行方不明
生ぬるい風が吹く。
窓から見えるのは、呆れるくらいに何も変わらない番地の風景だ。カーテンがふわふわ、風に揺られる。消しカスの散らばった勉強机でわたしはろくに勉強もせず、物語を書いている。安いノートにシャーペンを一心不乱に走らせて。じんわりとした暑さに背中から汗がにじんでいるのが分かる。ぬるーい、やな暑さ。風に飛んでいきそうな数学のテストをごみ箱に投げた。61点。見なかったことにしたい。
なんとなく、本棚の「高校受験総合ガイド」とかいう分厚い本に手を伸ばす。ぱらぱらとめくって何処かの頭の良さそうな高校のページを眺めたりしてみる。全然行ける気がしない。すぐに飽きてガイドをほっぽり投げる。なんとかを制する者は受験を制す、とか先生達がよく言うけど、そんなのさっぱりわからないしピンとこない。できれば大好きな文学に浸りながら、物語を書いていたい。だって将来とか進路とか今から考えられるわけないよ。緊迫感のないわたしは机に突っ伏すようにして窓の外を眺める。また風が吹いた。こんどはわたしの髪も揺れる。
さっきまで曇ってた空がいつのまにか晴れてる。向かいの家の瓦屋根がテカテカに光ってる。風が勢いを増して、電線も木々もカーテンも黒髪も、いろんなものを揺らす。空に浮かぶ雲さえも運んでいく。
どこへ行くのかな。
鳥の鳴く声。遠くで電車の走る音。風の音。ここからは、それくらいしか聞こえない。
どこへ行くのかな。
どこかでサイレンが鳴っている。
どこへ行くのかな。
どこかで車のエンジンのかかる音がして、すぐに走り出した。
どこへ行くのかな。
吐いた溜め息も、吹く風みたいに生ぬるい。吹く風はわたしを雲みたいに運んでくれない。わたしの汗を連れて行ってはくれない。
夏が始まる。