4 酒呑童子
二日が経ったその日、里の入り口の川で洗濯をしていた笑美が、五人ほどの男を引き連れて家に帰ってきた。男たちは山伏の装束に身を固めており、旅の途中でたまたま里の近くを通りかかったので一夜の宿を貸して欲しい、という話だった。
サスケは不審に思ったが、ヨイチは都の情報が得られるかもしれないと宿を貸すことを了承した。
夜になり、ささやかな宴を催すことになった。リョウマが夕餉の支度をし、下の弟たちと笑美が給仕をする。ヨイチはその夜は上機嫌で、家で作った酒を山伏たちに気前よく振舞った。
山伏たちは終始笑顔だったが、サスケは彼らが時折見せる鋭い目つきが気になっていた。
「あなた様が世に名高い酒呑童子様ですね」山伏の一人がヨイチに向かって言う。ヨイチは違いますと言って「私はキドの里のヨイチです」と名乗った。
山伏は今度はサスケに向き直って「ではあなたが酒呑童子様でしょうか。あるいは茨木童子様ですか?」
どうやら山伏たちはヨイチやサスケを誰かと勘違いしている様子だった。サスケは「違います、私はキドのサスケです」と答えた。
山伏たちは不審そうな顔をしたが、またすぐに元の笑顔に戻って都の流行りや貴族の噂話を続けた。
一人の山伏が、ヨイチの後ろの床の間に立てかけてある大刀を指して言う。
「見事な刀ですね。拝見してもよろしいですか?」
ヨイチは二つ返事をして酔いの回った足取りで刀を取り上げると自慢げに山伏に渡した。山伏は刀を受け取ると大げさに感心しながら刀を褒める。
それを見計らって、別の山伏が「これは今都で大流行の酒です」と言って荷物の中からひょうたんを取り出し、盃に注ぎヨイチに勧めた。その時、その山伏の目がするどく光り、他の山伏たち全員にさっと緊張が走るのをサスケは見逃さなかった。
「兄者、飲み過ぎです。明日に障ります」サスケはヨイチを制しようとしたが、ヨイチはあっという間にその都で流行っているという酒を一気に飲み干してしまった。
山伏たちの緊張が一段と高まる、部屋の空気が張り詰めた。全員の笑顔が消えて固唾を飲んで、敵意のこもった目でヨイチを睨みつけている。酒を飲み干したヨイチの顔が見る見るうちに紫色に変わり、白目を剥いて口角から泡を吹いた。手から盃が落ちて音を立てた。
「兄者!」
サスケは異変を感じてヨイチに呼びかけたが返事はなかった。山伏たちが立ち上がって一斉に刀を抜いた。
「妖怪め、この源頼光が成敗してくれる!」
山伏の一人がそう叫び、ヨイチの首に刀を振り下ろした。骨が断ち切られる鈍い音がしてヨイチの首は胴を離れ、血を吹き出しながらごろごろと床に転がった。
「あにじゃぁ!」サスケが悲鳴をあげた。
三人の弟は腰を抜かして這いながら逃げまどう、そこに山伏たちが次々に斬りかかる。
一人の山伏がサスケに斬りかかってきた。サスケはその太刀をかわすと、山伏の腹を思いきり蹴り飛ばした。山伏は小石のように壁際まで転がる。
部屋を見渡すと、三人の弟たちは無抵抗に串刺しにされて息絶えていた。山伏たちは一人残ったサスケを取り囲み、油断なく刀を構える。
―――どうして、どうして俺たちがこんな目に
サスケは怒りで我を忘れて、大声で泣きわめいた。
サスケを囲む山伏たちの輪から少し離れて、笑美の姿が見えた。手を口に当て、呆然と立ち尽くしてサスケを見つめている。
サスケは、中央で刀を構える源頼光と名乗った山伏に向かって猛然と突進した。頼光は自分の倍近い体格の化け物が迫ってくるのを見て、背中を向けて逃げ出した。サスケは頼光の手前で体をしならせて床を蹴ると、這いつくばる頼光の頭の上を軽々と飛び超える。
時間が遅くなる。
サスケの視界の端に笑美の姿が見えた。相変わらず強く抱けば折れてしまいそうなくらい華奢な体をサスケのほうに向けて、口を固く結んで何かを訴えるような目で立ち尽くしている。美しい顔だった。
「どうか幸せに」
サスケは空中で、ほとんど聞き取れない小声で呟く。
サスケは山伏の殺陣の外側に着地すると間髪を入れず一歩で土間を飛び越え家の外に転がり出る。
そして後ろを振り向かず、飛ぶように夜の闇に走り去った。