50──立て直し
「ガッ······ハッ·········!」
ヤバい。
これは本当にヤバい。
全く動けない。
辛うじて右腕だけは掴まれておらず、自由に動かせるが、クラフトへの意識集中は無理だ。
「ガッ、アァ······」
「ククク、苦しそうだなあ、イルス」
クラクラと眩暈のする視界に小さな可愛らしい靴が降りてきた。
見上げると、カミラの残忍な笑みが俺を待っていた。
「普段の威勢はどうした? ん? 雑魚は所詮雑魚だったか? この程度で体一つままならないとはな。ククク、やはり劣等種だな」
しゃがんで俺の顔と近い位置にまでその歪んだ笑みを落とすカミラ。
「だが、貴様ら劣等種にも大事な役割がある」
俺の肌を滑る官能的な手つきが、腕を擦りながら持ち上げた。
「悪くない。若く、健康的な肉体だ。このまま死肉にさせるのは惜しい。そうは思わないか?」
「ぐぅっ?!」
身体を締め上げる力が少し弱まった。
カミラが俺の手に頬擦りする。
「ふふふ。感じるぞ。貴様の生命が、今もこの薄皮の下で必死に波打ってるのがな。なんと甘美で、健気で、そして──」
ギラリとカミラの牙が光った。
「美味そうなんだ」
「っ?!」
カミラの表情が豹変し、肉食獣のようになると、口を一杯に広げて俺の腕に噛みついた。
「があっ!!?」
激烈な痛みが襲う。まるで電撃が全身に走ったかのような衝撃だ。
「がああぁあああっ!!?」
「······ンクンク······」
──ジュルジュル······──
耳障りな音と、身を裂くような痛み。そして全身から力が抜けていくような感覚。
「ン······プハアッ! ふぅ。ククク」
俺の腕に埋もれていたカミラの顔が上がる。
その口元は真っ赤に汚れていた。考えるまでもなく、俺の血で唇も染め上げられていた。
血が彼女の細い喉にまで滴っている。
「まあまあの味と言ったところだな」
「がぁぁっ······」
駄目だ。目の前に黒いカーテンがかかるように視界がぼやける。
「喉も潤った。さて、イルス。止めはどうしてくれようか──」
ヤバい。
もう、カミラの声すらぼやけてきた。
くそ、頭が回らねえ。
このままじゃマジで死ぬ。
「そうだな。これも何かの縁だ。その生命枯れ果てるまで吸い付くしてくれようか」
今度は目と鼻の先に薔薇の香りが漂った。
カミラの顔が近い。
そして、またあの凶悪な牙がちらついた。
「やはりこの頸動脈から直接──」
まずい。
カミラの吐息が首筋にかかった。
その時だ。
「っ!?」
途端にカミラが素早く後ろに跳んだ。
そして、それとほぼ同時に俺の頬を光の糸が掠めていった。
その糸は意思を持つように動くと、俺を掴んでいる土巨人の腕に絡まっていった。
──ミシミシミシ······ゴッ!──
「ぐぅっ······」
土の塊が空でバラバラに分解する。
それまでの束縛感が消え、体が宙を浮遊する感覚になる。
そして、落下する体感を意識出来た時に、ふわりと柔らかくて温かい感触に包まれた。
「ぅ······」
「イルス、大丈夫?」
ぼやけた視界の中、俺を気遣わし気に覗くローナの顔が見えた。
俺はローナの胸の中に抱きしめられていた。
「ロー······ナか······」
「しっかり」
ローナの羽が伸びてきて、身体を包む。
すると、体の苦痛がスーッと抜けていき、眩暈も溶けて消えるように引いていった。
「あ······う。か、体が、楽になった?」
ローナがゆっくり降下して地面に降り立つ。俺も自分の足で立った。立ちくらみもせず、自分の力だけで立てた。
「そうかっ、お前にはこの世界で唯一の回復能力があったんだったな······」
完全ではないが、ある程度なら人を回復させる事の出来る力。あまりにも弱ってる場合は無理だが、軽い怪我や疲労なら治せる。
現に、俺も貧血と思われる症状自体は残ってるものの、ダメージはだいぶ回復していた。
「サンキュー! 助かったぜ」
「ううん。それに、まだ助かってない」
ローナは頭上の一点を見つめたまま言った。その視線の先には、つまらなさそうな表情を浮かべて見下すカミラが居た。
「ふん。ローナ・ロンナ。呪われし精霊王。まさか貴様まで我に楯突くとはな」
「カミラ。もう止めよう? 悪い事はいけない」
「はっ······ハッハハハハ!!貴様が言うかその言葉! 散々にリゲルどもを痛めつけた貴様が?」
「······」
カミラは悲しげに目を伏せた。
「ククク、呪われた人生の先で出した答えがリゲルのような空寒い戯れ言とはな。少し貴様を過大評価していたようだ。もう少し素直になって好きなように暴れてれば良いものを。その血に流れた穢らわしい魔の力で思うがままに──」
「おい!! それ以上は止めろ!」
カミラの言葉を聞いてる内に、ついカッとなってしまい大声を上げてしまった。
ギロリと、静かな憎しみの目が向けられた。
「なんだ死に損ない。我に意見でもあるのか?」
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって!」
分かってる。これはカミラの本心じゃない。そう、カミラの言葉じゃないんだ。
だが。それでも怒りは沸く。
「偉そうにゴタゴタ気取った文句を並べやがって! この······中2チビコウモリ!」
「なぁっ······?!!」
チビコウモリ。
カミラのNGワードだ。
「き、貴様ああああああっ!!」
殺意が吹き出し、辺りの空気が一気に痺れる。
「こ、殺すっ! 八つ裂きにしてやるうう!!」
「イルスっ、逃げてっ」
今にも爆発しそうなカミラから目を離さずに、ローナが言う。
「貴方はもう戦えない。逃げてっ」
「だがっ──」
「早く!」
黒い影を漲らせるカミラに、ローナは自分から仕掛けに行った。
「ローナ!!」
「うっ?! お前に用なんかない!!」
「はあっ!」
ローナの魔力糸が光を纏ってカミラを襲う。
それをカミラの爪が弾く。
「もうっ!! 邪魔すんなぁ! あいつを、あのバカを殺すんだからああ!!」
興奮のせいで体裁を保てなくなったカミラが無茶苦茶な攻撃を繰り出し始める。それをローナは巧みに躱していた。
「イルスっ、早く!!」
「くっ······すまん!」
ここに俺が居ても邪魔になる。
だが、すぐに戻る。
「頼むっ! もってくれよ、ローナ!」
スクラップUFOさえあれば戦えるはずだ。
木片や石の破片で再び簡易UFOを作りあげる。
それを飛ばして、急いで森に向かう。
同時にキエラへとクリスタルで連絡を取る。
「キエラ! 聞こえるか?!」
『イルス?! 良かった! 何度も連絡したのに出ないから心配したわ!』
「すまんっ、ちょっと動けない状態だったんだ。それより、今すぐUFOを回収しに行く!お前も来てくれ!」
『無理よっ! 今、町中がアンノーンに攻撃されてるのよ?! しかも、大型の奴から小型の奴まで全種類揃ってる!』
「なんだと?!」
今この町は総攻撃を受けていたのか。
「わかった! なら俺がUFOを回収するから、お前は中央広場で待っていてくれ!」
『分かった!』
焦りから通信は乱暴なものになってしまったが、キエラはやはり俺の気持ちに応えてくれた。
上空から見てみると、町の周り全方位から黒い大群が押し寄せているのが見えた。
「くそ!」
多分、他の町や村を壊滅させた連中が集まってるのだろう。
戦況を見つつ、急いでUFOの元へと降りた。幸いな事に、辺りにアンノーンの姿はなかった。
「よし!待ってろローナ!」
本来のスクラップUFOに乗り換えて、一気にアクセルを全開にした。
お疲れ様です。次話に続きます。




