起:陵の見解:1
「お、そういや美希。トラ憶えてるか?」
「トラ?」
食後のデザートは満腹感を増進する効果があるから適量なら毎日食べた方がいいのだという説の提唱者が、柿を剥く手をちょっと止めた。
しばらく視線を俺の頭の上の方へと彷徨わせているうちに、該当者を思い出したらしい。
急に表情が花咲く。
「あーあーあーあー!!! なっつかしーい!! 元気かしらねー、トラ!」
「ん、元気だった。ほれ」
携帯を開いて見せる。
俺たちの2つ下。
バスケ部部長だった俺と、マネージャーだった美希との共通の後輩。
たくさん居た後輩達の中でも、一番気の合うヤツだった。
高校の卒業以来ざっと7年ぶりの部活の後輩は、小さな画面の中で、顎を引いた上目遣いの目元に相変わらずの挑戦的な雰囲気を、口元には逆に人懐っこい笑みを浮かべて笑っていた。
「やぁだ、生意気にヒゲなんか生やして。それにこの髪の色、ほとんど金髪じゃない。まーでも老けたわね。トシとったんじゃない? あのコ」
もちろんトラだけがトシをとったはずがない。
間違いなくその時間分、お前もトシとったんだぞ、とは黙っておいた。
「あいつ今、実家の仕事してんだと。現場がウチのすぐ近くだったんだよな。見たことあるでっけえヤツがいんなと思ったら本人だった」
「へー! 世間って狭いわねー。・・・あ? あのコ、大学遠かったんじゃなかった?」
「卒業してすぐに戻って来たんだとよ。孝行なヤツだよな、意外に」
「あらそー。まあ男の子でも、近くに居てくれた方が親は安心よねー」
変に落ち着いた表情をしながら、また果物ナイフを動かし始める。
よし、手応えは悪くない。
「でよ、ヤツも俺も仕事中だったもんであんまり話せなかったんだよな。ちと飲みにでも行くかってことになったからカネくれ」
ひらひらと手を出して見せると美希がまた手を止めて、いつもは大きな目を細めながら眉間に縦ジワを入れてじっと俺を見た。
「・・・トラが懐かしいハナシじゃなかった?」
「も少し詳しく現状聞いてきてやる。俺の先輩としてのメンツにご協力を」
「もうっ」
くしゃっと鼻にシワを寄せながら、美希がナイフの先をこっちに向けた。
「あぶっ、危ねえなっ」
「あたしも行きたいっ!!」
「女子お断り」
「もーっ!!!」
長い付き合いの俺達は、大体こんなふうにして毎日を過ごしていた。