地震と勇者
俺の体験談!?
そうです、俺の体験談です。
ちょっと話が2割ほど大きくなってない? 俺の話。
2割どころじゃないよ、9割くらいだよ、俺!
ほぼですな。 でも、ま。 これは本当に思ったことだし、嘘ではないから偽善者ではないんだ。
勇者は 常に気を高く持った者がなれる
そう、それを父が言っていた。もちろん僕はそれを信じている。父が言ったことに、嘘だった事は一度もなかったから。
そして今回、大規模な地震が人を奈落の底に落とすかのように襲った。
僕も地震が怖かった。震えはしないけど、心の安寧はなく、不安が常に自分の脳に駆け巡った。
そして、僕は思い出した。勇気を。
周りで地震だよと、不安を和らげようと笑う人の中、悲鳴が不安を生む中、僕は真顔で言った。
「落ち着いて。 落ち着いてこの地震を無事に終わらせよう」
結果はそうでもなかった。
いや、僕らは無事だった。だけど、酷い所では僕の想像を遥かに超えた事件が起きていた。時は流れてから10mを越える大きな津波、倒壊した家に埋もれて助けを呼ぶ人の思い。
なにもかもが地獄と感じた。助けたい、そう何度となく思った。
だが、それは遥かなる距離の場所であって、助けになど行けなかった。消防や自衛隊に任せるしかないのだ。
ならば自分はどうすればいいのか。募金しようにも、家庭は苦しく、自分の金はなく。
やるせないほどに自分の弱さを感じて、悩みに悩んだ末には祈るしかなかった。
「無事でありますように、再会という奇跡が生まれますように」
心から思った言葉ではあったが、それは届くのかはまったくもって不明。届いてくれたと信じたい。でも、分からないから悔しい思いが心を過った。なら、どうにかしてしっかりと届けるしかないだろう、なんとかするしかないだろう。
自分にとって、一番届くかもしれないと思ったのは『ネット』というものだった。PCを使って、なんとか届けようとした。
被災地だとPCは使えないかも知れない。そんなのは分かりきってる。でも、1人でもPCが使える人がいたとして、それを皆に伝えられる人がいたとして、俺はそれに賭けるしかないのだ。
可能性は無い事はない。
書き込むと「偽善者」「偽善者」「偽善者」と派手に叩かれた。すごく辛いもんだ、思いを文字にして伝えても「嘘つき」と返されて「偽善者」と叩かれる。
もちろんそれは被災者ではないのだろう。いや、分からない。
そして、また僕は思い出した。勇気を。
僕は懲りずにまたはじめた。皆、賛否両論だ。
勇気から元気が生まれる、元気から希望が生まれる、希望から励みが生まれ、励みからは勇気が生まれる。
僕はそれを知っていた。そして、なんとかしてそれを皆に伝えたい。誰かに届けたい。
それが誰かに伝わった時、それはきっと・・・・・・勇者の一歩を踏んだ時なんだろう。
・・・・・・勇者は、常に気を高くもった者がなれる。
俺は偽善者と言って人を罵る人が嫌いだ。