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【コミカライズ決定】冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています  作者: 朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます!


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 相談の後、建物の外に出ると、目が眩むような青空が広がっていた。

 

「これからカウンセリングを受けて、意識を変える。妻に謝って、よりよい未来のために話し合ってみたい。……自殺よりずっといい。子どものためにも……その方がいい」

 

 鈴木店長は、やる気を見せている。前向きになれたみたいで、よかった。

 鈴木さん一家がよい未来に向かうことができたらいいな。

 

 そう思いながら法律事務所から出た後――私は衝撃的な出来事に遭遇した。


 ちょうど出入り口で、これから中に入ろうとしていた元カレとぶつかったのだ。

 同い年の彼は、オーバーサイズのパーカーにジーンズというラフな姿だった。以前よりも痩せた印象だ。


「え?」

果絵(かえ)っ……?」

  

 お互い、びっくり。


「――その指輪……果絵(かえ)が結婚したって噂、本当だったんだ……?」

 

 彼は私の結婚指輪を見て、気まずそうに顔を背けた。

 法律事務所に入らずに走り去った。


 スマホのメッセージアプリをブロックしても同じ都市にいるんだもの。

 会うこともあるよね。

 

 遭遇した場所が法律事務所だったのもあって気まずさは強かったけど、あっという間にどこかに逃げてしまったし、私は気にしないことにした。


  

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 帰りに食材を買い、帰宅してスマホを確認すると、颯斗さんからメッセージが届いていた。


『果絵、今日はお疲れ様』


 ゆるキャラ風の白い猫が手を振っているスタンプ付きだ。

 可愛いけど、お仕事中の姿とのギャップがすごい。


『颯斗さん、今日はありがとうございました。お仕事お疲れ様です。夕食とお風呂の準備は私がします』

 私は颯斗さん宛てにメッセージを送り、今日の家事を申し出た。


『果絵の手料理が食べられるのか。すごいご褒美だな。帰宅するのが楽しみだよ』

 

 楽しみにしてもらえて、モチベーションが上がる。新婚っぽいやり取りだな、と思うと、顔が緩んでしまう。

 

 ――調子に乗ったらダメだ。勘違いしてのぼせてはいけない。

 そう思いつつも、私の中には自覚があった。


 彼に惹かれてはいけないと思いつつ、惹かれている。

 ……そんな自覚だ。

 

「……困った私」

 

 独り言を零しながら、トマト煮込み用の鶏もも肉を取り出して、キッチンペーパーで水気を取り、脂肪を取ったりする。下処理後は、鶏肉は塩コショウをして一口大に切り、薄力粉を薄くまぶしておく。

 

「ほうれん草を茹でてお浸しも……あと、お味噌汁と……そうそう、お風呂の準備も」


 忙しく体を動かしていると、スマホに通知が届く。


「なに……これ?」

 

 見ると、元カレからの長文メッセージが届いていた。

 一方的にブロックしていたのに、ブロックを解除してメッセージを送ってきたのだ。


 ソファに座ってメッセージを読んでみると、送られてきた内容は、私に別れを告げたことへの謝罪だった。

 

『トラブルが起きて金が必要になったんだ。そんな時にタイミングよく上司のお嬢さんとの話があったから……ごめん』

 

 ――トラブル?


『ネットの匿名掲示板で配信者の悪口書いちゃって、開示請求するって言われちゃってさ』

    

「……ええ……?」

  

 彼は、普通に話しているとおかしなところが何もない好青年だった。

 話しやすいし、明るいし、コミュ力も高い。

 子供が迷子だったら手を差し伸べて親御さんを探し、年配の方が重い荷物を抱えて階段で困っていたら「荷物を持ちますよ」と声をかける。

 ニュースを見ても、「物価が上がるの困るな」とか「戦争とか嫌だよな」とか、共感できる感想を言う……、そんな「一般的な感性を持っている」と思える青年だ。

 

 ――けれど。


『俺、匿名性の高いネットだと、思ったことをそのまま衝動的に吐き出したりしがちで。他にも同じ考えの仲間がいるって思うと、つい強気になってしまって』

 

 彼は、懺悔するような気配で、詳しく書いていた。


『「間違っている」「酷い」そう感じた時に黙っていられないんだ。「許せない、このままなかったことにはしておけない」と強い衝動が湧いて、「なあ、これは間違っていないか」「なあ、これは酷くないか」と言ってしまうんだ』

 

 ……よく話題になる、現代人ならではの症状。


『否定されると、今度は否定に対して「許せない、このままにはしておけない」と思ってしまって、不毛な言い争いへと発展する。

 「その通りだ」と同調してくれる他人が現れても気が大きくなって、「そうだろ、そうだよな」って盛り上がっちゃうんだ』

 

 否定も同調も、ガソリンを注ぐばかり。

 エコーチェンバーとか、サイバーカスケードとか呼ばれる現象。

 SNSで気軽に自分の考えを全世界に発信できるがゆえに、誰もが当事者に成りえる問題だ。

 

 今回、彼が同調してしまったのは、SNSで「配信者による『わからせ』動画」問題。

 私もSNSで見た記憶がある。

 有名な学生配信者が、「俺の学校にいる態度が悪い奴にわからせてやる」と言って仲間と動画を撮りながら『態度が悪い奴』を呼び出し、「お前のこんなところがダメだ」と言い募ってリアクションを笑いのネタにした、という動画だ。

 ノリとしては、迷惑系ユーチューバーや私人逮捕系ユーチューバーに近い。

 

 多くのSNSユーザーが配信者への批判を投稿して、話題になった問題だった。

 批判投稿は大勢の同調によって一部が過激化していき、配信者は一線を越えた投稿者に対して、「訴える」と宣言したのだとか。


『そういう金の稼ぎ方も今は増えてるらしいんだ。わざと過激なことをして炎上して、正義感で批判する奴を釣って、批判した奴の個人情報を獲得して、高額な示談金を取るっていう……俺、ハマっちゃったよ』


「う、うわぁ……」


 なんだか、すごい世界。

     

『本人がすげぇ脅してきて、怖くなっちゃってさ。金持ちの上司を頼ろうと思って見合いを受けたんだけど……破談になったよ』


 ちょっと理解できない部分もあるけど、要はパニックを起こして藁にもすがる思いだったのだろう。


『そんな事情があって、俺、破産するかも。というか、自殺しようかとも考えてて』

 

 ――ま、またそういうことを……。


 鈴木店長もそうだったけど、衝動的だ。

 追い詰められているとはいえ、怖いことを言う。

 メッセージに返事はしないつもりだったけど、さすがに指が動いた。

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