1──静寂
イルスはライバルではあるんだが、何というか存在そのものがかませ犬な男だ。主人公やその仲間のヒロインに何時も成敗されていた。
パラファンの主人公はいわゆる天才優等生とでも言うのか、強くて優しくて誰からも頼りにされ、好かれる人気者だ。
対して、イルスはチャラチャラしたヤンキーな見た目で、乱暴で粗暴。他人が楽しく何かしてるのを見ると、それを邪魔したくなるという小学校低学年男子みたいな思考回路をしており、みんなからの嫌われ者だ。
口癖は登場時の『ギャハハハハッピーバースデー!』と、負けた去り際の捨て台詞『次がテメエの最期だあー!!』だ。
思い返せば、奴は本当にかませ犬だった。そう、こんな風に──
『ギャーッハハハッピバースデー! イルス様の登場だぜー!』
『イルス! また悪さしに来たのか!』
『ヒャーッ! 今日も妖精をいじめてやるぜー!』
『そうはさせないぞ! 食らえ! スターシューティング!』
『ギョエエー! ちくしょう! 覚えてやがれえー! 次がテメーの最期だあー!』
『ギャハッピーバースデッ! お・れ・さ・まの登場よ~!』
『あんた、また来たの? いい加減にしなさいよね!』
『イルス! もう悪い事は止めなさい!』
『そうだよ、仲良くしようよっ』
『うるせー! 仲良くしたいんならそのお菓子をぜーんぶ俺に寄越せ~! あと、パンツ見せろ~!』
『ヒートアッパー!』
『アイシックルナックル!』
『ガスタパーンチっ!』
『ギョギョエエエ~! クソが~! この女ども~! いつか俺のハーレム要員にしてやるからな~!!』
『ギャーッハハハッピバースデー! よお~、クソガキども~!』
『わあっ?! イルスだー!』
『また悪さしに来たんだー!』
『逃げろー!』
『ヒャーッヒャヒャー! 逃がさねえぜガキども~! まずテメエらからいじめてやるぜえ?』
『止めろイルス! スターシューティング!』
『グケエ~?! このウンコ野郎が~! 次がてめえの最期だ~! 覚えてやがれ~!』
う~ん。
やべえ程に小物臭。
まあ、本当に主人公を持ち上げるためだけに生まれてきた哀れな男だ。
俺も、ハメ技でボコして舐めプしてシバいては中指を立てて健闘を讃えてやったものだ。
「そんな野郎に俺はなっちまったのかー!?」
冷静に状況を整理したところで、どうしようもない絶望が俺を襲った。
「いや待てっ! 待てよ! 普通に考えてそんな馬鹿な事あるか?! いや、無い! クールになれ!」
普通に考えりゃあ、ゲームの中のキャラになってるなんて頭のイカれた奴の妄想か夢だ。
そう、つまりこれは現実じゃない。
だが······。
「うーむ······」
この鮮明な光景。薄汚れた廃墟の中みたいな採光、色合い。静かな無動すら色彩になって視覚に訴えるかのような感覚。
音。シンっと、不安な気持ちになる静けさの外から、風の音や鳥の声がする。
湿気った臭い、皮ジャンの質感に重いシルバーアクセサリー、擦ってみると意外に綺麗な自分の手。
どれもこれもが、とても幻想の産物とは思えない。
「とにかく、調べてみるか······」
じっとしてるのは落ち着かない。俺は周囲を探索する事にし、歩きながらあれこれ思考を巡らせた。
これは現実なのか?
ここは本当にパラファンの世界なのか?
なぜ俺がイルスに?
俺が元居た世界はどうなってるんだ?
ここへ来る前の俺は何してたっけ?
「············駄目だ。何一つわかんねえ」
何も分からん。かと言って一人で考え込んでもラチがあかない。結果、このイルスのアジトを探るしか出来る事はない。
「ふーむ······」
改めて見ると、確かにここはイルスの隠れ家だ。
ゲーム内で何度か出てきた事のある場所だ。建造途中で廃墟された洋館か何かのような廃墟で、そこを趣味の悪いガラクタなどで装飾したアジト。
「おっ、これは確かバレンタインイベントで出てきた『チョコトロール』のパーツじゃねえか。壊された後もとっておいたんか。あ、トレーニングマシーン。負荷は······5キロ? そりゃ、ヒョロガリヤンキーのままだわイルスよ」
こんな非常時とも言える状況なのに、段々と楽しくなってきている自分がいる。
あの時はただの背景でしかなかった安っぽくて画素数の低かったグラフィックが、今や高クオリティグラフィック、つまり実際の光景で存在しているのだ。ゲームが現実に実体化したかのような感動が、徐々に芽生えてくる。
探検心が止まらない。
「おー! このドア開けられなかったのに、開くぞ! そうか、中は物置だったんだな。しかし、ガラクタばったかだなあ」
ゲームの時は行けなかった細部まで入れる。まるで、MODを使ったり、デバックルームに入ってるみたいで楽しい。
「············待てよ?」
どうもさっきから違和感が······。何かが足りない。
「············」
薄暗い廊下。埃っぽい部屋。そこら辺りにポイ捨てされてる空の缶詰めや缶ジュースのゴミ。脱ぎっぱなしの靴や服。
それらがひっそりと動きもなく、佇んでいる。
「······ここって、こんな静かな所だったのか?」
そう。
静か過ぎるのだ。
お疲れ様です。次話に続きます。