見えない敵
帰り道、外は雪が降っていた。軍馬に引かれた馬車で砦に戻る。「なあ、ハジメは疫病に遭遇した事有るのか?」ヨハンが不安そうな声で尋ねた。「あゝ、前にもあった。コレラが流行って、仲間や現地の住民が随分死んだ。後マラリアが流行って、大変だった。」ハジメは少し遠い目になった。「今回はどう思う?」うーむとハジメが呻いた。「大体、不衛生な環境下病気が流行る。身の回り綺麗にして、必ず加熱した物を使う。部下に徹底しないとな。」ヨハンは少し考えて、「な〜マラリア、コレラて、どんな病気だ?」
城に近い波止場に野戦砲兵小隊を配備して、近くの上陸出来そうな所に歩兵砲と見張りを、配置する。空はドンヨリ曇り、視界が極めて悪かった。波止場に設けたテントの司令部でハジメは待機していた。「大佐、奥様がこれをと。」下士官がバスケットを持って入ってきた。「有難う。どうだ空は明るくなったか?」「いえ、まだ暗いですが、風は山に向かって吹き始めました。」「有難う。少佐を呼んでくれないか?」程なくサーベルとピストルを腰に差したジョセフが入ってきた。「どんな感じだ?」ハジメは銀で出来たウイスキーのフラスコを、ジョセフに投げた。「風が変わった。少し気温も上がる。雲が取れたら上がるのか?」ウイスキーを一口飲み、フラスコを投げてよこす。「そのつもりだ。交易船は河口のサンペドロに寄港しなかった。用心に越した事無いが、少しは安心していい。」「疫病船は?」ハジメはテントの屋根に顔を向けた。「此処まで来るのに、随分かかる。全員発病してくれれば嫌な仕事をしなくていい。」ジョセフがため息をついた。「女、子供を殺すのは懲り懲りだ。」「姿が見えたら発砲してくれ。」ジョセフは黙って頷くと出て行った。午後には空が明るくなり、飛べるようになった。「上空は寒いな。」操縦桿を握りしめハジメは身震いした。「隙間風が堪えますな。」機関士席に座った見張り員が、手をこすり寒そうにしている。「そう高く上がらない。少し頑張ってくれ。」ドンドン河口の方に飛んで行くと、交易船が見えてきた。見張り員がシルエットノートで確認する。「サン-マルタですね、」「信号灯で病人がいないか聞いてくれ。」直ぐに返事が返ってくる。(全員健康ナリ、サンペドロ寄港セズ、水ノ補給求ム) (了解シタ、港ノ沖二待機サレタシ) 更に進むと、漁船らしき小型帆船が、船団を組んでいた。「甲板に人影は?」「有りますが、甲板にシート掛けているので、どの位居るか判りません。」雨や雪を避けるために、テントをはっている。(民間船ノ越境ハ禁止サレテイル)発光信号を送る。(サンペドロ ヨリ 来タ。救援求ム)(病人 アルカ) (居無イ 越境ハ可能カ) (検疫期間ハ入国禁止サレテイル、30日停泊サレヨ)「大佐、本当に居ないのですか?」見張り員が聞いてきた。「多分、居る。城に帰ろう。もうすぐ暗くなる。」
次の日、交易船が港に入ってきた。取り敢えず水の補給を沖合で行い、ダミアの検疫が終わるまで待機してもらう。水晶玉越しに文句を言っていた船長も、港の警備隊を見ると、黙って了解した。
艀で搬入し普段の3倍程の時間が掛かった。「取り敢えず、部下に風呂に入る様に。あと、作業に着た軍服は熱いお湯に入れてくれ。」「了解した。ハジメは?城に戻るか?」「着替えと、俺も風呂に入る。埃からも病気が流行る。ジョセフも入れよ。」
司令部で仮眠を取って居ると、城の見張りから連絡があった。(小型帆船が見えます。4隻です)あの時の漁船に違い無かった。望遠鏡で見ているが、なかなか見えない。目が慣れてやっと見えた。あの時の船団だった。