8──知らない事実
「······なんだってんだよ、マジで」
もう、あいつらからは大分離れた。
振り返ってみると、小さな点に見える。
追いかけてくる気配はない。
「うーん······」
一体なんなんだろうな、この世界に来てからの違和感は。
アジトの事といい、さっきのガキ達やヒロイン達といい。
だが、一番意外なのは······。
「リゲル。来なかったな······」
リゲル。パラファンの主人公。
パラファンは自分で名前を入力出来るが、初期設定のデフォルト名はリゲルだ。
リゲルはいわゆる王道的な主人公だ。
優等生と言うか正義感の強い奴で、弱い人や困ってる人の事は放っておけない。
強きを挫き、弱きを助ける。自分の身よりも他人の幸せを優先する。
どんな時も前向き。諦めない。
誰にでも優しくて明るい。
ついでに言うとイケメン。
みんなの人気者。
可愛いクラスメイトやその他大勢の美女、美少女に囲まれてる。
ヤバい。改めてあいつのスペックを並べてみると殺意が湧いてくるじゃないか。
そんな奴を自分の分身として操作してた時は愛着もあったが、他人になると妬ましい事この上ない。
それはさておき、そんなリゲルは何よりも人を助ける事に使命感を持っている。
自分がどんなに疲れていようが、何か他の事をしていようが、助けを呼ぶ声を聞けば何もかもかなぐり捨てて飛んで行くような奴。
誰かが泣いてる時。仲間がピンチの時。
そんな時どこからともなくすっ飛んで来るのがリゲルだ。正にヒーローそのもの。
特殊な能力かなんかは知らんが、助けを求める叫びや泣き声をすぐキャッチして現れる。この辺り一帯で助けを求めれば必ずリゲルにその想いが届くのだ。
それがだ。
子供が泣き叫んで、大切な仲間達がみんな倒されたと言うのに一向に現れなかった。
たまたま動けない状況だったのか。あるいはかなり遠くに居るのか。分からないが、奴は来なかった。
少なくとも、見捨てたという可能性は無いだろうが······。
どこで何してんだろう、あいつ。
「······そういやあ、俺がリゲルの名前出したらカーリー達の表情が変わったよな」
あの絶望のどん底に居るような表情。リゲルと何か関係があるのか?
············。
考えたってわかんねえや。
そもそも、謎の一つさえ解けてないんだ。今のところ、何でここに俺は居るのか。から始まって、何でリゲルがここに居ないんだで終わってる。
とりあえずさ迷うしかないよな。
「っと。考えてたら町に来てた。ほうほう、ここがユートピアタウンか。どれどれ」
UFOは既に町の上空に来ていた。
眼下に家の屋根が広がる。この世界に近代的なビルなどの建物は無い。建物は全て、素朴な古民家のような感じだ。RPGに出てくるような中世ヨーロッパ風の家が多いが、日本家屋風の家もちらほらある。
こういう少しテキトーな世界観もパラファンの魅力の一つだ。
そんなファンシーな町では可愛い妖精やマスコットや人間が仲良く暮らしている。質素で、地味ながらも助け合う生活を営んでるのだ。
「ほおー。こうやって見ると、結構大きな町なんだな。にしても、あの東京タワーもどきはやっぱ浮いてるよなあ」
妖精とかにも可愛い子が多いんだよなあ。中には攻略対象のキャラとかも居たし。
降りて探してみるのもアリだな。
「ん?」
と、ここで。奇妙な物を発見した。
町の外周。そこに張り巡らされたバリケードのような木の柵。
「なんだありゃ?」
よく見ると、所々に櫓のような物まで造られている。まるで外敵に備えた城塞都市のようだ。
本来なら、町の中はもちろんのこと、その外周にすら屋台などが並んで色んな住人が楽しく賑わっているはずなのだが、今はほとんど人影がない。
代わりに、剣や槍で武装している妖精や人間は何人か見えるが。
──カンッカンッカンッ──
途端に櫓の方から警鐘の音が鳴り出した。
それと共にいくつもの大声。
どうやら俺を発見して騒いでいるらしい。
「············」
気にはなるが······どうにも近づく気にはならない。これまでの登場人物達の反応といい、何かがおかしい。この世界は。
ここは一旦アジトに引き上げて考えを整理しよう。
アジトへ帰還。
やはり、アジトには誰も居なかった。
留守にしてる間に誰か帰ってきているかとも思ったが、静寂が孤独に待っているだけだった。
「やっぱ、いねえか」
とりあえず自分の部屋に戻る。俺がイルスとして目覚めた最初の部屋だ。
他に行く当てもないし、ここが俺の拠点という事になるのだろう。実際、このアジトと部屋の持ち主な訳だし。
にしても汚え部屋だな。
目覚めた時はあまり観察しなかったが、イルスの部屋は大分散らかっていた。
食い物のゴミから始まり、脱ぎっぱなしの服や靴。それに地面に積まれてる漫画。
まあ、イルスはかなり大雑把でだらしない男だし、これくらいの散らかりぐらい不思議ではないが······しかし、やはりというか、妙な違和感を覚えてくる。
「······これ、酒ビンか?」
床に転がっている空きビン。酒だ。それが何本も落ちている。
未成年が飲酒していいかどうかは、ここが日本じゃないから置いといて。問題なのはその量だ。いくらなんでも飲み過ぎじゃないか? 1本や2本じゃない。10は軽く越えてる。
ラベルにはアルコール度数40と記されている。かなり高い。
酒ビンの量だけじゃない。
床で粉々に砕けたグラスや、壊れて部品の飛び出した置き時計。
何かで叩き折ったかのようなスタンドライトに、ビリビリに破かれたカレンダー。
これじゃまるで強盗に部屋を荒らされたかのようだ。
「ん?」
観察してる内に、テーブルの上の新聞に目が止まった。
何故かそれだけキチンと置かれているのだ。
イルスが新聞なんて読むのか?
という、純粋な疑問が浮かんだ。言っちゃ悪いが、あの馬鹿がこんなものを読むとは思えない。
何気なくその新聞を手に取ってみた。日付は7月だった。現実と同じ歴なのは便利なこった。
そこが雑な世界観と言う評価でもあったが。
「随分くたびれてるな。この世界にも新聞があるとは。見出しは───え··················?」
え?
『悪夢 皆の希望リゲル 死亡』
その文字が読めた。
お疲れ様です。次話に続きます。