100──化け比べ③
化け比べが開始される。
シュユはゆっくり辺りを見た。
(ふむ。流石にパッと見で分かるほどマヌケな事はせんか)
一目見ただけでは、特にこれと言った不審な点は見つけられなかった。
(となれば······やはり人に変装しておるか)
この判断は迅速かつ正確であった。イルスは確かに他人に変装していた。
(どれ、見てやろう。いくら外見を変えても所作や癖というのはそうそう変えられん。妾のように化け比べの修羅場を潜った妖怪なら見破るのも容易い事よ)
「あ、ちょっと待ってシュユ」
歩きだしたシュユをキエラが呼び止めた。
「なんじゃ? 時間稼ぎなどという姑息な手を使う訳ではあるまいな?」
「ううん。これ、渡しておけってイルスが」
そう言ってキエラが、何本かの団子の乗った皿を差し出した。
「これでも食べながら探してだってさ」
「ふむ。心づけかえ? しかし手心は加えんぞ」
団子を受け取り、辺りを練り歩くシュユ。
辺りにはハッピータウンの中心地に住む住民などもおり、シュユを知ってる者はギョッとしてそそくさと足早にどこかへ行ってしまった。
(ふん。かえって好都合じゃ。人が減るほど妾が有利だからのう)
範囲以内に居る人間はおよそ20人ほど。シュユにとっては難しい数字ではなかった。
串を片手に、呑気に団子を食いながら人々を眺める。
(さて、話しかけるのは良いのだったな。ふむ、一人一人では時間を食うな。となれば──)
そんな風に攻略法の思案を巡らせていた時だった。
『あっ! ほんとに居た! 待ちなさい、シュユ!』
辺りに響いた声に、シュユはピンッと耳を立てて振り向いた。
聞き覚えのある声。その声に振り向くと──
「ほっとっ」
そこには軽やかに舞い降りてきた一人の人物。白い制服を着て、明るいブラウンをサラサラとなびかせた可愛らしい少女。
そう、リゲルであった。
「コンっ?!」
(な、なぜリゲルがこんな所にっ?!)
流石のシュユも動揺した。予想だにしていなかった人物の登場なのである。それも、会ったら厄介な類いの人物。
ほんの二週間ほど前。シュユはハッピータウンの蕎麦屋を占拠して暴れ、駆けつけたリゲル達によって成敗されたばかりだ。
その時の惨たる負け具合を思い出して苦い感覚が甦る。
(おのれ、こやつは本当に厄介な時に人を邪魔ばかりしおってからに!)
「シュユ、ハッピータウンの人からのお手紙で貴女が悪戯ばかりして、お団子を盗んで困ってるって聞いたよ? この間はちゃんと謝ったんだし、もう悪い事は止めよう?」
「なんじゃと?! たわけた事申すな! 妾はそんな事しとらんぞ!」
(ええいっ、小娘のくせに妾に説教とは! ほんに腹立たしい奴じゃ!)
「その手に持ってるお団子は?」
「ぬっ?!」
リゲルの視線が自分の手に注がれたシュユは慌てた。
「ち、違うっ、これは──」
弁明しようとしたところで、ふと思いとどまった。
(待て。なんで妾がそんな事で言い訳せにゃならんのじゃ? 化かして物を盗るのは普段からやっとる事じゃないか。それをとやかく言うこやつが間違っとるのじゃ)
「ええいっ!! 黙れ小娘っ! 妾がどこで何をしようと妾の勝手じゃっ!」
「駄目に決まってるでしょっ!」
シュユは舌打ちした。
(ええいっ、今はこやつに構ってる暇など──)
そこでシュユはハッとした。そして、ピシリと頭の中で閃いた。
(そうか! そういう事かっ! これはイルスの奴の罠じゃっ! こんな所にリゲルがたまたま来る訳などないっ! という事は──)
そう言えば思い当たる事がいくつかある。
キエラの能力さえあれば見た目の性別や声すら変えられる。つまり、リゲルそっくりに変装する事も出来る。
そして、あの時落とした白い服。それこそ今着ている学園の制服ではないか。
(考えたのうっ!)
思わず感心するシュユ。
リゲルに化ければ、自分が動揺して化け比べどころではなくなると考えての変装だろう。さらに、まさか化けてる側が自分から現れて話しかけてくるなど思いもよらないだろう。
つまり、今目の前に居るリゲルこそ、イルスが化けた姿なのだ。
(惜しい、惜しいのう。あとちょっとで騙されるとこだったわ)
「フフフフ。ホッホッホッ! いやぁ、惜しい、実に惜しかったのう!」
「え?」
シュユは袖を優雅になびかせて笑った。
「ホッホッホッホッ! とぼけても無駄じゃ。お主の目論見は看破したぞ」
「??? なんの話をしてるのシュユ?」
「とぼけるでない。なるほど、リゲルに化けるとは考えたものじゃのう。だが、少しやり過ぎたの。策士策に溺れるというやつじゃ」
困惑するリゲルにシュユが指を指す。
「イルス、その正体看破したり。正体を現せ」
(勝った······!)
「? よくは分からないけど、とにかく悪い事は駄目だからね? そのお団子は人から盗った物じゃないんだよね?」
「まだリゲルの真似をする気か? 往生際が悪いぞ。男なら潔くせい」
「えっ? 私、シュユにも男の子だと思われてたの?」
「まだとぼけるか!」
なかなかリゲルの真似を止めようとしないイルスにイラついたシュユが懐から札を出す。
あらゆる妖術を込めたシュユ特性の御札である。
「汚い手ばかり使いおって! 妾が少々折檻してくれよう!」
シュユが札を投げる。それは小さな狐火になってリゲルに降り注いだ。
「わっ!?」
サッと素早く避けるリゲル。
「いきなり何するの?! 危ないでしょっ!」
「やかましいわっ!」
辺りに居た通行人達は驚いて、あたふたとその場から避難していった。
「シュユ! 周りの人の迷惑になるから止めなさい! みんな怖がってるでしょ!」
(おのれ、あの忌々しい偽善ぶりまで真似しおって! 小癪な奴じゃ、イルス!)
そのリゲルの降るまいに苛立ちを抑えられないシュユは、自分でも知らずの内に熱が入った。
「ふんっ! 後悔するなよっ! 食らうがよい、『降り鶴』!」
放った札が急に角度を変え、リゲルの頭上へと舞い上がる。そして、たちまちの内に折り鶴の形へと変わり、急降下した。
「っ?! えいっ!」
迫り来る折り鶴を回し蹴りで落とすリゲル。落ちた折り鶴はただの札に戻る。
「こらっ! 止めなさい、シュユ!」
「ええいっ! 五月蝿いわ!」
(くうっ、腹立たしい! 腹立たしいわ!癇の虫が治まらんわ!)
冷静ならば、このリゲルの反撃速度で物真似にしては強いと思うはずであったが、シュユは冷静さを失っていた。それ程、普段からリゲル達に腹を据えかねていたとも言える。
「おのれ~! 若輩者のくせに、妾のような年長者を少しは敬わんか!」
「シュユだって若いでしょ!」
「お主の10倍以上上だわ!」
札以外にも、手から直接妖術を繰り出すシュユ。
「この小娘!〈妖術〉『噛みふぶき』!」
何も無い手から大量の紙吹雪を吹いて飛ばすと、それはイナゴの大群のごとくリゲルを襲い、あっという間に飲み込んだ。
「いたたっ!? いたっ、痛いっ!」
なんて事のないはずの紙吹雪は、それぞれが魚のような形になり、口に当たる部分でリゲルの腕や足、頬や首などを摘まんでいた。言うならば、噛んでいた。
「いたたたたっ! やめて~!」
たまらず飛び上がって空へと脱したリゲル。それをシュユが追撃する。
「そこじゃっ! 〈妖術〉『仕舞い鶴』!」
袖口から大量の折り鶴が吹き出し、それらは空中で膨らむように集まると、一つの巨大な鶴のような鳥の姿になった。
「!!? わあっ!?」
巨大鶴はその両翼で勢いよくリゲルを挟んだ。何千という紙が擦れあう音と、激しい風圧が辺りに冴え渡る。
「あうっ!?」
「この生意気こわっぱめ! こうじゃ! こうじゃ! こうしてくれる!」
シュユの振りかざす扇子に合わせて翼がはためき、その度にリゲルが何度も叩かれ、打たれ、挟まれる。
「うぶっ!? あぶっ!? わぶっ!?」
「ホッホッホッ! どうじゃ! 手も足も出まい!」
「うっぐぐ~! こうなったら······! 星よ!
私に力を貸してっ!」
「!?」
巨大翼に揉みくちゃにされていたリゲルの体から金色の光が滲み出す。
「うっ!?」
それが何を意味するのか知ってるシュユが慌てて札の束を出して対抗策を講じようとするが──
(!! しまった······!!)
化けの為に軽量化するため、戦闘用の札のほとんどは置いてきた事にこの時気づいた。
そして、それは手遅れであった。
「星よ輝け! スターシューティング!」
強い光が瞬き、辺りを眩く照らすと同時に、巨大鶴は細かい折り鶴に戻ってバラバラと崩れ、その中から輝く星がシュユめがけて真っ直ぐ飛んだ。
「しまっ──!?」
星の輝きいっぱい。妖怪狐に当たると、光を弾いて瞬いた。
お疲れ様です。次話に続きます。




