出発
屋敷に着くと、腕の立つ者を選び、ルドルフさんに伝言を託した。「大丈夫かな。」心配そうなハジメをよそに、ヨハンは「大丈夫。気の毒なのは、襲い掛かった連中さ。」ハジメ達の、部屋を準備させながら、気楽に答えた。「取りあえず、使いの帰りを待つか。」
通された部屋で、知らせを待っていると、ルドルフがやってきた。「賢明な判断じゃな。ハジメ殿の部屋に行くと、でかいネズミが二匹いての、退治しておいたわ。」「いったい、誰が?結界が有るんじゃないですか?」「人を入れないための結界じゃ無いんでの。覗き見防止じゃよ。見られたら、恥ずかしいじゃろ。」ルドルフがソフィにウインクすると、彼女は真っ赤になって下をむいた。
「いったい、誰が?俺に殺し屋向けても、なんの得にもならないのに。」ルドルフは、出された水割りを飲み干すと、天井を見上げて考え込んだ。「どちらにしても、ハジメ殿が怪我をしては、元も子もないの。物取りにしては、瑞分手際が良くない。もう少し相手の出方見て見るか、何方にしても長居は無用じゃな。」「ルドルフさん、財務省の用事終った?重要な会議だったんじゃ?」ウイスキーのお代わりをもらいながら、ルドルフが頷いた。「実は、我が領内で錫が取れる。大砲の材料でな、この値段を決めにきていたんじゃよ。」「そんな貴重な物なのか?」「我が領内合わせて、数ヶ国しか出ない。みんな遠い国だ。この鉱山を巡って、戦争になりかかった。」ハジメは少し考えて首を振った。「どちらにしても、俺の命と、なんの関係がある?」「ここに居れば、安全じゃよ。出発は急がせる。その間我慢してくれ。」
何日か、不自由な生活を強いられながらも、飛行艦の整備も終わり、なんとか出発まで漕ぎ着けた。
「物凄い物資の量ですね、」飛行艦の中身を見てハジメは溜息をついた。重量の配分には気を付けていたが、ここまで凄いと、操縦に支障が出るかもしれない。「10屯ばかしありそうだの。もう少し積めるがの。食料品は明日、搬入される。そうすればここから出られる。」
その日の夜、ヨハンが、お別れの晩餐会を開いてくれた。「今度私がハジメ殿の所に、訪問しますよ。」「楽しみにしてますよ。釣りにでも行きましょうか、あ、あと降りるコツは 」ハジメは持っていたパンで、熱心に着陸の説明を始めた。助けてもらったせめてものお返しだった。近くの席では、ソフィがお姉さんから、デザインのレクチャーを受けている。買ってきて貰った絵の具などを手渡し、熱心に本を覗き込んでいた。
ヨハンが見送りに来ていた。ハジメは操縦室の窓から手を振った。エンジンが轟音をあげて、機体が進んで行く。ヨハンが何か叫んでいるようだったが、何も聞こえず、ただ、手を振るしかなかった。
「今度私がハジメの所に行くぞ。旅の安全を!」ヨハンは声の限り叫んだが、多分聞こえなかった。政敵や事務的な職業軍人が多いなかで、久し振りに火薬と、軍隊臭さが残る人物だった。