起:陵の見解:3
鳴らされたチャイムに立ち上がると、スリッパをパタパタ言わせながら美希が玄関に向かった。
「えと・・・こんばんは」
「何言ってんの。早く上がりなさい」
舞ちゃんと美希の声がする。
待つほどもなく、スリッパの音が倍になって戻って来た。
「こんばんは、川口さん。あの・・・これ・・・」
「おう。いらっしゃい、舞ちゃん。清寿堂のだって? 嬉しいね」
座れ座れと身振りで伝えると、にっこり笑って、ふわっと着地するように座布団の上に収まる。
「えと・・・美希ちゃんが・・・川口さん・・・好きって・・・言ってた・・・から・・・」
躊躇いながらのようなその口調は、考え考え、言葉を選びながら喋っているかららしい。
そう、声もどちらかといえば自然に甘えたような感じではあるけれど、これは誰に対しても同じなので俺に媚びてそうしているわけでもない。
その話し方は、かわいらしくももどかしくもある。
間口の小さな老舗の和菓子屋の、その店の名前がでかでかと筆書きされた包みを受け取った美希が、表情に期待をたっぷり表しながらそれぞれの前に渋めの緑茶と一緒に並べる。
きなこが塗されて、黒蜜が別容器に入っている。
そのもの自体は経木柄の器に入っていた。
きなこに塗れた、すこしひしゃげた球体が窮屈そうに一人前分。
ぷるっと揺れながら目の前に出されると、なんとも美味そうだった。
「ちょっと前までは、見向きどころか見もしなかったのにね、陵ちゃん」
「将来の嫁さんに教育されてよ」
添えられた、楊枝代わりの平ったくて細い木の板・・・なんつんだ、こーゆーのは。
それでまあ、黒蜜をかけたわらび餅を突っつきながら、嬉しく1つめを口に放り込む。
「あー・・・ほんっとに美味い」
しみじみ噛み締める俺を、舞ちゃんと美希が笑いながら見ていた。
「何回見ても・・・ヘンな・・・カンジ」
「ほんとよねえ。あたしもいまだに何の冗談だろうって思うわよ。あ、ほらほら、あたしたちも食べよ」
ふたりに笑われても手が止まらない。
男の甘モノ好きはイマイチ迫害されてるよな。
コンビニ行っても、なんとなくコソコソしながらシュークリームやらプリンに手を伸ばす野郎を時々見かける。
銭出して買う客なんだから堂々としてりゃいいじゃねえかと思う俺も、まあ似たようなもんだが。
「なあ舞ちゃん。ガッコの頃の・・・まあ、バスケのだ。俺の後輩で、こないだ卒業以来久しぶりに会って飲みに行ったヤツが居るんだがよ」
「・・・うん」
「ちと見た目はアレなんだが・・・まあ、性格は悪くねえと思うんだ」
「なっ・・・見た目アレって」
気に入りの湯呑みを置いて慌てて割って入る美希は、やっぱり母親みたいに見える。
おとーさん、何言ってるのっ。
とか、子供なんかいようもんなら、こんなふうに叱られるんだろうな。うん。
「うん、トラだ」
「・・・」
「な? 見た目アレだろ?」
「んー」
美希が唸りながら、もう一度湯呑みを持ち上げる。