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知られざる一幕

 もともとのラジア国内でも『シエイカ傭兵騎士団』の歌はこっそり歌われていた。

 吟遊詩人が歌う『シエイカ騎士団』は、美丈夫の『天剣のソージュ』と、卑屈な醜い小男の参謀サナミ。豪傑で魁偉な『赤槍のサリュウ』と羅青族。それに、囚われた『大剣のシンマ』のくだりが人気である。さすがに、亡国の姫を連れて逃げた副隊長のくだりはふせられている。

 『大剣のシンマ』は捕らえられたということで、病弱なイメージが生まれたようだ。『大剣のシンマ』は銀髪、細身の繊細な美剣士として歌われている――これはトアル人々の腹筋を直撃した。

「ぐがぁっ!」

「うぶぶっ!」

「うぷぷっ!」

「ぐふっ!」

 宿屋と酒場を兼任した店、笑いを押し殺し損ねた奇声をあげ、隅のテーブルを囲んでいた一団が腹を押さえて机に突っ伏した。しかし、隣のテーブルからも、笑いを無理矢理飲み込んだような「うくっ!」という奇声が上がり、そのうちの一人――長身で細身の人が振り返った。

 そして、隣の席の客と眼が合った。

 自分の口と腹を押さえるその男は中背、中肉。黒髪で黒い瞳。独特の顔立ちをしており、表情のわかりにくい細い眼をしていた。歳はよく分からないが二十前後ぐらいだろうか。

「お――お久しぶりです。覚えておられますか? 私はマオ(・・)です」

 とっさに相手が挨拶をして――サナミもそれに答えた。

「ええ、覚えていますとも。ユリスウ(・・・・)です。もうお体のほうは?」

「はい。すっかり治りました」

「よう、ハウル(・・・)だが、覚えているか?」

 サリュウが名乗り、マオが心得ているように頷いた。

「はい。ハウルさんにはお世話になりました」

「ジュジュです。懐かしいですね~」

 ソージュが名乗ると、相手は頷いた。

「懐かしい名前ですね」

「ここで会えるとは奇遇ですね。時間がありますか? 上に部屋を取ってあるのですが、よろしければそちらで昔話などいかがですか?」

「ぜひ」

 サナミが言うと、相手は快く承諾した。


 場所を移すと、さっそく相手が切り出した。

「ご無事で何よりです。サナミ参謀。サリュウ隊長も。ソージュ隊長は――左腕を失ったと聞きましたが?」

 男の視線が一瞬ヌイに流れた。

「色々あったんです」

 ソージュがはいっと申告すれば、サナミが挨拶した。

「あなたも無事で何よりです、ヤオ(・・)君。あなたはどうしていましたか?」

「私は峠の前に負傷兵として収容されましたから、『シエイカ傭兵騎士団』の一人だと思われなかったようです。普通の捕虜と同じ扱いで――今はラジアの特別部隊について、密かに調べております。私は隊長達のように知られてはいませんから」

 ヤオは『シエカイ傭兵騎士団』の一員だった。元は大陸の生まれではなく、遠い島国からやってきたのだという。四年ほど前に『シエイカ傭兵団』に入った。戦闘力こそ並だが、薬師としての知識もあり、なにかを調べる能力はかなりのものだ。弓の名手でもある。

 カルサ峠の戦闘前、ヤオは負傷し、治療のため後方の病院に下がっていたが、それが幸いし普通の捕虜のように今は自由だという。

「ラジアの特別部隊ですか……」

「はい……いまさら無意味かも知れませんが、どうにもやりきれなくて……」

 ヤオが苦い顔をする。

「私達もラジアの特別部隊には興味があります。どうやらシンマ君が未だに囚われているようなのです」

「シンマ隊長が? ではあれは……」

 ヤオがなにかを考え込んでいるようだった。

「あなたが調べ上げた情報を教えていただけませんか? 私達が知ったことも教えますよ」

「ラジアの特別部隊の責任者はセオリスという男です」

 サナミに促され、ヤオが自分で調べ上げたことを報告する。

「正規軍を敗走させた部隊は、五年ほど前から密かに作られていたもののようです。計画自体はもっと以前からあったようですが、なんらかの事情で実行に移せなかったようで。正規軍を圧倒した戦闘力も凄まじいんですが――槍で体を串刺しにされた兵がそれを引き抜き、戦い続けていたという目撃証言があります。おそらく全員、なんらかの肉体改造をしていると思われます。これは私の推測ですが――」

 ちらりとヤオの視線がヌイに流れた。

「私の生まれ故郷の列島では、羅青族の血が万病の薬だとも、不老の秘薬だとも言われておりました。羅青族がなんらかの形で関わっているのではないかと」

 ヤオの発言にサナミの眉がつりあがった。

「羅青族の血が、ですか」

「こんな話があるんですが――とある海辺の村に一人の女が流れ着きました。女はその村の出身だと言い張りました。しかし、女のいう名前の行方知れずの女はいましたが、女のいうとおりなら三十年も前の話で、まだ若い女が本人だとは誰も信じられませんでした。女は自分は羅青族に攫われ、歳をとらなくなったのだといいました。しかし、直後に村に羅青族が現われ女を奪っていきました。そのため、真偽はわからず仕舞いですが――誰からともなく、羅青族の血は不老長寿の薬だといわれるようになったのです。権力を持つものはそれを試そうとしたって言いますがね――相手が悪すぎる。羅青族の血なんて、そんなに簡単に盗れるものじゃない。悉く失敗して力を失ったとか」

 ヤオの故郷の話を聞いて、全員こっそり視線を交し合った。

 確かに羅青族の血はある意味『不老長寿』をもたらす。

 番化――半羅青化させられた人間は、羅青族の治癒力と、人間から見れば不老とも思えるほどのゆっくりした老化と寿命をえる。その代わり羅青族の伴侶として扱われる。

「これははっきりした情報じゃないんですが、その特別部隊の本拠地に――この街なんですが――羅青族が出入りしているらしいと――おそらく、なんらかの取引をしたものと思われます」

「そうですか。よくそこまで調べられましたね」

 サナミが言うと、ヤオは眼を伏せた。

「その、ソージュ隊長の腕も?」

「ヌイ君の協力で取り戻せました。番――私はこれを半羅青化としております。ヌイ君達羅青族は男しかいない種族で、他種族の肉体を魔力で変えて、羅青族の子供を産ませて種族を維持しているそうですが――これは女性に限りません。男性も子供が産める体になってしまうそうで」

 ヤオの顔が盛大に引きつった。

「その代わり、身体能力が羅青族に準じるほどに強化され、治癒力を上げます。老化も我々にとっては止まっていると思うほどに遅くなるとか」

「ソージュ隊長も番に? ラジアの特別部隊も番なのでしょうか?」

 ヤオがいうと、ヌイが噛み付くように叫んだ。

「便宜上だ! 俺の番はサリュウだ!」

「手前! 俺は納得してねえぞ!」

 ヤオが眼を見張った。

「え? サリュ……」

「ヌイ君はサュウリ君を番としています。ソージュ君のは、腕の再生のためですね。ヌイ君はソージュ君には(・・)、なにもしていませんよ」

 ソージュにはなにもしていなくとも、サリュウには色々と――そこら辺の事情を察したのか、ヤオが顔を赤らめてあらぬ方に視線をそらした。

 不本意な事情を暴露されてしまったサリュウは落ち込んでいた。

「特別部隊の隊員は『二世代目』と言うそうです」

「二世代目?……」

「我々は一度彼らのうち三人と遭遇しております。その際、彼らは自らを『二世代目』と称しておりました。ヌイ君も戸惑っておりましたが、番とするには魔力が薄すぎるそうです。また、番にとって必要不可欠である“子を育む器官”が発生していないそうです。これは――番の血などの体液に含まれる魔力が中途半端に半羅青化を引き起こすのではないかと推測しました。少なくとも身体的な能力、治癒力は向上します。番による半羅青化を引き起こしたもの――それが『二世代目』だと推測しています」

「番の血――半羅青化――そういうことですか」

 半羅青化による能力の底上げ。ただし子を産む器官は発生せず、ゆえに発作も起こさない。期間は不明だが、兵士としてはこれほど適したものはない。

「羅青族があれほど無節操に番を作るはずはないと思いましたが――羅青族ではなく、番のほうが協力しているということですね」

 ヤオが得心したように頷いた。

「もっとも、羅青族にしたら、番に浮気されているようなものなのだそうですけどね」

 サナミが補足すれば、ヌイが苦々しく言う。

「酔狂な野郎だよ。そこまで番に甘いとはな」

「羅青族にしたら、そういう感覚なんですねぇ」

「羅青族、わかんねえ」

『シエイカ傭兵騎士団』の平隊員ヤオ登場です。トアル列島の今はなき小国の生まれでした。現在三十三歳。二十歳前後というのは、人種的に若く見える種族なのでした。

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