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赤槍の英雄

 並べられた槍を見てサリュウは難しい顔をした。

「気にいらねえの?」

 武器はよく分からないヌイは横から見ている。

「主人、ちょっと試してみていいか?」

「傷つけなきゃかまわねえよ」

 サリュウは断りを入れてから槍を手に取った。軽く構えてみる。しかしすぐに槍を下ろした。

「しっくりこんな……」

「どれでもいいじゃん。間に合わせに一本選べよ」

 どちらかというと剣より槍を得意とするサリュウのために武具を扱っている店に来たのだが、どれも今ひとつ気に入らないらしい。

 ヌイは得物を使わない。魔法による遠方攻撃か拳打による体術が得意なので武器はどうでもいい。

「よくない槍を使うよりは剣の方がマシだ」

 剣が苦手というわけではないのだ。サリュウは槍をもとの位置に戻すが――

「主人、なんだってここの店の槍はみんな赤い柄なんだ?」

 壁に飾られている槍という槍が全て赤塗りなのだ。派手というか、異様だ。

「なんだ、兄さん赤槍の英雄にあやかろうってわけじゃないのか」

「赤槍の英雄?」

 そんな人物は知らない。

「大きな声じゃ言えないけどよ『シエイカ傭兵騎士団』の『赤槍のサリュウ』のことだよ」

――誰?――

 サリュウとヌイは目を丸くした。

「知らないのかい? 『赤槍のサリュウ』羅青族とたった二人でカルサ峠を敵の血で赤く染め上げラジア兵の屍の山を作って敗走させたってぇ男さ。その英雄が使っていたのが赤い槍で、それにあやかろうって野郎が多くてね。今は槍は赤くねえと売れやしないのさ」

 そんな二つ名は持った覚えはない。というか、愛用していた槍は赤くない。

「あ――あっはははははははは!」

 ヌイが爆笑した。

「あ、赤槍! 赤槍! あはははははははははは!」

 腹を抱えて笑い転げ床を叩く。

「おい……」

 サリュウが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「なにそれ! その真っ赤な嘘! あはははははは!」

 自分の言葉がツボにはまったのか、笑いが止まらなくなってしまったらしい。ひいひいといいながらも笑い続ける。

「笑いすぎだ」

「腹いてえ……あれか、歌の血で赤く染まった槍――それで赤槍か」

「あれ? そうなのかい?」

 ヌイは笑いすぎで滲んだ涙を拭った。

「ああ、そうだよ。カルサ峠の前には赤槍なんて聞いたことなかったぜ」

「へえ、そうなのかい。そいつは残念だ。そういう特徴があったほうが槍が売れるんだがな」

 憮然としたサリュウは主人に聞いた。

「主人、赤くない槍はないのか?」

「あるよ。ちょっと待ってな」

 そういうと主人は奥へ入っていって、しばらくしてから布に包まれた槍を持ってきた。

「こいつは赤くないんで売れなくて困っていたんだよ」

「ほう」

 サリュウはそれを受け取り布を外してみた。

 けっこうな豪槍である。それを構え――苦笑した。

「これは前から売れなかっただろう。使い手を選ぶ槍だ」

 並みの使い手なら槍に振り回される。それに――どこか懐かしいこの槍は――おそらくサリュウが贔屓にしていた鍛冶屋のものだ。手に馴染む。

「いくらだ?」


 槍は意外に安かった。

「こんな値で買えるもんじゃないんだがな」

「流行じゃねえからだろう。しっかし」

 うぷぷとヌイが肩を震わせる。

「いいかげんにしろって。笑いすぎだろ」

「だってよ、噂ってえのはとんでもないな」


 ここまではヌイが大笑いする程度ですんだが――巷に流れる噂はどんどんとんでもない方向性へいっていた。

 よほどたった二人で軍隊を背走しせめたという印象が強いのか、『赤槍のサリュウ』はどんどん魁偉な容貌になっていった。血塗れになったというのが本人が赤いと思われたのか、赤毛の毛むくじゃらの筋肉達磨、赤ら顔の大男という風に語られている。服装もいつの間にか赤で揃えられていた。赤槍を抱えた熱血漢。

 これにはヌイが椅子から転げ落ちて笑った。

 吟遊詩人の歌を聞いて笑い転げる男というのは傍からみれば異常だっただろう。

 サリュウ本人の容姿といえば――癖のない黒髪に黒瞳。細面の端正な顔立ちだ。背は高いが、巷で言われているような筋肉達磨ではない。逆三角形の引き締まったしなやかな体つきだ。

 吟遊詩人の歌を頼りにサリュウを探していれば、たとえ目の前に本人がいたとしても分からないだろう。

 しかしこれはサリュウに限ったことではなく『シエイカ傭兵騎士団』の面々の容姿はどんどん好き勝手に変えられていっていた。

 庶民には参謀というのは受けが悪いらしく、頭がいいだけで狡賢く一人ではなにもできないみたいな印象があるらしい。

 参謀のサナミは矮小で、禿げの狐顔の油断ならない小男のように語られ、天才剣士と名高かったソージュは金髪碧眼の大柄な正統派美男子の好青年のように語られていた。

 どこの王子様だ。

 これには本人を知っているだけにサリュウもヌイをたしなめられないほどに笑った。

「なにこれ! 罠! 罠なのか! 俺達の腹筋ねじ切るつもりだろう! なんだよ、これ! ぶぁははははははははははは! 腹が、腹がっ! ぐふぁははははははははは! ぐふうぅうう」

 元々笑い上戸のヌイは呼吸困難になるほど笑った。

 サリュウも笑いを押し殺そうとしたが無理だった。

 悲壮な英雄譚を聞きながら笑い転げる二人の大男というのは異様だろうとは思うのだが――暴力的なまでの笑いを抑えられなかった。涙を滲ませ、痙攣する腹を抱えて笑った。

 『シエイカ傭兵騎士団』のものなら誰だって大笑いするだろう。

 もし巷で語られている容姿をもとに二人を探していたら、絶対に見つからない。

 それほどまでに本人の容姿と違いすぎる。

 これを知ったら件の参謀はちょっと笑ってのたまっただろう。

「いい目くらましですねえ」

 口調まで思い浮かんでしまって、サリュウは笑いが止まらなかった。

 腹筋いてえ。

なぜ二人が馬鹿笑いしたのかその理由は次回。

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