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 再会した果絵(かえ)は、すっかり大人びていた。

 

 背は百六十センチほど。細身で、手首の細さが特に目を引く。

 淡く化粧をしている顔が羞恥で赤く染まっていて、ぱっちりとした瞳が潤んでいるのを見た瞬間、奇妙なほど心が揺れた。

 

 落ちていた名札を見て「まさか」と思ったが、顔を見て喋るのを聞いたら、間違いなく本人だと思えた。


『ねむい……です――』

 

 眠り込んでしまった彼女を抱きとめた時に、鼻腔をくすぐる甘い香りがした。

 柔らかな細腕や腰の華奢さに、庇護欲がそそられ、体温が上がる。

 閉じられた瞼や薄くひらいた唇の無防備さに、脳がくらくらとした。

 

 理性を動員して彼女を寝かせ、距離を取ろうとした時、スマホのコール音が鳴り響く。

 安眠を妨げてしまうと思い、コール音を止めようとして、指先が滑って通話が始まる。

 

『――姉ちゃん? おれおれ。おれだけど……ひっく』

  

 通話先の声が泥酔した様子の男性だったので一瞬ぎくりとしたが、相手は弟だと名乗った。

 名前は、拓海(たくみ)。二十四歳だという。

 自分の素性と、道端で会ってとりあえず部屋で寝かせている事情を話したところ、泥酔した拓海は堰が切れたように身の上話を始めた。


『おれ、姉ちゃんが可哀想なんだ』

  

 両親が亡くなり、弟も入院していたこと。

 姉の果絵に苦労をかけていて、働いて金を返そうと思っていること。

 三日前に姉と付き合い出した先輩から連絡があり、先輩側に何かトラブルがあったようで金が必要らしく、金に余裕がない姉に見切りをつけて金持ちな女性に乗り換えると言われたこと。

 先輩側はパニック状態で、正常な判断力を欠いている様子で、姉を守るためにもそんな先輩とは縁が切れた方がいいのではないかと思い、自分が知っている情報を果絵に伝えずにいること。

 面談に落ちてしまったがまた別の会社に挑戦するつもりであること。


 拓海の話を聴きながら、颯斗(はやと)は思った。

 

 ――運命だ。


 ――この運命を、俺は逃がさない。


「金はいらないから、俺と結婚してほしい」

「は……?」


 他の男に奪われる前に、今すぐ彼女を『予約』する。

 伴侶のポジションを、自分が獲得する。


「契約しないか。俺は、君の弟の就職を世話できる。生活に苦労もさせない。債務があれば、全て返済してやる。俺をアクセサリーやトロフィーのように扱っても構わない。贅沢もさせてやる。家事と仕事は、してもしなくても構わない。俺のことを無理に愛せとも言わない」

「あっ、ドラマとかである、偽装結婚とか契約結婚ですか? わぁ、そういうの現実にあるんだ……」


 彼女は、不思議そうだった。ドン引きされていると言っていい。

 それはそうだろう。しかし、ここは強引にでも契約を決めてしまいたい。


「というか、その条件、一方的に私にとって都合がよすぎませんか?」

「そんなことはない。結婚は大事なことだから。出会ったばかりで俺への愛がない君に突然結婚を頼むなら、どれだけ報酬があっても釣り合わないだろう」

 

 反応を見てみると、「なるほど」と納得顔だ。


 弟である拓海の話を聞いていても感じたことだが、彼女は現実的な考え方をする。好ましい。

 

「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」

 

 そう囁いて、彼女の手に触れた。

 触れた指先は警戒するように強張っていて、可愛い。

 

「俺は、周囲から結婚するようにしつこく言われ続けていて、そろそろ限界だったんだ。望まぬ見合いの予定がある。タイミングがよかった。俺の結婚相手になってくれ」


 『弟の就職』や『債務』、『贅沢』という言葉に対する反応は、上等だ。


「困っていたんだ。助けてほしい」


 果絵は、明らかにやる気を煽られていた。

 ――自分より他人。

 そんな心根が感じられて、ますますハマっていく気がする。


「人助けだ。……君が嫌がることを、俺は絶対にしないと誓う。全て君に都合よいようにする。だから、助けてくれ。嫌になったら、その時点で辞めてもいいから」


 好条件に好条件を重ねて、囲い込んでいく。


「……鈴木店長の力になってくれますか?」

「鈴木店長?」

「あの、連れ去りの件で――」


 ブックカフェの店長の話をされて、驚いた。

 顧客が、果絵(かえ)の勤め先の店長だったのだ。

 そんな偶然があるのだろうか。縁があるとしか思えない。

 やはり運命を感じる。


「力になろう。約束する」

「……! ありがとうございます……!」

「果絵は本当に自分より他人なんだな」

 

 最初は「でも」と難色を示していた彼女は、押しに弱かった。

 颯斗は彼女と契約することに成功し、彼女が帰宅した後に喜びを溢れさせて悶えた。


「やった……!」

 

 これほど感情があふれて止まらないのは、人生で初めてかも知れない。

 人生、いつ何が起きるかわからないものだ。

 

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