98──化け比べ①
本日3本投稿です。
イルスとシュユ、そしてキエラの三人は近くの農村地帯にまで下りて来ていた。
「よし。最初のステージはこの畑だ。範囲はあっちのあぜ道から、あそこの小屋までだ」
イルスの指定した範囲は、畑一区切りと百姓の家屋一つを含めた範囲であった。外周をぐるりと歩いて回れば3分くらいか。
それ程広くはないが、そこら中に立っている案山子や藁、小屋に竈、大きな瓶や井戸、それに薪置き場や柿の木に栗の木、さらには農作業中の百姓が数人とあり、化けようと思えば化けられる物が実に多かった。
「制限時間は10分。物に直接触るのは禁止、人には話しかけてもいいが、これもまた触るのは禁止。また、範囲外での化けや捜索もなし。また、見えない場所に隠れるのもナシだ。必ず、傍から見て全身が見える事が条件だ。かくれんぼじゃなくて化け比べだからな。審判は不在だが、まあ俺はシュユを信じてるぞ」
「ホホ。妾は化け比べに不正はせんよ」
そのシュユの受け答えは本音であった。妖怪にとって化け比べなどの勝負は己のプライドや沽券に大きく関わる。何より不正などせずとも勝つという絶対な自信があった。
「よし。では第一番はシュユの先攻。俺はキエラとのタッグ。ただし、解答権は一回のみ。試合開始は30分後。シュユはその間下見でもして化ける対象を探しておくといい」
「お主らはどうするのじゃ?」
「俺とキエラは作戦会議だ。ちょっとあそこの農家を借りて考えてくる」
しめた! とシュユは表情に出さずにほくそ笑んだ。
化け比べとは間違い探しのようなもの。下見もせずに農家の家屋に入ってしまえばイルス達は今そこにある現風景を観察する事が出来ず、シュユが有利となる。
(やはり愚かな小僧よ)
何時もと様子が異なり、どこか理知的な雰囲気を持つイルスを警戒してたシュユは、安心したような拍子抜けしたような気分になった。
(ふむ。勝ったらどうしてくれよう。妾のしもべにでもしてコキ使ってくれようか。フフフ、それとも妾がいっその事あやつらのファミリーを牛耳るのも面白そうじゃのう)
「じゃ、30分後な」
シュユと別れたイルス達は近くの農家に顔を出した。
「あ、すんませーん。誰か居ますかー?」
「はいはい、どなたかな?」
奥から人の好さそうな老婆が出てくる。
流石にハッピータウンの町外れまではイルスの顔も割れていないらしく、老婆は親切そうに笑って迎えた。
「すみません、お婆さん。ちょっとお願いがあるんすけど······」
「おや? なんだいね?」
イルスは老婆に用件を伝え、キエラには彼の作戦を説明した。
「なるほど! それでシュユをっ······」
「ああ。お婆さん、お願い出来ますか?」
「ええ、いいですよう。なら、爺さんも呼んでいいですかい?」
「もちろん。その方が良いっす」
イルスはキエラにニヤリと笑った。
「よし。キエラ、よーく目を凝らしておけよ」
「オッケー! やりましょっ!」
手筈を整えたイルスは、持参したある物を老婆に手渡してからキエラと出た。
一通り辺りを見終わったらしきシュユの元へ戻った二人。
「よし。そろそろ時間だ。俺らは1分間ここで目を瞑る。そして合図と共に動き出す。そして、それと同時にこの──」
イルスはオルゴール時計を近くの切り株に置いた。
「こいつの仕掛けを押す。10分経ったら鳴るようにしてあるが、心配だったら時間をあらかじめ確認しておいてくれ」
「ホホホ。信じよう」
「サンキュー。これから長い付き合いになるからな。信頼関係は大事だ」
「ぬかせ」
イルスはキエラと共に手を目に当ててしゃがんだ。
「じゃ、いくぞ。はじめっ!」
イルスの声と共に、キエラがいーち、にーい、と子供のように数を数える。
シュユは余裕のあるゆったりとした歩みで歩いていくと、目当ての場所でたちどころに化けた。もう、その見分けはつかない。
『ごじゅうはーち、ごしゅうく、ろくじゅう!』
声を揃えてカウントしていたイルスとキエラは面を上げ、立ち上がった。すぐに周囲を見回す。
「ふーむ。流石にパッと見て分かるものではなさそうだな」
「ええ」
二人は揃って歩き出し、辺りを軽く見て回った。
どこもかしこも特におかしな所はなく、とても化けてるシュユを見つけるのは難しそうだった。
「やっぱ難しいな」
「そうね」
二人は目配せして、頷きあった。
そして、その後にイルスがわざとらしく大きな声を出した。
「あ~あ~、みつかんねーや。腹減ったな~。こんな時は熱々のうどんが食いて~」
「あたし、キツネうどん食べたーい。あ~あ~、お腹減ったな~」
二人のその声の後、先程の民家から老婆が出てきた。手にはお盆を抱えており、その横にも同じように盆を抱える老人が居た。
「爺さん、今日のおやつは外で食べましょうか」
「そうじゃのう」
二人も大きな声で話しあうと、ちょうど畑の真ん中辺りに座りこみ、盆からどんぶりを取った。
どんぶりには、お揚げの乗ったうどんが満ちていた。湯気が辺りに漂う。
「わー、うまそうなキツネうどんーっ」
イルスとキエラが駆け寄ると、老夫婦は穏やかに笑いかけ、
「たくさん作ってしまったでのう。良かったら一緒におあがり」
と言ってすすめた。
イルスとキエラの二人は遠慮せずに、どんぶりを受けとると、
『いっただきまーす!』
と言ってずるずるっと、音をたててすすった。
「んーっ! うめえ! なんてダシの効いたうどんなんだ! おおーっ、でっけえオキツネだ~! あぐっ、もぐっ、ん~! うめえ~!」
「ふっくらお揚げがもう最高っ! 見て、ほら! 汁をたっぷり吸ってる~!」
キエラが箸で摘まんで上げると、お揚げは重たそうに垂れて、ジュワっと金色の汁をたっぷりと滴らせた。肉厚なそれを豪快に口へ放り込む。
「さあさあ、いなり寿司もありますよう」
老婆の差し出したいなり寿司を掴むイルス。一口で全部頬張る。
「もぐ、もぐ、もぐっ······うっめえ~! ふっくらご飯がお揚げから出てきたあま~い汁を吸って、最高だぜ~! しかも、このお揚げの肉厚な事ときたらっ······今まで食ったお揚げで最高だ~!」
そんな風におどけながらも、イルスとキエラの二人は周囲に鋭く目を光らせていた。
そして、二人は不自然にざわめいて揺れる柿の木を1本発見した。
ニヤリと顔を付き合わせる二人。そのままどんぶりといなり寿司を持ったまま立ち上がると、その揺れる柿の木の元へ赴いた。
「あら、イルス。柿の木だわ」
「おお、本当だ。デザートは柿かな?」
そんな風に呑気に会話しながら、音を立ててうどんをすすり、はふはふとお揚げにかじりつく。
「う~ん、風情ある中で食うお揚げは最高だな」
わざと湯気を揺らして、箸でお揚げを摘まんで見せるイルス。
柿の木の幹からダラダラと樹液のような物が垂れる。それは樹液ではなく、唾液であったが。
「あらイルス。見て、この柿の木よだれ垂らしてるわ」
柿の木がピタリと音を止ます。枯れ葉一枚動かさない。
「おかしいわね~。木がよだれなんて垂らすのかしら~?」
すると、イルスがこう答えた。
「キエラ、これはお揚げ柿と言ってな、お揚げを近づけると樹液を出す木なんだ」
「あ、そうなんだ。知らなかった~」
「おや、おかしいな? お揚げ柿の実はオレンジじゃなくて、黄色のはずだったが?」
そう言うと、その柿の木の実はたちまち黄色になった。
「いや、違ったな。緑だ。緑色だったはずだ」
今度は緑色に変わる。
「いや、違うなぁ。そうだ、お揚げ柿の木には柿の実はついてないんだ。リンゴがなってるんだ」
すると、たちまち柿の木はリンゴで一杯になった。
イルスとキエラは顔を見合わせると大きく頷いた。
イルスが、目の前の柿の木に向けて力強く指を指す。
「シュユみっけ! 柿の木に化けてる!」
『くぅ~っ!!』
その宣言と同時に白い煙が上がり、よだれを垂らして涙目になったシュユが現れたのであった。
お疲れ様です。次話に続きます。




