9──パラダイスファンタジア?
「え」
え··················。
『リゲル死亡』
「············」
見間違いでも、読み違いでもない。
その一面記事には確かに『リゲル死亡』という文字がでかでかと書いてあるのだ。
「え······死亡?」
この世界で。パラファンの世界で死亡?
確かに、死の概念くらいはある。この世界だって生き物の生き死には存在する。
だが、ゲーム作中で死んだキャラは誰も居なかった。それどころか倒した雑魚敵すら死にはせずに逃げてくだけなのだ。バトルアクション物なのにと、そこが賛否両論の要素ではあるが、とにかく平和な世界なのだ。
しかし。よりによって主人公の死だと?
──カランッ──
「!!」
あまりの衝撃に意識が止まりかけていた俺の耳に、突然の物音が届いた。
廊下だ。廊下で空きカンが転がる音がした。
「誰だ?!」
反射的に部屋を飛び出す。
リゲル死亡。主人公の死。物音──。
「くそっ!」
あまりに唐突な文面のせいで頭が混乱してやがる。だが、今は物音の発生源に集中しなければ。
廊下には誰も居なかった。
「誰か居るのか?!」
もう一度怒鳴りかけてみる。
しかし、返事はなく、俺の声だけが形にならずに残響していた。
「······気のせい、か?」
──コロコロ······──
「うん?」
足下に転がってくる空きカン。
「······」
近くにクローゼットが置かれている。
その扉が少し開きかけてる。
「······」
俺はそっと取っ手に手をかけた。
扉が開く。
「······」
「ひっ······」
やはり。中には人が居た。
女の子だ。
そう。このキャラこそ──
「お前は······キエラ、か?」
「っ······」
中には、こちらを怯えた目で見ている相棒、悪の女幹部キエラ・ビーハートが震えていた。
イルスは悪役だが、仲間も居た。
例えば、ダスト達。奴らは仲間と言うよりは手下だが、悪役には悪役の仲間達がいるのだ。
そんな中。たった一人。イルスの対等な仲間であり、同居人の悪のヒロイン兼相棒の女の子が居た。
それがキエラだ。
キエラはイルスと同じくチャラい見た目の女で、いわゆるギャルだ。
青のメッシュの入ったツインテールを活動的に揺らし、カラコンなのかは分からないけどバイオレットとブラウンのオッドアイをパチパチと感情豊かに白黒させるギャル。
薄い桃色のリップが生意気な猫口をメスガキ仕様に仕立てていたのは印象的だった。
悪役だからか服は上下とも黒。
両肩を露にして首もとの肌が眩しいオフショルダーは短く、ヘソ出しに。下はホットパンツという際どい格好は肌色多くてエロかった。
性格は我が儘で強気。すぐ怒ったりする。まあ、女板イルスと言った感じだ。
イルスはそんな彼女によく振り回されていたが、『仕方ねえな~』とか言いながら要望に応えたりしていた。
キエラは敵役なんだが、なんと攻略対象ヒロインでもあり、そのルートはなかなか面白かった。
本当はみんなと仲良くしたいというキエラと、カーリー、レン、メルの四人がゆる~い百合加減で楽しそうに遊んでいた時は俺のニマニマが止まらなかった。
素直になれないツンデレ加減が可愛くて、好きなキャラだった。推しの一人。
だが、なんと言っても。
まるでイルスの彼女を寝とってるような興奮は格別だった。
『イエ~イッ、ヤンキー君見てる~?』と一人で世迷い言を吐き散らしながら画面の前で舌をベロベロやっていたのは良い思い出だ。
いや············。
今はそんな事よりだ。
「キエラ? お前、何して──」
「ひっ!?」
俺が手を伸ばすと、途端にビクリと身を縮めて頭を手で覆った。
「ど、どうしたんだよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい······」
まるで小さな子供のように丸まって泣き出すキエラ。
同じだ。
今まで会ってきた奴らと同じだ。
このキエラも、俺の知るキエラとは大分様子が違う。
しかも、味方同士であるはずなのにこの怯えよう。尋常じゃない。
「ん?」
今気づいたが、キエラの自慢のピンクラメのネイルが欠けている。
それだけじゃない。手や肩に痣のような傷痕がいくつもある。髪だってボサボサしていると言うか、手入れが不十分なように見える。
「お前······どうしたんだ、その傷······」
「ひっ······」
思わず、その生々しい傷の残る手を取ってみると、キエラの顔が見えた。
「!!」
また初めて気づいた。頬も殴られた跡なのか紫色に腫れている。
転んだりして出来る傷には見えない。明らかに誰かに暴行された傷だ。
「これは······」
あらゆる疑問が脳裏をよぎったが、それよりも怒りが沸いた。
「誰だ。誰がこんな事しやがった?」
「えっ······」
「······大丈夫か?」
まだ怯えるキエラの頭を撫でた。
「!」
目をギュッと瞑る彼女の頭をゆっくり撫でる。まだ震えている。かなり怯えているようだ。
「大丈夫だ、キエラ。俺がついてる。怖がらなくていい。さ、傷を見せてくれ」
なるべく刺激しないように、無理はせずに撫でながら声をかける。
身体を強ばらせていたキエラだったが、徐々にその力が抜けていき、やがて薄く目を開いた。
「······イ、ル······ス?」
「おう、俺だ」
いや、本当は山田太郎だけどな。
「············」
綺麗な肌だ。だからこそ傷痕が余計に痛々しく見える。
腕や肩。それに足にだってある。全身傷だらけだ。
「······ちょっと見せてくれ」
「んっ······」
頬にも触れる。温かい人肌だ。そんな所に忌々しい痣が残っている。
一体誰がこんな事したんだ?
怒りが体の底から沸いてくる。まあ、悪役ムーヴでカーリー達を倒した俺に怒る資格があるかは微妙だが、これは許せん。
キエラの肩を掴む。
「キエラ、誰だ? 誰がお前にこんな事しやがった?」
「え?」
「教えてくれ。誰がお前をこんなに傷つけたんだ? それに、なんでダスト達が居ないんだ?」
「············」
ここに来てから意志疎通が出来そうな相手は居なかった。
でも、キエラならこのアジトの事情や町の事も話してくれるかもしれない。
思わず、彼女にすがってしまっている自分が居た。
キエラは目をまん丸にして、驚いた顔をしている。瞬きさえせずに俺の顔を凝視していた。
「あんた·········覚えてないの? 何も?」
「······あ、ああ。ちょっと頭打ってな。ははは。うぐっ、記憶喪失かもしれん!」
苦しい言い訳だが仕方ない。
とにかく、キエラから話を聞かなくては。
「なあ、キエラ。その怪我はどうしたんだ?
誰にやられたんだ?」
「············」
キエラがスッと指を差した。
その指先はイルスに向いていた。
「··················え?」
「イルス······あんた······」
キエラが困惑の目を揺らした。
「本当にあんたイルスなの?」
「············」
こうして。
何かが狂っているパラダイスファンタジアが始まった。
お疲れ様です。
ここまでが序章と言うか、プロローグ的な位置となっておりまして、次話から物語が少しづつ動いていく事になります。
ここまで読んで、『続きが気にならなくもない』と思ってもらえたら、ブックマークをぜひお願いいたします。今後の投稿の大変な励みになりますゆえ。
長々と失礼しました。




