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95──化け狐

 


「ホッホッホ。驚いたかえ? ふふ、そうでなくてはつまらんからのう。おお、稲荷像なぞ久々に化けたから腰が痛いわい」


 クスクス笑い、腰をとんとんと叩くシュユ。

 尻餅をついている俺を見下ろす目つきは舐めるようだった。


「おや。どうかしたかえ? 驚き過ぎて腰でも抜かしたか? 若いんだからしっかりせい」



 これだ。これが本当のシュユだ。あの恐ろしい気配もなければ殺伐とした冷たさも無い。


 気まぐれで悪戯好きで、人を食ったように茶化したりからかうのが好きな、妖怪らしいけど憎めないような奴。

 なにより、色っぽい。このたわわの大きさだけは他のキャラの追随を許さないからな。



「これ。どこ見ておる」


 俺の視線にシュユは呆れたような顔になった。


「まったく。お主は煩悩だらけよのう。神聖な社にてそのような不埒者が居るとは」

「······そうだな。胸も良いが、顔をよく見せてくれ」

「は?」


 立ち上がって、改めてシュユを見てみる。

 背丈は俺よりやや低いくらいだ。キョトンとしている表情は、大人びた顔つきでも可愛らしく見えた。こうやって見ると、また新しいシュユに出会えた感じがする。


 あの時。

 この世界で『崩壊の力』によって歪められた人物として初めて会ったのもシュユだった。


 そして、俺が初めて手にかけた······。



 でも、今目の前には狂わされてなどなく、元気な様子のシュユが確かに居る。



「······良かったよシュユ。お前も無事で。こうやって会えて本当に良かった」

「············? お主······イルス、かえ?」

「ああ、シュユ。元気そうだな」


 シュユは俺の事をじっと見ていたが、ふと首を傾げた。


「はて? まるで妾も化かされているようじゃな」


「イルス~」


 そうやって再会を果たした俺らの元に、キエラが走り寄ってきた。


「シュユが見つかったのね?」

「ああ。たった今化かされたとこだ」

「相変わらずねぇ」

「キエラ、久しいのう。お主までこんな所に来るとは思わなんだ」


 袖を口に当てて笑ったシュユが、下駄をカランと鳴らして踵を返す。


「まあ、立ち話もなんじゃ。ほれ、そこの(ねぐら)で茶でもしばこうかの」



 こうして、俺らはシュユに招かれてさっきの本殿へと案内された。







「まさか二人揃って来るとはのう」


 どこからともなくちゃぶ台を持ってきて、その上にこれまたどっから出したのか盆と湯飲みを置いた。


「ささ、飲むがよい」

「ありがとう、あ、茶柱たってる!」


 キエラが嬉しそうに湯飲みを持つ。それを止める。


「? どうしたのイルス」

「この茶、本物か?」

「え?」


 なんとなくだが、酒の匂いがする。


「むっ! 茶の正体見破ったり! シュユ、これは酒だっ!」


 俺がそう言うと、シュユは驚きと喜びを交えたように笑い、


「お見事っ」


 と言って懐から扇子を取り出してパンッと叩いた。

 それと同時に、さっきまで湯気の立っていた茶がたちまち透明な液体に戻った。


「あっ! これお酒じゃん! シュユ~!」

「かっかっかっ! キエラはまだ修練が足らんのう。いや、しかし良く気づいたのうイルス」


 化かしを見破られたのに、シュユはどこか嬉しそうに俺を見て微笑んだ。


「むしろお主が真っ先にかかると思ったんじゃがのう」

「ダスト達は酒に巻かれて失敗してるからな。同じ手は食わん」

「ホホッ。褒めてやるぞ」


 パッと開かれた扇子には『天晴れ!』と書いてあった。


「さて。では妾も看破されては真面目に話をせねばならんの。今日は二人とも何用じゃ?」


 すすっと姿勢を正すシュユ。おお、正座すると裾から覗く太ももが、すげえ、ムチムチ······。


「これっ、真面目に話してやると言うておるに!」


 パシッと扇子で頭を叩かれた。キエラも睨んでいた。


「イルス~!」

「いや~、この太ももは反則だぜ? わ、分かった、分かったから湯飲みで殴ろうとするのは止めてくれキエラ」


 うん、真面目にやろう。



「オホン······シュユ、俺からの手紙は見てくれたか?」

「読んだぞ」

「そうか。今日お前を訪ねたのは他でもない。手紙に書いてあったと思うが、俺らの仲間になって欲しいんだ。その返答を聞きたい」

「ホホホ」


 シュユは袖で口元を隠して笑った。そして笑顔のまま顔を上げた。どこか意地の悪そうな笑みだったが。


「返答も何も、ここまで来ると言うことは仲間にしたくてしょうがないから拒否権などありゃせんじゃろう?」

「まあ、そうだな」


 そこは素直に肯定しておく。


「お前の言う通りだ。イエスかノーかで聞いてるが、ぶっちゃけイエスって言うまでしつこく付きまとうか無理やり連れてくつもりだ」

「ほう、正直じゃのう」


 クツクツと笑うシュユ。その反応からはイエスかノーかも分からない。


「それで? どうだ。一緒に来てくれるか?」

「その前に答えよ。イルス」


 シュユは表情を変えることなく、ミステリアスな笑みのまま質問してきた。


「お主、妾を仲間にして何を成すつもりじゃ? まさか毎日飲み明かそうなどという訳でもあるまい」

「······決まった方針は無い。だが、最強になれば何だって好き放題に出来る。リゲル達をコテンパンにして俺らが好き勝手したりもな」

「ほう」


 シュユは少し考えるように目を瞑った。大人しくして座っていると、とても色香の漂う和装美人で、少しドキドキする。


「ふーむ······こりゃ考え物じゃのう」


 そう言うと、シュユはふわりと立った。お香の匂いがした。


「ま。また来るがよい。興が乗ったらもう一度話を受けてやろう。待ってるでな」

「なに?」


 問いただす暇もなく、シュユの身体がひらりと宙で翻ったと思うと、白い煙幕のような物をブワッと広げた。


「うおっ」

「わっぷ!」



 キエラと共にたまらず外に出てみると、もうそこには誰の姿も無く、今まで居た和室も朽ち果てたボロボロの部屋になっていた。



『ホッホッホッホッ。妾の化かしについてこれないようなら、まだまだよのう。出直して参るがよい』


 笑い声と、落ち葉の風に擦れる音を残して、境内はまた静まりかえった。



 その忘れ去られた神社は、物悲しく、どこか寂しそうにも見えた。


お疲れ様です。次話に続きます。

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