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10──キエラ

 


「もう少しで終わるからな」

「う、うん······」


 これでよし。


 万能傷薬『オーリペア』を傷痕に塗って包帯を巻いたらオッケーだ。これで痛みも痕も完全に治るだろう。



「キツかったり痛くはないか?」

「平気······」


 伏し目がちに答えるキエラ。どうやら心の傷の方は時間をかけないと治らないようだ。



 しかし······。


 この怪我は本当に俺がやったのか?


 いやまあ、正しくは俺じゃなくてイルスなんだけど······でも、イルスだって女の子にここまでの暴力は振るわないはずだ。ましてやキエラには。


 とても信じられない······。



 あまり気が進まないが、本人から詳しく聞くしかなさそうだ。



「あー。なあ、キエラ」

「な、なに?」

「その······こんな事聞くのは変だとは思うんだが、この傷、さ。本当に······俺が?」

「·········」


 俺の事をまじまじと見つめるキエラ。


「本当に何も覚えてないの? イルス?」

「あ、ああ。いや、自分の事とかお前の事は覚えてるんだが、なんつうか、ここ最近の事が思い出せないっていうか~、ははは······」





 キエラには、俺は軽い記憶喪失だという形で接している。他に誤魔化しようがないからな。

 まさか正直に『ここはゲームの世界で、俺の正体は山田太郎! んでもってこのイルスの体に乗り移っちまった! でも、なんだかプレイ時と色々違うぞ!』なんて言えないしな。



 いや。そんな事より。



 とにかく、このキエラの怪我は俺のせいなんだ。正しくはイルスのせいだが、今の俺はイルスなんだから俺のせいだ。


 少し暴論かもしれんが、そんな細かい事考えるよりやらなきゃいけない事がある。



「その。キエラ」

「なに?」

「えっと······あー、あの。あれだ。俺、本当に記憶がかなりぶっ飛んでるんだけど、お前のこの怪我は俺のせいなんだよな?」

「う、うん······」

「ごめんっ!」

「えっ?」



 くそ、クールに決めようと思ったのに、いざとなると良いセリフが浮かばねえ。

 もう土下座して素直に謝るしかねえ!


「本当にごめん! キエラ!」


 床に額を擦りつける。


「お前にそんな事するなんて俺どうかしてた! 覚えてない、じゃ済まされない事だ! 本当ごめん!」

「えっ? あ、あの······」

「謝ればいいって訳じゃないのも分かってる! でも、謝らせてくれ!」



 俺がやった訳じゃないのに、なんでこんなに必死になってんだろう? 俺。


 多分、好きだったキャラの痛々しい姿に感情が揺らされているんだろう。



「本当にごめん! もう二度とそんな事はしないっ! それに何でもして償う!」

「············」


 キエラからの返事はしばらく無かったが、少しして、おずおずとした手が俺の肩に乗った。


「いいの、イルス。その······謝ってくれれば。それに······あんたも大変だったもんね······」

「え? 大変? 俺が?」


 思わぬ優しい言葉に嬉しく思う反面、気になる言葉が引っ掛かった。


「どういう意味だ? 俺が大変だったって」

「だって、それは······」


 ──グウゥゥ~──


「ん?」

「あっ······」


 何か寂しい音がしたな。

 キエラが恥ずかしそうに腹を押さえる。


「そ、その······ここ何日かまともに食べてなくて······」

「あ、ああ。そうか。なら、まずは飯にするか」

「うん······」




 飯。と言っても缶詰めとかビン詰めとかのような保存食をかき集めただけの飯が始まった。


「もぐもぐ······」

「あぐっ、あぐっ、んむしゃっ、あむっ、はむっ、まぐっ!」

「······」


 次から次へと貪るキエラ。全神経を目の前の食い物に傾けてるようだ。目が据わってる。


「······本当に腹減ってたんだな」

「っ! ご、ごめんなさい······」

「なんで謝るんだ?」

「だ、だって······その······これ、イルスの食べ物でしょ?」

「? 俺もその辺りはよく知らないが、ここのアジトの飯はみんなのだろう?」

「え······? う、うん······」


 何故か目を丸くするキエラ。

 今の言い方は変だったか。まるで他人事みたいな言い方だもんな。まあ、本当に他人事なんだが。



「まあ、とにかくだ。好きなだけ食えよ。あ、そうだ。他に食いたいもんとか欲しいもんとか無いか?」

「え? う、うん。特には······」


 まだ遠慮しているようだ。

 が、しかし。キエラは何かに気づいたのか、そっと襟を摘まんで鼻をつけた。それに、そわそわモジモジしている。


 んー。何となく察した。


「あー、そうだ。積もる話もあるが、何日も飯食ってないって事は、外で当てもなく放浪してたって事だろ? 風呂とか入って休めよ。俺、用意してくるからさ」

「ほ、ほんと?! い、いいの?」

「いいも何も、何時もそんな感じで我が儘言ってたろ?」

「う、うん。そう、だね」



 それにしても気弱というか、おどおどしているというか。キエラも、らしくない。


 本来ならキエラはあーだこーだと我が儘を言って回りを振り回す奴なんだが······こんな風に。




『ねー、イルス。あたし、今日はチョコレート風呂入りたい』

『ああん? んなもんベタベタするだろ。普通に水で我慢しろや』

『やだ! 入りたいの! 甘ーいチョコ食べながら、温かくなりたいのっ!』

『くっだらねえ······そんな用意すんの面倒だわ。自分でやれや~』

『つべこべ言わないでやれー!! 女の子が頼んでるんだからっ!』

『あいててててっ?! 分かった! 分かった!用意してやるっ!! やるから耳引っ張んないでっ!』




 というイルスの振り回されぶりが同情出来たんだが──今は勝手が違うようだ。



「じゃあ、ちょっと待っててな」

「うん············あ、あのっ、イルス!」


 風呂の用意に行こうとしたところでキエラに呼び止められた。


「なんだ?」

「······ありがとう」

「え? あ、ああ。どういたしまして」



 礼を言われた。キエラの『ありがとう』なんてゲーム中で3回聞いたかどうかくらいの言葉だったが。




「············やっぱり変だな。この世界」




 だけど、今のは悪い気はしないよな。


お疲れ様です。次話に続きます。

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