7──涙と困惑
「よーし」
三人とも蔦で縛り上げ、身動き取れないようにして並べる。
既に俺の勝ち。
戦闘続行不可能、戦意喪失。
ほとんど無傷だが、三人とも動けずにいる。
しかし。
「ふーむ」
メインヒロイン3タテとか俺って強くねえか?
まあ、ゲームプレイしてた時の知識のおかげで三人の長所も短所も知り尽くしてるたからこその勝利だろう。
いや、て言うか。やっぱりこの能力がチートだわ。明らかに世界観ぶち壊しのスキルしてやがる。
いや~、しかし強い。原作のかませ犬の強さだけは再現出来てないな。
しかも、ほとんど傷つけずに捕獲している。
イルスは容赦なくウルトラハンドでぶん殴ったり、地面に叩きつけたりと乱暴だったが、俺は実に紳士的だ。
紳士的······。そう、かなりエコで優しい勝利をもぎ取ったはずなんだが······。
「······ひっく······」
「·········っ·········ぅ、うぅ······」
「うぅ、うぅっ、ひっく······」
やはりと言うか、俺の倒した三人は痛々しく、物悲しく泣いていた。
そりゃあもう、リョナゲーだったっけ?かと記憶を怪しむくらいにはシリアスに泣いている。
俺の記憶ではこういう時は
『くっそ~! イルス! 後悔するわよ! すぐにギタギタにしてやるっ!』
『イルス! こんな事しても無駄ですっ !早く私達を解放しなさい!』
『うう~! 止めてよイルス~! 縄ほどいてよ~! 意地悪~!」
くらいには元気で強気な感じだったのに。
今じゃ綺麗な顔を涙に腫らして嗚咽を漏らすばかり。
これじゃあ俺が悪い事したみたいじゃないか!あ、してはいるのか。
しかし、妙だな。このくらいの悪さならイルスは日常茶飯事にやってたし、三人だって負けたくらいでこんなズタボロな感じにはならないのに。
「それに。うーん······なんか足らないよなぁ」
仮に、ヒロイン達が負けてもその後は必ず元気に反撃したんだが──
「あっ! そっか!」
どうりで何か違和感あると思ったら、肝心のあいつが居ないじゃないか。
そう、主人公だ。
たしか、デフォルト名はリゲルだったな。さっきカーリーも呟いていたし。
そうだそうだ。
最後は主人公であるリゲルにぶっ倒されて終わるのがパラファンのお約束じゃないか。
例え、他のヒロインが全滅してても、最後は主人公がやってきて勝利!
その王道パターンがあるんだった。正義は必ず勝つ。ヒーローは遅れてやって来る。
「そうか、そうか。そうだったな」
リゲルさえ来れば全て解決。
ヒロインは泣くのを止めて、解放。自由の身になってリゲルと力を合わせて勝利。
結果、俺がボコボコにされてハッピーエンド。まあ、当の俺はひでえ目に逢うが。
まあいい。
悪役ムーヴを楽しんだ訳だし、ここはちゃんと最後まで役を全うしようじゃないか。華々しくぶっ飛ばされて、惨めなセリフを捨てながら星になろう。くっ、悪役は辛いぜ。
それにしても主人公の奴、遅いな。
下でしずしずと泣いているヒロイン達を見てると流石に居心地が悪くなってくる。
早く来ねえかな。
仕方ない。こっちから呼ぶか。
「ギャーハッハッハッ!! 俺様の完全勝利間近だぜえ~! このままユートピアタウンは俺様のイルスシティにしてやるぜ~! 今日は俺様の記念日だぜ~ヒャーッ!」
····························。
来ねえ。
聞こえるのはヒロイン達の泣く声だけ。
もっと直接的に呼ぶか。
「おーいっ! 聞こえね~のか~! お前の大切な女達の声がよ~! リゲルよ~!! 早く出てこいよ~!」
「っ!!」
「っ······!」
「っ!?」
「ん?」
あれ?
何故か三人が泣くのを止めて驚愕の表情を浮かべた。
まあ、いっか。
「オラオラオラ~! リゲルよぉ~! どうした、どうした~?! 早く出て来やがれ! 俺がボコしてやるぜ~! 今日をテメエの命日にしてやるよー! ヒャーッヒャッヒャッ!」
「······どうして······どうして、そんなひどい事が言えるの? イルス·········」
「ギャーッハハッハ······は?」
気づいたらメルが唖然とした顔をしていた。
メルだけじゃない。
カーリーもレンも。信じられないと言うような表情を浮かべていた。
そして、瞬きもせず俺を見ていた。
「イルス······あんたっ······」
「どこまで······どこまで人の心を踏みにじるつもりなのですか······?」
「ひどい······ひどいよ、イルス·········」
「え? あ、あの。いや······」
これはいわゆる曇らせ顔とか言うやつでは?しかもかなり芸術点の高い。
光の無い目。絶望の陰りを見せる顔。
悲しみという感情をも越えた涙がある。
『止めてええっ! もう止めてよ、イルスっ!』
「?!」
どこかの物陰に隠れていたのだろうか。
モブガキどもが走りよってきて、その小さな体を一杯にして三人のヒロインを庇うように立ちはだかった。
みんなやはり大泣きしている。大粒の涙をボロボロとこぼし、しゃっくりを交えた声を震わしていた。
「ひっぐっ! や、やめて、よっ! ひぐっ、こ、これ以上、カーリー達を、き、傷つけないで!」
「も、もう止めてよ! イルス!」
「お願いっ······だから、もうっ······」
「お前ら······」
なんだってんだ。
一体なんだってんだ。
なんでそんなに泣いてるんだよ。
なんでそんなに悲しそうなんだよ。
なんでそんなに怯えてるんだよ。
どうしてそんな目で俺を見るんだ。
「············」
この気持ちは何だろう。
俺は間違ってないはずだ。
ここは俺のよく知るゲームの世界で、登場人物まで同じだ。何も間違ってないはずだ。俺はちゃんと今の自分の立場を全うしてるはずなんだ。ちゃんとロールプレイング出来てるはずなんだ。
悪役ムーヴをウキウキでやる三十代のオッサンが正しいかはともかくとして、ここまでシリアスな雰囲気は意味が分からない。
しかもリゲル来ねえし!!
「はぁ······なんか萎えたわ」
俺は操縦桿を倒してUFOをターンさせた。
もうやりたい事はやった。
思ってたのとは違っただけだ。
機体を滑らせ、また空を滑空する。
お疲れ様です。次話に続きます。