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 帰りの夕暮れ時の車窓は昨日よりも柔らかく、僕らの会話も弾む。

 列車の最上位グレードの席は個室になっていて、ここなら別に発言してもいいと許可をもらう。

「全部うまくいってよかったです」

「まあ、まだあいつが残っているが」

 もちろん僕も忘れているわけじゃない。

「帰ったら、サンディークスさんになんていうんですか」

「そうだな……お前ならどう答える?」

「えっ、ええと……」

 無茶ぶりだ、ほんとに。

「僕がその立場なら……お互い話し合ってやりたい仕事を折半するというか。まあ、やりたい部分が被ったらそこはじゃんけんででも。あ、賭場なんだし、ギャンブルで勝負も楽しいかもしれませんね」

「お前なあ、俺がサンディークスに賭けで勝ったことないの知らないのか」

「それ堂々といいます?まあ、僕なら、の話ですから。ルフスさん次第です」

「まあな」

 なんだか居心地が悪そうな表情に変わって話を続けるルフス。

「しかし赤の他人から本名で呼ばれるの気持ち悪いな」

「そんなに通名で通っているんですか」

「賭場では昔から通名を使っている。正直、名前を隠しても色々バレるが」

 庶民には効く気がする。多分。

「先代の『身分問わず楽しめ』という思想だろうな。棲み分けしないと暴動が起きていたらしいが」

 まさかあの物置にあった拷問器具ってそういう……。

「ところでだが、お前の本名は?」

「そういえば言っていませんね。しゃべらせてくれなかったですけど」

「御託はいいから早く言え」

 酷い話だ。

 まだ僕が通名を言ったときに笑ったの、忘れてないからな。

 鼻でため息をついた後、ぼそっと言った。

「……アキエスです。フルネームはアキエス・メルカトル」

 それを聞いてルフスは何か思い出そうと、顎に指を付けて目を閉じている。

 思い出したみたいだ。

「なるほど……実に庶民って感じだな」

 名前に庶民感とか出るのか。

「馬鹿にしたくて聞いたんですか……」

「いやいや、商人家系はつくづく残念というか」

 あんまりフォローになってないような……。

「名前で何かわかるんですか?」

「お前自分の家系知らないのか」

「別に親は何も言わなかったですし」

「庶民ってそうなのか?」

 食い入るようにルフスは聞く。

「おそらく……別に家系がどうだって話は出たことないですね」

 自分の当たり前は、他人にとって当たり前とは限らない。

「知りたいとは思わなかったのか?」

「まあ、こんだけ家について触れていたら今は気になりますよね」

「旧商人に多い苗字だ。公共販売所ができてからは小さな商人が不要になって没落した」

 僕の名前にそんな由来があるなんて、思ってもみなかった。

「確かに残念な話です。ただ、多くの時間が経てば今の僕みたいにそんな残念な話も忘れ去られている気がしますね」

「そういうものなのか」

 視線も肩も落として。

「わかりませんけどね。実は親も気にしていたとか、あり得ますし。それはそうと、一回僕の通名で爆笑していたの、なんだったんですか」

 ちょっと話の切り替えしが無理やりなのは承知の上。

 だけど、ここを逃すと僕も忘れそう。

 ルフスの姿勢は元に戻る。

「ホワイトなんて、知っている人からするとまず選ばない名前だしな」

「どういう意味ですか」

「一つ、大抵破産するというジンクス。二つ、ダーツの中で一番枠が小さい」

 ルフスは少し間を置いた。

「三つ、どうもお前には因果があるようだ……アルビオンのカラーだからな」

 こんなこともあるのかと僕は苦笑いした。

「まあ、何も知らなかったんで二つはもう仕方ないとして、三つ目、家に色とかあるんですか」

 その質問に呆れ顔。

「そこからか……大体家にはシンボルカラーがあってだな……家紋とかあるだろ大体」

 そんな大層なもの、僕の家にはない。

「だけど変なジンクスが残った名前で人前に立つのもちがうだろ。だから違う色の名前を通名にしている。そのジンクスは結構昔から言われていて俺ら兄弟はそもそもダーツをやってない。通名も世襲」

 なんと、あのダーツをやってなかった。

 通名まで世襲か。貴族は本当になんでも引き継いでいる。

 僕が親から引き継いだものなんて、遺伝子と性格ぐらいしかない。

 僕はそれで十分だと思っているんだけれども。

 その後はお互いにカルチャーショックを受けながら、列車の中で夜は更けていく。

 話が盛り上がってしまって眠気なんて吹っ飛んでいた。

 車窓からの風景の住人は皆寝静まっていて、見える光は基本、月と星だけだった。

 それに気が付いたのは、目的地が次の駅という車内放送を聞いてからだった。

 家が近づいてきたなと感じたとき、帰ったら待っていることを二人とも思い出す。

 さっきまでの楽しい雰囲気は、外の冷たい夜風で引き締められた。

 この地区の駅はルフスの実家の駅より明るく大きい。明るさの裏に無機質な冷たさがあった。

 最終列車が行ってしまって、僕らがその駅を後にしたとき、ふっと駅の電気は落とされた。

 まるでこれから始まる争いへの退路を断つように。

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