31──交渉決裂
ペールに振り向くと、そこには邪悪に染まってケタケタ笑う醜悪な姿があった。
当然、その姿に俺の記憶を重ねる事は出来ない。ペールはこんな奴じゃない。
「アッハハハハハッ!! ざまー見ろっス! いつもいつもでかい面して偉そうにしてるからっスよ」
そう言って眼鏡を指で上げるペール。
「さて。邪魔な陽キャが居なくなったところで。改めてお久しぶりっスねイルス」
「······んな挨拶なんかどうでもいい。俺の質問に答えろ」
「おっ? 随分な態度じゃないスか。イルス、何時からそんな偉くなったんスか~?」
「お前、本当にペールか?」
「はぁ?」
キョトンと目を丸くするペール。
悪い事に······。
その表情は間違いなく、俺も知るペールの物そのものだった。
「嫌っスねえ。もうボケたんすか?」
また嘲笑を浮かべてからペールが肩をすくめた。
「どっからどう見ても、清楚な乙女ペールちゃんじゃないっスか」
「············」
『ウチは陽キャみたいな節操無しとは違うっス! 清楚な乙女なんスっ!』
ペールのルートイベントにあったセリフ。それを思い出した。
やっぱり。
信じたくないが、このペールも本人なんだろう。
「ペール」
「ん? なんスか?」
「なぜカーリー達を攻撃した? なんの為に?」
「ホント一々分かりきった事ばっかり聞くっスね。そんなの決まってるじゃないスか」
赤い目が小さく瞬く。
「邪魔だからっスよ」
「なに?」
「だーからー、邪魔だったからっスよ」
ペールは笑いもせずに言った。
「あんな防御壁作ったり、ウチの“クオリア”を皆殺しにしたり。ウザいじゃないスか」
「クオリア?」
「ああ、あれっスよ。お宅らが“アンノーン”って呼んでる奴っス」
「······あいつらはお前の手下だったのか?」
「いや。ウチが預かっていた分ってだけで、別にウチの手下って訳じゃないっスよ。クオリアはあの人から貸してもらっただけだし」
あの人?
「ああ、そう言えばシュユの分はウチが引き継いだから、シュユの分も含まれてたっスね」
「シュユの分? どういう事だ」
「そのまんまの意味っスよ。シュユがハッピータウンを壊滅させた後に在留していたクオリアをウチが引き継いだんスよ。何故かシュユは死んだみたいだし。ウチもついさっきピースタウンを滅ぼしてきたところっスよ」
「なんだって?!」
ペールの口から次々に出てくる新たなワードや話。こんな時なのに、聞かずにはいられなかった。
「ペール、どういう意味だ?! お前も、シュユも、一体何があったんだ? なんでお前らがそんな事をするんだ?!」
「さっきから質問ばっかりスねえ~。少しは世間話を楽しもうとか思わないんスか? まじコミ症っスね」
また歪に笑むペール。
「ウチもシュユも、野望があった。でもその野望を達成するには力不足だった。だから、この『崩壊の力』をもらって、おまけにクオリアまで貸してもらったんじゃないスか」
「野望だと? お前の野望は陽キャ主導の世の中を変える事だろ?! 町を滅ぼしたり、誰かを傷つけたりするのは違うだろ!!」
「いやあ、言う事聞かなきゃ、そりゃあ殺すっスよ。ハッピータウンだって反抗的だったからシュユに滅ぼされた訳だし」
当たり前だろ? とでも言うかのようなペールの表情に、俺は言葉を失うしかなかった。
だが、それでもこの胸の奥から込み上げてくる物はなんだ?
苦しくて、焼け焦がれてしまいそうな、眩暈をしそうなこの感覚は?
怒りとも違う。ただの悲しみでもない。
そういう明確な感情に分類できない、そんな気持ちだ。
「ペール。こんな事は今すぐ止めろ。もう手遅れかもしれないが······それでも、これ以上の罪を重ねる事はない。止めるんだ」
「へ? ············ハッ······アッハハハハハッ!!な、なんすかソレ?! お、おっかしー! アハハハハハッ! イ、イルスが、まるでリゲルみたいなセリフ吐いてるっス!」
腹を抱えて大笑いするペール。
「くくくくっ、流石はイルスっスね。ギャグセンス高いっスよ。ここでリゲルの真似事をするなんて。イカしてるっスよ」
「どういう意味だ!」
「イルス、忘れたんすか? イルスだってあの人に願いを叶えてもらったんじゃないっスか」
「俺が? 願いを?」
「そうっス」
ペールが眼鏡を光らせる。
「邪魔だったリゲルを殺せたんじゃないっスか」
「!!?」
以前、キエラから聞いた話。
イルスが吐き捨てるように『俺が殺したんだ!』と言ったという話。
「······デタラメだ。俺は·······俺はリゲルを殺してなんかいない」
「えー? そうなんスか? まあ、確かにウチもそこに居合わせた訳じゃないっスけどね。でも、あの人からはイルスの願いを叶えてやったって聞いたんスけどねえ~」
どうでもいいように、軽く流すペール。
「まあ、リゲルはウチにとっても邪魔だったんで別にいいっスけどね。そんな事より──」
ペールがスッと手を伸ばしてきた。
「イルス。ウチと手を組まないスか?」
「なに?」
悪戯っ子のように、少し根暗な感じの笑顔。それが、ペールの個性でもあった。
だが、その表情の中に浮かぶのは、見知らぬ狂気を孕んだ赤い瞳だった。
「ウチ、前々から思ってたんスよね。イルスは正直言ってパリピだし、陽キャは陽キャっスけど、純粋な陽キャとも違う。なんて言うんスかねえ。あ、そうそう、アウトローって感じがするんスよ。ウチはそういうとこ嫌いじゃないっス。それに、ウチにとっての大敵であるリゲルを殺した功労者なんスから、そこは好感度アップっスよ。だから──」
コロンっと首を小さく傾けて、笑いかけるペール。
「ウチの手下になって下さいよ。そしたら、イルスファミリーだけは特別待遇してあげてもいいっスよ?」
「············」
今の俺は悪役だ。
それも、皆からの嫌われ者。
ましてや、この狂った世界においては皆に憎まれた仇と言ってもいい。
そんな俺がユートピアタウンの連中や、カーリーたち正義の味方を庇う理由なんて無いのかもしれない。
俺にはキエラやダスト達みたいに守る義理のある連中が大勢居る。
あいつらの生活を保証するためなら、ペールみたいな強力な人間と手を組むのが一番なのかもしれない。
「·····················」
「さあ。イルス。ウチと一緒に世界をひっくり返そうっス。世間に馴染めない同士、力を合わせるっスよ」
「············悪いな、ペール。お断りだ」
「え?」
驚くペール。眼鏡の奥で目が丸くなった。
「俺はパスするわ。お前のやり方にはついていけそうにないからな」
「············そうっスか」
差し出された手がゆっくり下りた。
「ま、仕方ないっスね。所詮は頭の中身が空っぽなパリピには無駄話だったようっスね」
真っ直ぐこちらを見るペール。もう笑っていなかった。
「んで? ウチは今からこの町の奴らを支配するつもりなんスけど? 消えるならさっさと消えるっス」
「それは俺のセリフだ。さっさと帰れ」
「なるほど」
その形相が別人のように変わった。
そして、シュユの時と同じく、凄まじい殺気がヒリヒリと伝わってきた。
「なら死んでもらうっス」
お疲れ様です。次話に続きます。




