裏切りの報酬 Ⅰ
以前は街道の要所として賑わっていたゴルト領だが、今現在領主は元クラシード国民から軽蔑と批難を一身に集めている。クラシードが健在だった当時は貴族として王家に恭順に仕えていたが、ラジアとの戦争で大きな戦場となるはずだったゴルトは、あっさりと降伏した。
それも集っていた恐らくはクラシード最強の部隊であろう『シエイカ傭兵騎士団』に毒をもって制圧するという、貴族にあるまじき卑怯な手段で。
この手柄をもってゴルトはラジアの爵位をもらった。ラジアの貴族の一員となったのだ。
領主は戦禍を逃れられたのは自分のおかげだと領民に宣伝するが――領民の領主を見る目はいまや氷点下である。
裏切り者。
貴族にあるまじき汚い手段で他人を貶めた卑怯者。
クラシードを敗北させた張本人。
影で貶めるのは戦禍を免れた領民である。
己の領主の所業に一番納得していないのが彼らだった。
ゴルトの領民というだけで、他の元クラシード国民から領主と同じような目で見られるからだ。
ラジアは逆に批難の全てをゴルトに押し付け、批難を避けようとしている。
その自覚があるのかどうか知らないが、他の地域では歌われている『シエイカ傭兵騎士団』の歌は禁じられていた。
それもあるのか酒場はひっそりとしていた。
顔を知られていないヌイは堂々と酒を呑めるが、顔を知られている恐れのある三人は二階の部屋を取ると早々に引きこもってしまった。
片腕という特徴のなくなったソージュだが、その少女のように繊細な美貌は印象に残りやすい。顔を知っている人間には誤魔化しが効かないのだ。サナミやサリュウも印象に残りやすい容貌をしている。
ヌイは一人であたりを見回した。
「ずいぶんシケてんな」
おかわりを装って酒場の親父に話を聞いた。
「ここらへんはもう駄目だね。領主が馬鹿なことをしたから旅人が避けて通ってんのさ」
「ああ、『シエイカ傭兵騎士団』が半壊した原因だってな」
親父が大きく息を吐いた。
「クラシードが滅亡した原因だよ。裏切り者さ」
「嫌われたねえ」
「そりゃそうさ、ここらはまだ傭兵団だった頃によくよってもらったところだからね」
馴染みがあるのさ、と親父は呟いた。
「いいかい、吟遊詩人がいいかげんに歌うけどさ、本当の『シエイカ傭兵団』はあんなもんじゃないよ。参謀のサナミさんっていうのはね、団の皆に慕われていた、そりゃあいい人で背も高いし髪も長くてねえ、学者さんみたいな知的っていうのかい? 男前でねえ。サリュウさんもどっちかっていうと優男でね。呑みにくりゃあ、女がほっとかなかったよ」
「ほおぉお」
ヌイの片頬が引きつった。
「その話、もっと詳しく教えてくれないか?」
「いいともさ、そもそもサリュウさんは赤毛じゃないよ。綺麗な黒髪でねえ、背は高かったけど、筋肉隆々ってよりは、引き締まったって感じの体つきだったよ。むしろ病弱みたいに言われているシンマさんの方が精悍な男前の巨漢でねえ、二人はよく呑みに来てくれたもんだよ。あんまりサリュウさんがモテるもんで、シンマさんがふてくされて文句言ってたねえ」
サリュウはそのシンマをあしらって遊んでいたという。
「ほおぉお」
「ソージュ君なんか、もう、女の子みたいな可愛い顔しててねえ――そうそうこんな話があるんだけど――」
ラジアとの戦争が始まった当初、国が『シエイカ傭兵団』を丸ごと雇用し叙勲したことについて、正規の騎士団が文句をつけたというのだ。
そこでそれぞれ代表を出して『シエイカ傭兵団』の実力を測ろうということになった。
団長、副団長を除くメンバーから代表を選出したのだが――騎士団の方の団長は名誉職で、副団長はどちらかといえば参謀タイプで、上位三人は確実に騎士団最強メンバーだった。
対して『シエイカ傭兵団』が出した代表がシンマ、サリュウ、ソージュの三人だった。
巨漢のシンマ、長身のサリュウはともかく、まだ十代で少女のような顔をしたソージュにやる前から騎士団が文句をつけたというのだ。
この小僧はなんだ、と。
その騎士団からのクレームに対して副団長ヒューリーはソージュを指して『うちの最強の剣士。天から剣の才能を与えられたものだ』と言い切った。上から三人を選んだと。そしてそのソージュを大将にすえてしまった。
だが、誰もがソージュのことを捨ての大将だと思っていた。
あまりにも可愛らしかったからだ。屈託のない笑顔は花のようだった。
そして始まった対抗戦でシンマ、サリュウが圧倒的な力を見せ付けて勝った。だからこそ、最後の一人は相手に花を持たせるための人選だと思われたが――少女のような顔をした剣士は騎士団最強である相手を瞬殺した。
始めの合図とともに木剣で木剣を斬るという離れ業を見せつけ、さらにこう言い放ったのだ。
「本気でやります? 僕、木剣でも人斬れますけど?」
陰りのない満面の笑みだったという。
魁偉な巨漢にコテンパンにされるより、線の細い少女のような少年にやっつけられた方がダメージはでかい。散々に罵った言葉が全て本人に返る。その女のような小僧にやられていて何を言うと。
誰もが弱いと思い込むような強者。
それが『天剣のソージュ』
相手に花を持たせるどころか、止めを刺すための人選であった。
この対抗戦の褒美に傭兵団は『シエイカ傭兵騎士団』と名乗ることを許された。
ヌイが三人分の食事を運んでいくと、サナミが記憶から起こした砦の図面を書いていた。細部までよく覚えているものだ。
「飯運んできたぞ」
「ありがとうございます。ソージュ君、サリュウ君、先に食べていてください」
「はぁい」
「そうさせてもらうぜ」
サナミが黙々と図面を起こしている間にソージュとサリュウは食事を始めた。
「駄目だ。ここの親父、あんたらの姿形を覚えていたぜ」
下手に出歩けない、とヌイが言えばサナミは頷いた。
「でしょうね。ここらへんは私達の庭みたいなものでしたよ」
「そういや、よくここで呑んだな」
「僕、ご飯奢ってもらいました」
懐かしい味だとソージュは食べた。
砦の図面を描き終わったサナミは見張りの交代の時間割を書き出していた。
「あんた……どういう頭してんだ?」
「一時とはいえ砦を預かるのですから、長所も短所もわきまえていなければなりません。この砦も戦場になると仮定していた地域も把握していましたよ。それがなにか?」
当然のことのように言う。
「ヌイ、こういう人なんだよ」
割と行き当たりばったりなヌイは首を振った。
「交代の時間割は変更があるかもしれませんが、長年の慣習をそうは変えていないはずです」
サナミはさらにどこに誰がいるのか書き出していた。下働きの部屋とか、侍女の部屋。使用人の休憩所と図面に書き込んでいく。武器庫、食料庫と主立った物の置き場所もだ。
「まさか、自分達がこの砦を落とすことになるとは思いませんでしたよ」
「落とすのか?」
四人で? とヌイは聞いた。
「領主を捕らえます。結果として落とすことになるでしょう」
とんっとサナミは図面を指でついた。
「捕らえるのなら最短ルートで領主の部屋まで行かなければなりません。見張りの位置と人の居場所を考慮するなら――」
ざっとサナミが立てた作戦にヌイが顔をしかめた。
「なんか……ものすごい簡単そうなんだが……」
「簡単ではありません。あなたの魔法の力とサリュウ君とソージュ君の半羅青の力を当てにさせてもらいます。ほとんど力押しの大雑把な作戦です」
不本意ですが、とサナミが溜息をついた。
サリュウが苦笑した。
「ああ、今なら砦ぐらい落とせそうだな」
ヌイと二人で軍隊を退けた。今は半羅青としての治癒力がある。ましてサナミと、人間の頃から化け物と言わざるを得なかったソージュが正真正銘の半羅青となって参戦するのだ。
本気で砦でも落とせそうだ。
「体の具合はどうですか? ソージュ君」
「問題ありません。ちょっと違和感がありますけど、前の腕と同じように使えます」
爪さえも綺麗に再生した左腕をソージュはにぎにぎと動かした。
「僕よりもサナミさんはどうですか?」
「ここのところ大変いいです。体力も戻ったようですし、なにも問題ありません」
決行は明日の夜、ということになった。
ヌイが食器を返して部屋に戻るとサリュウがサナミ達の部屋から帰っていた。
「ここの親父さん、よっぽどお前達と馴染みだったんだな。嬉しそうに昔の話をしてくれたぜ」
「ああ、よく覚えている」
「言わないのか?」
生きていることを、とヌイが聞けばサリュウは苦笑した。
「疑うわけじゃねえが、万が一迷惑かけるといけねえからな」
ここの主人はこれからもここで暮らしていかなければならないのだ。襲撃犯のことを知っていたら、どんな詮議をかけられるかわかったものではない。
「シンマと呑みに来てたんだってな――女がほっとかなかったって?」
「ああ、まあな」
答えた瞬間、サリュウはヌイに押し倒されていた。
「おいっ!」
「サリュウゥゥウ! 惚れた女がいたんじゃないのか? まだ未練があるとか!」
「馬鹿か! 酒場の酌婦が男の懐を当てにするのは当たり前だろうが!」
しがみついてくるヌイを押し返しながらサリュウは怒鳴った。
「そりゃあ、遊ばなかったといえば嘘になるけどよ」
サリュウが選んだのは傭兵だ。要人警備の仕事もあったが、盗賊団の討伐や、隊商の護衛、荒っぽい仕事が主でいつ命を落とすか分からない。
懐が暖かい仕事上がりなど、憂さを晴らしに酒場に繰り出すなど当然で、ぱあっと騒いで――ときおりひと時の慰みを求めたものだ。あっちは懐を、こっちはひと時の憂さ晴らし、需要と供給、損得ずくの付き合いだから、未練も名残も残したことはない。
「男は?」
「気色悪いことぬかすな! 男娼なんぞいらんわっ!」
そういう趣味の男もいれば、そういう需要を満たす相手もいるが――とある理由で『シエイカ傭兵団』にはそういう趣味の男はいづらい。副団長とか、参謀とか、ヒューリーとか、サナミさんとかが、とある理由で叩き出すことがあるからだ。
真面目な同性愛者ならともかく、とにかく色欲を満たせれば相手のことなどどうでもいいという輩は即刻叩きだされる。
とある理由で。
色目を使えば、即叩き出す。
鉄壁だった。
「シンマとか、仲良かったそうじゃねえか」
「うげぇ!」
奇声を上げたサリュウの全身に鳥肌が立った。
「やめろよ! 鳥肌たったじゃねえか! あいつも俺も女専門だ! いうにことかいて、あいつの名前なんか出すんじゃねえよ!」
シンマとサリュウの関係はあくまで戦友だ。親友といってもいいと思うが――そういう目で見たことも見られたこともない。
「萎えるわ! というか、そういう目で見やがったら、ぶった切ってるわい! 俺に突っ込んだのなんざ、手前だけだ!」
一転ヌイが嬉しそうな顔をした。
「サリュウ!」
抱きついて頬擦りする。
「やめろって、ヌイ」
ヌイを引き剥がそうとして――サリュウはあることに気づいてしまった。
「あ――」
(俺はなんだってヌイと寝ている?)
最初はほとんど強姦だった。勝手に番にされて弱っている状態で体を好きにされた。それはそれで仕方ないかもしれないが、その後も慣れてしまうほどに何度も――それでもヌイを嫌えない。
男は真っ平ごめんだったはずだ。他の誰かが同じことをしようとすれば――問答無用でぶち殺す。
だとしたらヌイは?――
「ば……馬鹿な……」
「? どうした、サリュウ?」
ヌイとサリュウが自分の部屋に帰った後、サナミはソージュを誘った。
「ソージュ君、おいで」
もうそれがなにを示すのかわかっているソージュは躊躇った。
「でも、サナミさん……僕……」
「うっかりしていましたが、もうじき半月になります。発作が起きたらつらいでしょう?」
「はい……あの、僕、どうしたら……」
発作の最中は無我夢中でなにも考えられなかったが、正気の今はなにをしたらいいのか分からない。
「大丈夫。私に任せてください」
「はい……」
サリュウが自分の深遠(笑)と向き合いました。
歳の差カップルはいちゃいちゃしてま腐。
緊張感ねえぞ、あんたら。




