5──レン
「お、おい」
「ひっく、ひっぐ······うぅ、ううっ······」
わなわなと震え、嗚咽を漏らしてさめざめと泣くカーリー。
こんなしおらしくて、切ない彼女の姿は見た事がない。
「な、なんだよ。そんなに泣く事か?」
「うっ、ううっ、ご、ごめんね、リゲル······あたい······勝てなかった············」
「リゲル?」
リゲル。リゲル······。どっかで聞いた名前のような······。
「あっ」
思い出した。主人公の名前だ。
パラファンの主人公は自分で名前を打ち込めるんだが、デフォルト名はリゲルに設定されているんだ。
たしか、主人公は星の輝きの力を宿した選ばれし者だからとか何とか、そういう理由でだ。
いや、それはともかく。
「ひっぐ······リゲルぅ·········」
「······」
主人公の名を呼びながら涙を流し続けるカーリー。
たった一度負けたくらいでこんなに泣くだろうか?
パラファンの世界は平和な世界だ。
戦い合うが、相手を殺すのが目的の戦いはほとんどない。イルスは主人公の時だけ割りとガチで戦ってくるが、他は加減する事が多い。
ヒロイン達が単体でイルスに挑んで負けたりするのも珍しくなかった。そして、負けたヒロインは大体捕まって縛りあげられたり、少し苛められたりはしたが、それ以上の事は何もされなかった。
だが、今目の前に居るカーリーは、まるで全てが終わったかのような絶望のどん底のように泣いている。
とてもじゃないが、俺の知るパラファンの世界観とは違う状況だ。
「ふーむ······」
この違和感の連続は何だろうか?
「······ま、いっか」
とりあえず、カーリーはしばらく動けない。ここは原作に沿って、今から縛りあげて人質にでもして他のヒロインを待つ──
『そこまでです! イルス!』
「!! もしかして······」
言ってる傍から来たか。
落ちついた大人の雰囲気に潜ませた凛々しい声。これは──
「レン、だな?」
「イルスっ······貴方は······」
やって来たのはレン・ホワイト。カーリーと同じく、主人公の仲間でメインヒロイン。
真っ白な肌に、透き通るような白髪。そして薄い金色の瞳を持った、ザ・美白美人とでも言う奴で、その性格は品行方正でクール。
真っ白な制服と合わせると、もう全体が白い。
カーリーなどのような喧嘩っ早い仲間の抑止力となったり、主人公の補佐的な行動をする参謀のような存在だ。
戦闘力はそこまででもないが、氷を操る特殊能力は厄介で、堅牢な盾でも鋭利な槍でも産み出せる。
普段は大人びているが、意外にもおもちゃやぬいぐるみが好きというギャップが可愛いんだよなあ。
「カーリー!」
かつてのレンルートのイベントを思い出して悦に入っている俺には構わず、レンは倒れてるカーリーに駆け寄った。
「カーリー! しっかりして下さい! カーリー!」
「ご、ごめん、レン······あたい、全然歯が立たなくて······」
「そんな······いいんです、休んでいて下さい。後は私が······!」
カーリーをゆっくりと寝かせると、レンが俺を睨みつけてきた。
レンルートで何度も見つめあったはずの優しい月のような金色の瞳に、今は嫌悪の影が満ちているように見える。
雪解けのように儚く美しく、そして優しかった笑顔も、今の憎悪に歪んだ顔に重ねる事は出来ない。
カーリーと同じだ。俺の知ってるレンじゃない。こんな表情は見た事がない。
「イルス! もう貴方の好きなようにはさせませんっ! これ以上っ、誰もっ······」
ギリリっと歯を噛みしめ、レンが飛び立つ。
一気に俺から距離を取って激しく睨む。
「こっちです! イルス! 私と戦いなさいっ!」
なるほど。カーリーを巻き込まないように俺を引き離そうとしているのか。
よし、乗ってやろう。
「ギャハハハッ!! お前もすぐにボコボコにしてやるぜぇ~!」
「っ······!」
背を向けて空を駆けるレン。その後を追う。
カーリーから十分距離が空いた所で、レンが翻ってこちらに向き直る。
「ここなら良いでしょう······勝負です、イルス!」
「ククク! いいぜぇ? すぐに泣かせてやらぁ!」
「私は······貴方を許さないっ!」
闘気と共に氷雪がレンの身体から巻き起こり、それは1本の剣へと姿を変えた。
それを握り、構えるレン。
「行きます!」
こんなにガチなレンにも調子は狂わされるが、俺がイルスである以上、戦いは避けられないだろう。
ならば、イルスとして戦うまでだ。
「ギャハハハッ!! 返り討ちだぜえ!」
「はああっ!」
真っ向から突っ込んでくるレン。
クールなはずの彼女から荒々しいものを感じる。
「せいやあっ!」
振り払われる剣先を躱す。今さっき動かしたばかりのUFOを俺はもうマスターしている。
「これでもくらえ~!」
岩発射バズーカをぶっぱなす。重い砲弾をレンは大きく飛び退いて避けた。
「ウルトラハーンド!」
グーパンに変形したハンドで殴る。
レンは大きく後退した。
「ギャハハハッ!! まだまだー!」
さらに追加のハンドを出して追撃する。
レンは一回一回大きく避けて絶対的な安全圏を保持し続けている。
「?」
その動きに違和感を覚えた。あれだけ攻撃的で、自分から向かってきたのに攻撃はほとんどしてこない。
確かに、レンは攻撃力が低く、自分はあくまで他のキャラのサポートに徹したり、何か作戦を立てて戦うタイプではあったが──
「──あっ! そうか」
そうだ。レンやカーリーの力を増幅させるあいつとの連携が彼女の強み──
『今だ!!』
──ズオオオオッ──
「?!」
突如、真下から声がして、風の渦が飛んできた。ビームになった竜巻みたいなやつだ。
「ぐっ?!」
寸での所でそれを避ける。危なかった。
「今のは──メルか!」
俺の声に呼応するかのように、下の茂みから小さな影が飛び出した······。
お疲れ様です。次話に続きます。