11──陰鬱な記憶
──サァー······──
『ふ~んふ~ん、ふんふ~ん······らら~ら~らんらんら~······』
ぐっ! 堪えろ俺の理性! いくら推しの生シャワーがこの薄戸一枚の向こうで展開されているとは言え、これはゲームじゃないっ!
キエラという1人の女の子の尊厳があるんだ!
これがゲームだったら即効で扉を開けるコマンドを押していただろう。だが! 今そんな事したらただの犯罪者だ。紳士道に反する。
俺は探してきたこのキエラのパジャマを置いてクールに去ればいいんだ。
「キエラ。服、ここに置いておくぞ」
『?! う、うん。居たんだね、イルス······』
「ああ。すぐ消えるから安心してくれ」
さて、パジャマをと。
············。
このまま何もしないのは紳士としてエチケット違反だな。
パジャマに顔を埋めて鼻で思いっきり深呼吸してみる。特にこれと言ったカホリはしなかった。普通に繊維の匂いだけだった。
キエラがシャワーを浴びて風呂に入ってる間に、俺はアジトの中を調べて食い物の類いを確認した。
「冷蔵庫あんのかよ······」
ガバガバな世界観のおかげでシャワーや冷蔵庫などの一部の家電製品や文明の力が存在していて、生活に不便はなさそうだ。動力は魔法のようだが。
冷えたジュースを出してグラスを用意していたところでキエラが戻ってきた。
「お待たせ、イルス」
「おう。サッパリしたか?」
「うんっ。すごく気持ちいい」
晴れやかな笑顔で答えるキエラ。やっと笑ってくれた。俺の知る笑顔とはまた違うけど、やっぱり推しの笑顔ほど可愛い物は無い。
ただ、身体中の汚れが落ちたのは良いが、余計に傷痕が目立つのはやるせない。
「ほら、風呂上がりに一杯どうだ?」
「ありがとうっ。飲みたいなーって思ってたの」
「リンゴとオレンジ、サイダーのどれがいい?」
「リンゴとオレンジのミックスをサイダーで割ったやつ!」
やっと元気の出てきたキエラに特性ミックスハイボールを渡す。
キエラはチョビチョビとミックスジュースを飲んでいた。
「美味いか?」
「うん。ありがとうイルス。本当に生き返ったって感じよ」
確かに顔色も良くなった。風呂上がりだから、しっとりと上気した頬も色っぽいし、水の滴が首筋に垂れているのもエロい。
「······イイ」
「え?」
「あ。いや、良い具合に冷えてて美味いだろそのジュース」
「うん」
おっと、あんまし見つめるのも不躾だ。俺もジュース飲んでお茶を濁そう。
「ふう。ジュースも現実と変わらず美味いな。いや、幾分か濃厚なくらいだ」
「? なんの話してるのイルス」
「あ、いや何でもない·········それより······」
これでだいぶ落ち着いたから良いだろう。
「キエラ。さっきの話の続きなんだが······」
「あ、そうね······」
キエラも思い出したようにグラスを置いた。せっかくの笑顔が消えてしまった。
「イルス、あんた記憶喪失なのよね?」
「あ、ああ。まあな。全部忘れたって訳じゃなくてな。ここ最近の事だけスポーンっと抜けちまったらしい」
「そっか······それなら······リゲルの事も?」
「リゲル?」
『リゲル死亡』
「······」
あの新聞には確かリゲル死亡と書かれていたな。
「新聞に死んだって書いてあったのは見たが······」
「そう······でも、覚えてはいないのね?」
「何を?」
「だから······えっと······リゲルが死んじゃった時の事」
「······? ああ」
どういう意味だ?
リゲルが死んだ時、俺もその場に居合わせていたのか?
「あのよ、リゲルは何で死んだんだ? そう簡単に死ぬような奴じゃなかったと思うんだが」
「······あたしもその場に居合わせた訳じゃないから、本当のところはよく分かんない。でも、みんなが············」
何故かそこで言葉を途切れさせるキエラ。
「みんなが?」
「······みんなが言ってるの。あんたが······『イルスがリゲルを殺したんだ』って······」
「は?」
俺が? いや、イルスが?
「あたしにも分からない。でも、あの日あんたは戻ってきた時、血塗れで、それで凄い顔してたし······それで、あたし、心配になったから声掛けたんだけど、何も話してくれなくて······それで、酒を飲むようになって、暴れて、ダスト達もみんな怪我して、あたしも殴られてっ······」
「キ、キエラ?」
胸元を押さえて呼吸を荒げるキエラ。その瞳が細かく動揺している。
思わず傍に寄って抱きしめた。
「大丈夫だ。大丈夫だから。今はそんな事にならないから。だから大丈夫。何も怖くないから」
「·········っ。ふぅ······。ごめん、もう大丈夫」
キエラの体の震えが止まった。
「ごめんね、ちょっと思い出しちゃって······」
「いや。仕方ないさ」
だが······。
やはりイルスがキエラに暴力を振るっていたのは真実のようだ。
「無理はしなくていい。落ち着いて、ゆっくり話してくれ。駄目そうだったら止めていいからさ」
「うん。大丈夫······」
その後、キエラは少しづつ話してくれた。
それはショックな内容の連続だった······。
お疲れ様です。次話に続きます。




