45──残酷な現実
本日3本投稿予定です。
チズアは明るい栗色のふんわりとした髪を肩辺りで整え、赤いカチューシャがチャームポイントの少女。
キラキラ輝くお星様のような瞳をパチパチと瞬かせ、全身全霊一生懸命と言ったような子供。
王道の可愛いロリだ。
「この子が······チズア?」
ベッドで上体を起こして窓の外に目を向けている少女。
それがチズアだと言う。
その横顔は、俺の記憶の中のチズアとはまるで別人だった。
「チズア、こんにちは」
ベッドの脇にある椅子にローナが座る。俺もその側に立った。
「今日は起きてるって聞いた。具合はどう?」
「··················」
窓から目を離し、ゆっくりこっちを見るチズア。
「っ?!」
俺は思わず小さな悲鳴に近い声を上げそうになってしまった。
こちらへ振り向いたチズア。
その瞳には生気が宿っていなかった。
それだけじゃない。
げっそりと痩せこけた頬、艶の失われた髪、乾いた唇、窪んだように黒い目の隈。血の気の失せた肌。
それはまるで、生命力の抜け落ちた屍のようだった。ただ動く死人。命の光が失われた人形。そんな印象を強烈に与える姿だった。
「······ローナ······さん······?」
「うん。お見舞いに来た。これ、差し入れ」
ローナは持っていた手提げ袋からパジャマを取り出して、ナイトスタンドの上に置いた。
「ここに置いておくね」
「ありがとう······」
今にも消え入りそうな掠れた声で礼を言うチズア。
これが······これがあのチズアなのか?
『お兄ちゃん! 早く起きてっ! 学校に遅刻しちゃうよっ!』
『お兄ちゃーん! お弁当忘れてるよー!』
『あっ、お帰りなさいお兄ちゃん! 今日ね、メルちゃんが遊びに来るの! あ、知ってるか。だからね、今からメロンパン作ってあげるの! 手伝って!』
「ローナさん、そちらの······人は?」
「この人はレグルス。私の知り合い」
「あ、ああ、どうも。レグルスだ。初めまして」
「初めまして······」
うつむくように頭を下げるチズア。
「チズア。今朝はご飯食べられた?」
「······いいえ。食べられなくて······」
「そう······」
「でも、昨日は少し眠れたんです。だから······空が晴れてますね······夜も、月も、星も······」
「······」
妙な事を口走るチズア。どうも様子がおかしい。心ここに在らずと言ったような。
それでも、気遣いからなのか無理に微笑んでみせている。
その笑顔も、奇妙な言動も。見ていて痛々しくなってくるものがあった。
「レグルスさん、でしたっけ?」
「ああ。なんだい?」
「私、チズアと申します。あ、今日は傘は要らないですかね······空が綺麗ですもの」
「?? あ、ああ。そうだな」
あまりにも弱々しいチズアに、俺はそれ以上の投げ掛けてやる言葉を見つけ出せずにいた。
彼女がこんなに変わり果ててしまった理由。それはもう考えるまでもなかった。
チズアは純粋で傷つきやすい子だ。そして、多分誰よりもリゲルの事を慕っていた。
辛いだろうな······。
その後、ローナとチズアで短いやり取りをいくつかしていたが──それも聞いていて哀しくなるようなものだった。
チズアの返答は妙だった。なんと言うか、まるで正常な人間の返しじゃないのだ。
まるで夢の中で空返事しているような、何か見えない物を追っているような、そんな感じだ。
やたらに空を気にしてるようだが······。
何分かして。
「そろそろ帰るね」
と言ってローナが立ち上がった。
もう帰るみたいだ。
そうして歩きかけたローナが、ふとテーブルの上の水差しを見て気づく。
「あ、水が。取り替えてくる」
空になりかけていた水差し瓶を持って出ていくローナ。部屋には俺とチズアの二人だけが取り残された。
「······」
「··················」
チズアはボーッと空を見ていた。
何かかけてやれる言葉はないだろうか。
「あー。チズア?」
「············?」
ゆっくり首だけ動かして俺を見るチズア。
「もしかして、空の事ばかり気にしてるのは──お兄さんの事を想って?」
「······兄?」
我ながらどうかしてる。
もっと違う話の振り方があったろう。
「その······大変だったな。お兄さんの事」
「············?」
チズアの反応がおかしい。特に精神を揺さぶられてるような感じもしない。
ただ単純に不思議そうな目で俺を見ている。
「兄······? 私には······兄など居ません」
「え?」
「兄······兄さん······? 空······姉······」
虚ろな目で虚空を見つめ、ブツブツと呟くチズア。
もうこれ以上は見ていられない。
いくらなんでも残酷すぎる。こんな、こんな······。
──ガチャ──
「水、入れてきた。お待たせ」
ローナが戻り、水差しを置く。
そのまま俺達は部屋を後にして、工房でジェイムスとアニータの夫婦に挨拶して帰る事にした。
「お邪魔しました。また来ます」
「いつもありがとうね、ローナちゃん」
「レグルス君だったね。君もありがとう。あの子は······チズアは変な事を言わなかったかい?」
「いえ······」
「そうか。今のあの子には人との触れ合いが一番なんだ。だから、もし良かったらまた来てやってくれ············きっと、娘も喜ぶ」
「はい」
申し訳なさそうに、そしてやはり悲しそうに礼を言って頭を下げている両親の姿は、見ていてやるせなくなった。
くそ。なんだかモヤモヤして息苦しくなってきた。
リゲルの家を出ると、ローナが町とは違う方へと歩き出した。
「? 町はこっちの道だぞ」
「うん。でも、もう一つ行きたい所があるから······イルスも来る?」
俺の事を真っ直ぐ見て、俺の名前を呼んでローナが言った。
「リゲルのお墓参り」
「······え」
お疲れ様です。次話に続きます。




