裏切りの報酬 Ⅱ
ゴルト領の砦は堅牢な作りをしている。もともと山脈で二つに分かれていた街道が交わる大事な要所である。王都までの道を守護するために作られたものなのだ。
二重の深い水堀と城壁に囲まれた砦に入るだけでも攻め手はかなり消耗するはずだった。城壁には矢狭間が作られていて壁をよじ登ろうとするものは射られる。
夜でも篝火がたかれ、水掘りを渡ろうとするもの、城壁をよじ登ろうとする不審者はあっという間に見つかるはずだった――しかし世の中には何事も例外というものがあり、それらを苦にしない存在がいるのだ。
役目を終えた風が四散する。上に纏った外套が激しくなびく。解放された風がつむじ風のように城内に吹き荒れる。
ヌイが得意とするのは風魔法。火と風と相性がいいとは本人の弁。風に乗って遠くまで行き来することができる。もっともあまり大人数を運ぶのには向いていないが、四人くらいなら余裕だ。水掘りも城壁も飛び越えて城壁の中に着地する。
もっともただの四人ではない。
突風に驚いてこちらを見る見張りにヌイは魔法を放つ。礫ほどの小さな凝縮した力。けれどそれは盾も鎧も貫く魔弾。かつてそれを弾いたのはただ一人。黒髪の槍使い。気配と勘だけを頼りに気を張り巡らせた刃で弾いた。
そんな芸当ができるのかと、人間というものを見直した。
人の中で生活するときヌイは自分で自分の行動に制限をかける。羅青族はその気になればどんな堅牢な城にこもっている国王の首でも取ることができる。それでは面白くないので使う魔法に制限をかけたり、わざとしない。なんでも簡単にできてしまうというのは、案外つまらないものだ。そうして人の世というものを楽しんでいるが――彼らのためなら制限を少し緩めるのもいいだろう。
「いきますよ」
「はぁい」
「おう」
「任せろ」
サナミの合図とともに、領主を確保するため一同は予め決められた道を疾走する。
飛び道具はヌイの操る風が弾くので考えなくていい。剣や槍で直接攻撃してくるものだけを相手にすればいいのだが――
「うおらぁあ!」
風きり音とともに繰り出された槍が雑兵を蹴散らす。
「ふっ!」
ソージュが放つ斬撃は銀線が閃いたようにしか見えない。
力押し。サナミがそういうに相応しい光景が広がっていた。
「相手にならねえな」
「当たり前です。『シエイカ傭兵団』でも指折りの猛者ですよ」
そういうサナミもあざやかに敵兵を切り捨てていた。
侵入者の情報は早い時期に知らされていた。砦の守りを任されているルシアンは急遽守備要員を向かわせていた。
「なにものかが進入したと聞きましたが、どうなりました?」
ルシアンは声をかけてきたラジア人に眉をひそめた。
「大した人数ではないようです。すぐに捕らえますので、そちらの手を煩わせることはありません」
忌々しい。ルシアンは心の中で吐き捨てた。
領主が戦わずして軍門に下ったため、厳密に言えばゴルトもすでにラジアであり、ルシアンもラジア人という事になる。
ラジアはあっさりとゴルトを受け入れたが――顧問という名の監視を常につけている。
それも仕方ないことだ。
大事な場面で『シエイカ傭兵騎士団』に毒をもって裏切り、その手柄をもって取り入った。損得ずくでいつでも裏切ると領主は前例を示してしまった。
一度裏切ったものは何度でも裏切る――そう思われても仕方ない。領地を保障されているとはいえ、体よく権力の中央から追い払われているのだ。
もちろん領主の命でルシアンも『シエイカ傭兵騎士団』を襲撃した一人だ。
正規の騎士団がほぼ壊滅したような状態で、ラジアを迎え撃つためにゴルトの砦に入った『シエイカ傭兵騎士団』。あのときまではまだ挽回の機会は残されていた。
領主はクラシードに尽くして生き残る努力をする労力と、ラジアに寝返りもたらされる報酬を天秤に掛けてラジアにくだる判断をした。
領主は用心深い参謀の目を盗み、毒をもった。遅効性のもので死には至らないが、行動に支障が出るものだ。即効性の致命傷となりえるものは参謀の構成した仕組みで飲ませることはできなかったからだ。毒見役を見捨て遅効性の毒物にすることでなんとか口にさせることができた。
いくぶん油断していた隊員は食事の間隔を縮めていたが、それでも後のほうの隊員はあまり毒が回っておらず、損害が大きかった。最初の一陣に『大剣のシンマ』がいたのが僥倖だった。『シエイカ傭兵騎士団』でも指折りの猛者が無傷であったのなら、さらに被害は大きかっただろう。
ルシアンは参謀に切りかかり――彼をかばった『天剣のソージュ』の左腕を断っている。毒に苦しんでいたはずなのに参謀のサナミとソージュは他の隊員が体をはってかばったこともあり討ちもらし、逃走された。
こちらも大きな犠牲を払ったはずなのに、その酬いは売国奴という蔑みの目だった。
なぜか毒をもったことが知れ渡り、戦禍を免れたはずの領民さえ砦の人間をまとめて裏切り者と影で罵り、ゴルト砦の裏切りと吟遊詩人にさえ歌われる始末だ。
ゴルトを戦場にすればよかったのか?
たとえそう聞いたとしても、領民は影で罵るのをやめないだろう。あまりにも卑怯だと。
「駄目です! 足止めもできません! 侵入者は真っ直ぐ本丸を目指しています!」
伝令が駆け込んできた。
「馬鹿な! いったいどんな軍隊だというのだ!」
「四人です! ですが、恐ろしく強い――『シエイカ傭兵騎士団』の隊服を着ています!」
「なんだと!」
それは過去の遺物だったはずだ。
扉はまったく障害にならなかった。砕かれた扉を踏み越え、こちらに向かってくる守備員の一群を見つけ――ソージュは嬉しそうに笑った。
「見ぃつけた♪」
歌うように節をつけ白刃を構える。
「馬鹿な! お前は! その左腕は!」
後の方にいたルシアンは戦慄した。
少女のように繊細な美貌。一目見たとき、これが本当に『天より剣の才を与えられた』といわれる猛者かと疑った。片腕となってもなお闘志を失わず不自由な体で多くの兵を切り捨てた少年。
斬ったはずの左の腕は健在だった。
「お返ししなきゃいけないですよね?」
そういう瞳は戦意にきらめいて金の輝きが混じる。
「誰だ?」
黒髪の見覚えのない槍を構えた男が聞く。
「僕の腕を斬った人でぇす」
「この砦の実質上の戦闘責任者ですよ」
後から追いすがるものを長身の参謀が切り捨てた。
それは悪夢のような光景だった。
汚点ですらあるあのときの判断。討ちもらしたそれは目の前にいる。
兵がルシアンをかばうように立ちはだかる。
「邪魔です」
剣筋は見えなかった。ただ、そういって踏み込んだだけにしか見えなかったのに、兵の体がずれて思い出したように血しぶきをあげる。
「死んでくださいよ」
朗らかに少年が口にする。
「あなた方が裏切るから――団長が死んじゃったじゃないですか。どうしてくれるんです?」
再び血しぶきがあがった。
「僕ねえ、団長が大好きだったんですよ。火をかけられて殺されるかと思っていたところに、助けに来てくれたんですよ。抱き上げて、もう大丈夫だって、よくがんばったなって、頭撫でてくれたんです。僕ねえ、団長の役に立とうと、剣も勉強もがんばって覚えたんですよ。団長が大好きだったから。それなのに――首切られて晒されたって――あなた達のせいですよねぇ?」
歌うように問いかける間も剣の乱舞はとまらない。血しぶきがあたりを染める。命を摘み取ることに禁忌を持たない踊り手は狂ったように舞い続ける。ソージュとルシアンの間にあった人垣が見る見るうちに減っていく――血しぶきを上げながら物言わぬ骸となる。
「ボルグさんもアルカードさんも死んじゃったじゃないですか。何食わぬ顔で、僕達に毒入りのご飯、配ったんですよね? この砦の侍女さん達。毒を入れるのを承知で料理作ったんですよね? 料理人の人達。この砦の人全員で僕達を嵌めたんですよね――だから、死んでくださいよ――ああ、違うか――」
ソージュは凄みのある笑顔を見せた。
「僕が――殺す」
ルシアンの両腕が体を離れた。
「ぎゃあぁああああ!」
「お返しは倍返しが当然なんだそうです」
シンマさんに教わりました、とソージュが笑う。
両腕を失い自らの血の海の中のたうつルシアンの首を刎ねる。
「さようなら♪」
「出る幕がなかったな」
「まあ、ああいうやつだし」
『シエイカ傭兵騎士団』の中で「最強は?」ときかれれば、誰もが迷わず『天剣のソージュ』の名前をあげる。ただし、それは一対一でのこと。一対多数、もしくは長期戦になれば体力、持久力の面で他の隊員に劣る。カルサ峠でソージュではなくサリュウが残ったのはそのためだ。サリュウの方が体力がある。シンマよりは長物を使うサリュウの方が相手に対して有利だから殿を受け持った。
番となったソージュはその弱点を克服している。
室内で長い槍は使いにくいとはいえ、サリュウの出番がない。
「ソージュ君、寄り道をしている暇はありませんよ。早くゴルトを捕らえましょう」
「はぁい」
戦闘シーンのみの話になっちゃいました。
ソージュが病んでいます。




