逃避行
航海は、順調に進んだ。ただ、ヨットの方は速力が有り、1週間掛からず到着しそうだが、足の遅い輸送船は10日程掛かりそうであった。「上流で雨が降ってると速度が上がりません。心配事は水が不足する事です。積み込む時間が無かったので。」輸送船の船長は、少しでも速力を上げようと帆を睨みながら答えた。「節約してどの位もつ?」ヨハンは思わず尋ねた。「多分、1週間掛からず底をつくと。」船長は速度を計らせている。(6ノットです!)艦尾から返事が聞こえる。「河の流れを引いて、4ノット程しか出てない。風が味方でこの程度です。」ヨハンは遥かに進んだヨットを見た。彼方はヨハンの姉さんが指揮を取っていた。「彼方は一週間程しか掛からない。もう少し早いかもしれない」「最悪、暗い森に入る前に、上陸して補給しよう。」船長は、頷いた。
暗い森には、国境を守る魔物の巣窟だった。正確には、ダミアさえ制御しかねる死者や死霊の類いもいた。「昼間は安全性が高い。出来るだけ朝がた、素早くやろう」
夕焼けで空が紅く染まり、風がよくなる頃、飛行艦が現れて上空で待機した。機体の特定されない措置だったが、ヨハン達にとっては昼間の警戒の方が、重要で、追いつく敵艦に絶えず怯えていた。追って来るであろう高速の敵艦に輸送船如きで、出来る事など知れている。昼夜問わず、座礁に怯えながらなんとか暗い森の入り口まで辿り着いた。
朝早くからボートを降ろし水を探して上陸し、素早く帰らなければ敵艦に追いつかれる危険が増す。ヨハン達は、ただ無言でロープを握り、樽を積むと上陸して行った。泉を探し、樽を満たして上陸した所に戻る頃には、昼前になっていた。「早い所積んでしまおう。思ったよりもかかってしまった。」上陸した時には空樽だったので、早かったが積む時には、ウインチで引き上げなければ重過ぎて無理だった。ヨハンは、兵士達を励まし自らもロープを引き作業を忙したが、見張りから恐れていた連絡がやってきた。「敵艦!後一時間位で来ます!」
望遠鏡を向けると確かに船が見える。「船が見えるって?」駆け寄って来たジョセフに望遠鏡を差し出した。「イメルダ!また婆さま出して来たな。」「いや、あの婆さま足の早さは、定評がある。それに、青銅の長身砲だ。追いつかれたら、厄介だ。風の弱い内に逃げよう。」ヨハン達は、泣く泣く残りの樽を捨てると急いで錨を揚げた。「どうだ?後一時間以上稼げそうか?」不安げに望遠鏡を覗いている船長に、ヨハンは声を掛けた。「相手の出方次第です。速力は彼方ですが、いざという時は囲んで切り込みましょう。」「ショットガンの準備をさせよう。その前にハジメが一撃加えてくれると有難いが。もう少しで国境を越える。それまでの辛抱さ。」ヨハンは、船長を励ましながら、空を見上げた。雲が少し浮いていた。(早く来てくれ。長くは持たんぞ。)険しい顔をしたヨハンは使い魔で状況を知らせるために、船内に降りて行った。