、おじいちゃんと、おばあちゃんは住んでいます。その家はとても古い家なので、テレビゲームもなければ、仲のいいお友達も近くにはいません。なので、冬休みの間、ハルくんのお友達はおじいちゃんの庭にいる犬のハチだけなのでした。


「お母さん、ぼくハチと外で遊んでくるね」


そう言ってハルくんはハチのいる庭に出ていきました。雪の積もった庭にハルくんが出ていくと、頭のいいハチはすぐに尻尾を大きく降りながら小屋から出てきます。


「やあハチ。今日は何をして遊ぼうか。そうだ。僕がこのボールを投げるから取っておいでよ」


ハルくんは庭の隅に転がっていたピンク色の柔らかいボールを拾うと、ハチに見せながら言いました。ハチはくんくんとボールのにおいをかぐと「ワン」と元気よく鳴きました。


「ようし。じゃあいくよ」


ハルくんは最初は優しく、ハチの近くにボールを投げました。ハチはすぐにボールを追いかけて、口にくわえてハルくんのところへ戻ってきます。


「えらいぞハチ。次はもうちょっと遠くへ投げようか」


こうしてハルくんは何度もボールを投げました。ハチはとても頭がいい犬なので、すぐにボールに追いついて、ハルくんのところへ持って帰ってきます。そうして何度かボールを投げたときでした。ハルくんの投げたボールが家の垣根を越えて隣の家の庭に入ってしまったのです。ハチは鎖につながれているのでそのボールを取りにいくことができません。


「ああ。ごめんよハチ。今ぼくがボールを取ってくるからちょっと待っていてね」


ハルくんは庭を出て隣の家にボールを取りに行きました。


 隣の家に行くのが初めてだったハルくんは、まず始めにそうっと隣の家の庭を外からのぞきこみました。


「怖いおじさんがいたらどうしよう。怒られたら大変だ。おじさんにも怒られて、家に帰ったらお母さんにも怒られるにちがいないぞ。こっそりボールを取って帰らないと」


すると隣の家の庭には小さな男の子が遊んでいたのです。男の子の近くにはハルくんが投げたピンク色のボールが転がっていました。ハルくんはお母さんからいつも言われていることを思い出しました。


「知らない人のおうちに勝手に入ってはいけませんよ」


そこでハルくんはその男の子にボールを拾ってもらおうと声をかけたのです。


「ねえ。そのボールを取ってもらえないかな」


すると男の子はびっくりした顔でハルくんの方を見ました。不思議な男の子でした。歳はハルくんと同じくらいでしょうか。でも男の子が着ていた服は、まるでテレビの時代劇で見るような昔の男の子が着る服なのでした。男の子はハルくんの方へ駆け足でやってきて、ハルくんの顔をじいっと見るのです。


「ねえ。ボールを取ってほしいんだ。あそこにあるピンク色のボール」


男の子はハルくんの顔をじいっと見て言いました。


「わあがみえらの けやぐさのろうし」


ハルくんには男の子が何を言っているのかさっぱりわからなかったのでした。ハルくんはちょっぴり怖くなりました。


「ボールを取ってほしいんだけど」


ハルくんはボールを指さしながらもう一度言いました。けれど男の子はじいっとハルくんの顔を見てこう言うのでした。


「けやぐさのろ」


「何を言っているのかわからないよ。ぼくにわかる言葉で言ってよ」


ハルくんがそう言うと男の子はちょっぴり寂しそうな顔をして家の方へ走って行ってしまいました。


「ああ。ぼくのボール」


ハルくんは仕方なくこっそり庭に入りました。


「怖いおじさんが出てきませんように」


そう心の中で言いながら急いでボールを拾うと走ってハチのところへ戻ったのでした。


 その夜のことでした。夕ご飯の時間に男の子のことを、お父さんとお母さんに話してみたのです。するとお父さんとお母さんはちょっと不思議そうな顔をしました。そしてお母さんは言いました。


「隣の家にそんな男の子がいたかしら。聞いたことがないわ」


ハルくんはちょっと怖くなりました。あの男の子はいったい誰なのでしょうか。するとお父さんが言いました。


「その男の子はハルくんになんと言ったんだい?」


「何を言っているのかわからなかったんだ。もしかしたら外国に住んでいて、冬休みだから遊びにきているのかも」


この町ではもうすぐ新年を迎えるお祭りがあるのです。きっとお祭りに行くためにおじいちゃんに服を用意してもらったんだろう。ハルくんはそう思ったのでした。お父さんはこうも言いました。


「そうか。じゃあ明日またその子に会ったら今度はちゃんとお話しを聞いてあげるといいよ」


「でも何を言っているのかぼくにはわからないよ」


そう言うとお父さんがハルくんにこう言いました。


「その子もハルくんの言っていることがわからなかったのかもしれないよ」


ああ。たしかにその通りなのです。長い間外国に住んでいたのなら、その子もハルくんの言ったことがわからなかったのかもしれません。ハルくんはちょっと悪いことをした気持ちになりました。


 次の日のことです。ハルくんは男の子に会うために隣の家の庭をそうっとのぞいてみました。するとやっぱり男の子が庭で木の枝を使って土の上に絵を描いていたのです。ハルくんは勇気を出して男の子に声をかけました。


「や、やあ。こんにちは」


男の子はハルくんに気がつくと昨日と同じように走ってハルくんの近くへやってきてこう言ったのです。


「みえらんしょ けやぐさのろ」


やっぱりハルくんには男の子が何を言っているのかわかりません。けれど今日のハルくんは昨日とは違いました。朝の新聞に入っていた裏側が真っ白なチラシと鉛筆を持ってきていたのです。


「もういっかい」


ハルくんはそう言いながら人差し指を立てて男の子に見せました。すると男の子はもう一度言いました。


「わあがみえらんしょ けやぐさのろ」


ハルくんはいっしょうけんめいチラシの裏に男の子が言った言葉を書きました。お父さんとお母さんに見せれば、男の子が何を言っているか分かると思ったからです。学校で教えてもらったばかりのひらがなで、いっしょうけんめいかきました。


「待っていてね。すぐにもどってくるからね」


そう言ってハルくんは家に戻ったのです。ところが、お父さんもお母さんも買い物に行ってしまって、家には誰もいませんでした。そういえば、今日は一人でお留守番をするように言われていたのでした。おじいちゃんの家にはハチとハルくんしかいなかったのでした。お父さんとお母さんが戻ってきたのは夕ご飯の時間になってからのことでした。もう外も暗くなる時間だったので、隣の家に行くことはできません。ハルくんはいっしょうけんめい書いた紙をお父さんに見せました。するとお父さんは言いました。


「ハルくん。明日はお父さんもいっしょに行っていいかな」


ハルくんには、なぜお父さんがそんなことを言うのかさっぱりわかりませんでしたが、


「うん。いっしょに来て」


そう言って、お父さんといっしょに男の子に会いにいく約束をしたのでした。


 そして次の日です。ハルくんとお父さんはいっしょに隣の家に行きました。すると、昨日とは違って、今日は大人がたくさん庭にいました。絵本で見るようなショベルカーやダンプカーも庭にありました。たくさんの大人たちが隣の家を壊しにやってきたのです。ハルくんはびっくりしました。

家を壊しに来た大人たちの一人が、ハルくんとお父さんに言いました。


「そこにいるとあぶないぞ」


そう言いながら壊した家の柱や壁のクズをダンプカーに乗せて行くのでした。ハルくんはお父さんに聞きました。


「なんで家をこわしているの?あの男の子はどこに行ったの?」


「ハルくん。もうあの子はいなくなってしまったのかもしれないよ」


「どうして?あの子はお祭りに行くんじゃないの?」


ハルくんが言うと、お父さんは言いました。


「ハルくん。昨日おじいちゃんに聞いたんだけれどね。この家にはもう、ずっと前から誰も住んでいないんだそうだ」


それを聞いてハルくんはとても驚きました。


「うそだよ。だって男の子が遊びにきていたじゃないか」


するとお父さんはこう言いました。


「きっとあの子はざしきわらしだったんだ」


「ざしきわらし?」


初めて聞いた言葉にハルくんが首をかしげました。お父さんはハルくんに言いました。


「ざしきわらしはね。お化けの仲間だよ」


「え!お化け?ぼくはお化けと話しをしたの?」


「お父さんもね。小さい頃はたくさんのお化けを見たんだよ。でも大人になったら見えなくなってしまったんだ」


「お父さん。お化けは怖いものでしょ?ぼく怖いのはいやだよ」


ハルくんはちょっと泣きそうになりました。するとお父さんはこう言いました。


「お化けにもいろいろあってね。怖いお化けもたくさんいるけれど、怖くないお化けもたくさんいるんだよ。ざしきわらしはね、家にやってくると、その家族は幸せになると言われているんだよ」


「でもこの家は壊されてしまったよ。幸せになっていないじゃないか」


「きっとあの子もさびしかったんじゃないかな。最近はお化けのことを信じない人が増えたからね。誰も自分のことに気づいてくれないから、さびしくなって、誰もいないこの家で遊んでいたんじゃないかな」


ハルくんはお父さんの言うことがよくわかりませんでした。


「なんでぼくはお化けが見えるの?」


「さあ。それはお父さんもわからないな。お父さんもお化けが見えたけど、なんで見えたのか今でもわからないんだ。でもね、お化けが見えることは怖いことじゃないんだよ。だって、お化けが見えない人よりも、たくさん、たくさん、すてきなお友達ができるということなんだから」


「お化けとお友達になれるの?」


ハルくんはお父さんに聞きました。


「そうだよ。だって、あの子もそう言ったのだろう?」


そういえば、ハルくんが書いたあの子の言った言葉のことをハルくんはまだ聞いていなかったのでした。お父さんはポケットからハルくんが書いた紙を取り出すと、ハルくんに見せながら言いました。


「わあがみえらの けやぐさのろうし。これはね、この地方の昔の言葉なんだって。おじいちゃんが教えてくれたよ」


「どういう意味なの?」


ハルくんが聞くと、お父さんはゆっくりと教えてくれました。


「ぼくが見えるのかい?お友達になろうよ」


それを聞いてハルくんは泣き出しそうになってしまったのです。お父さんは言いました。


「ざしきわらしはね、いろんな家を次から次と旅するお化けなんだ。だからふつうは誰かと友達になったりすることはないんだ。でも、お化けのことを信じない人が増えて、どこに行っても気づいてもらえなくなって、きっとさびしかったんだろうね。だから、自分を見つけてくれたハルくんとお友達になりたかったんじゃないかな」


「あの子は、ざしきわらしはどこへ行ってしまったの?」


「さあ。この家が壊されてしまったということは、また違う家を探して旅に出てしまっただろうね」


「ぼくがあの子とお友達になっていたら、この家は壊されなかったの?あの子はずっとここにいられたの?」


「いいや。この家がこわされることはずっと前から決まっていたんだって、おじいちゃんが言っていたよ。だからハルくんは悪くないんだよ」


「でもぼくはあの子の友達になってあげられなかったんだ」


ハルくんがそう言うと、お父さんは優しくハルくんの頭をなでながら言いました。


「ハルくんがお化けを信じてあげれば、きっとまた会える日が来るよ。これからハルくんは、いろんなお化けと出会うかもしれない。でもね、お化けにだってハルくんやお父さんと同じで、心があってね。喜んだり、怒ったり、悲しんだりするんだよ。だから、ハルくんも優しい心を忘れないようにしなければいけないね。人間のお友達も、お化けのお友達も、たくさんのお友達と仲良くできる大人になるんだよ」


「うん。ぼくがんばるよ」


こうしてハルくんのちょっとふしぎな冬休みは終わったのでした。お化けが見えるようになったハルくん。大人になってお化けが見えなくなってしまったお父さん。これからハルくんはたくさんのお化けと出会うことになるのです。

でもそれは、また別のおはなし。ハルくんがざしきわらしともう一度出会える日が来るまで、この物語はもうちょっと続きます。



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