第二話~可愛い王子様~
「まぁ、素敵ですわ」
侍女のルナの案内で、レーリヌの部屋が紹介された。部屋は二階にあって、レンのすぐ横という。それが嬉しかった。嬉しかったのはその理由と、部屋の面積がファーベル城に住んでいたころと、倍近く違ったことだ。天蓋付きベッドがあるのは変わらないが、ここには机やソファ、椅子や綺麗な照明がある。ここで、一部屋と言っても充分だ。
「こちらがレン王子の贈り物です」
机の上には綺麗な花、大きなクローゼットの中には、色とりどりの綺麗な洋服。レーリヌはびっくりした。今まで姫だったが、こんな特別優遇を受けたことがなかったからだ。
「綺麗なお洋服……。旦那様は私のことをしっかり、お考えなさったんですね」
洋服の主な色は、レーリヌの好きなピンク色だった。フワフワしていて、いつもの少し地味なレーリヌの洋服とは大違いだった。
「早速、着替えようかしら。手伝ってくださらない?」
「はい、もちろんです」
ルナに着替えを手伝ってもらい、少し凝ったドレスを着た。リボンがふんだんに使われ、レースいっぱいの綺麗なドレス。鏡に映る自分の姿にうっとりする。正確に言うと、自分の姿にうっとりしたわけではなく、この洋服を選んでくれたレンにうっとりしたのだ。
「これはお礼を言いにいかないと……。旦那様のお部屋はお隣ですわね?」
確認のため、ルナに聞く。
「はい」
「行って参りますわ!」
レーリヌはそう告げると、自分の部屋を飛び出していった。残されたルナはただただ、レーリヌが出て行った扉を見つめているだけだった。
「なんてことだ。全く……」
自室でそう呟くのは、レンだった。あんな女初めて見た。最初から積極的とは思っていたが、ここまで元気とは……。正直に言って驚いた。
見た目はそんな風に見えない。「人は見かけによらない」とは本当のことだったのだ。
そんなとき、ドアをノックする音が聞こえた。どうせ、執事か侍女だ。
「どうぞ」
声をかける。その瞬間、大きい音が響き、部屋に入ってきたのは――。
「旦那様、こんにちわ!」
「えっ!?お前……」
例の花嫁だ。確か名をレーリヌと言ったか。
「お前ってなんですの?私には立派な名前があってよ。レーリヌ・ファーベル。レーリヌって呼んでくださいな」
「レ、レーリヌ……」
「そうですわ。立派な名前でしょう?」
レン自体、人を名前で呼んだことがなかったから、すごく緊張した。だが、言わないとレーリヌが何を起こすか分からない。だから名前を呼んでみた。
「で、用件は?」
肝心のことを聞く。いったい自分に何の用事があるんだろうか?
「私のこと、ちゃんと見てくださいました?」
「え?」
レーリヌに言われ、レーリヌをよく見る。よく見ると、自分が贈ったドレスを着ているではないか。
「贈り物、嬉しかったですわ。私の好み、分かってくださったのですね!」
いや、あれを選んだ頃はレーリヌに出会う前だし、執事に女とはどういうのが好きだ、などと聞いたりして、自分では選べていなかったのだが。
「あれは執事が全部選んでくれたぞ」
「それでも、少しでも考えてくれたんでしょう?それなら私は嬉しいんです」
レンは不思議に思った。自分のどこに、ここまで好かれるポイントがあるのだろう?今まで考えたこともなかった。婚約ならこれで三回目だが、今までのは全部破局。向こうから一方的にフラれた。今回はいつまで続くだろうか。
「俺のどこが好きなんだ?」
きょとんとしているレーリヌに、直接聞いてみる。
「もしかしたら、まだ知らないだけで、俺の嫌なところも出てくるかもしれないぞ?」
「あなたの全てですわ。それと嫌な部分も私はあなただったら、愛せますわ」
「そうか……」
なんだか聞いていたら、照れてきた。顔をそっぽに向ける。
「まぁ、照れてるんですの?可愛いですわ」
「可愛いなど、男に使うものではない!」
「ええ、そうですわね。だけど、どうしてもあなたが、可愛いんですもの。仕方ないでしょう?」
すっかり参っていた。このまま一緒にいたら、おかしくなりそうだ。
「レン王子、昼食の時間でございます」
「本当だな」
執事が声をかけてきた。確かに昼食だ。
「楽しみですわ」
レーリヌが呟き、食堂に向かった。
ああ、なんて良い体験をしたんだろう!やっぱり旦那様は素敵だわ。レーリヌは鼻歌を交えながら、食堂への道へ急いだ。
食堂に入ると、いい匂いが鼻を刺激する。テーブルに並べられていたのは、熱々のスープや、お皿に少し乗った肉料理やパン。ファーベルの時と変わらないが、違う点が一つ。料理が熱々だということ。ファーベルでの料理はいつも冷めていた。レーリヌの料理だけが。きっと嫌われていたから。
「美味しそうですわね。頂いてもよろしいかしら?」
「ええ、もちろん」
シェフに許可をもらい、席に着こうとしたが、レンが来るまで待つことにした。
やがて、そんなに時間が経たないうちに、レンがやってきた。レンは別に、レーリヌを気にせず、いつもの指定席(?)に座る。レーリヌはそれを見届けると、レンの真横に座った。
「何で横に座るんだ?」
「あなたが好きだからですわ。よく、横に座るより、正面に座る方がいいと言う人がいますけど、私は横が一番好きですわ」
何事もなかったかのように、レーリヌはテーブルの料理を食べ始めた。味は、さすが一流のシェフが作っただけある。とても美味しく、あまり食欲がなかったが、全部食べた。
「御馳走様でした。美味しかったですわ」
「ありがとうございます!」
シェフが感謝している。ふと、横を見ていると、レンが部屋へ戻ろうとしている。これを止めなければ――!
「ねぇ、旦那様。私とはいつ結婚式をしてくださるの?」
レーリヌがその言葉を呟いた途端、周りがシーンとなる。
「それは、また落ち着いたら……」
レンの小さい声が聞こえる。
「落ち着いたら結婚してくださるのね?絶対ですわよ」
「ああ、もちろんだ」
「なら、いいです!」
レーリヌは部屋へ戻ろうとしているレンを抜かした。
「では、お先に」
一礼すると、食堂から出た。
「ふぅ……」
レーリヌは、ベッドに寝転がりながら、考える。
(旦那様、どうしたら好きになってくれるのかしら?)
頭を巡るのはそれだけだった。照れてくれたから、多分、普通の人よりは好感度が上昇していると思う。だけど、好きだなんて言葉は聞いたことがない。まだ今日来たばかりだし、きっといつかは好きになってくれるだろうと期待している。
やがて、時間は進み、晩御飯の時間だ。今日はレーリヌが来たということで、晩餐会があるらしい。バーギナル王とその妻、ベル王妃も参加するらしい。
本当はレンの弟がいるらしいのだが、なぜか城にはいない。なぜだろう。まぁ、私には旦那様さえいればいいんだけどね、など思っているのだ。
「奥様、お夕食の時間です」
「まぁ、奥様?」
侍女のルナの呼び方にびっくりした。奥様、なんて新鮮な響きなんだろう。
「奥様……。良い呼び方ですわ」
レーリヌはにっこりほほ笑むと、少し緊張しながらも食堂に向かった。