沈黙の歌姫2
オーズ様の突然の婚約破棄宣言に会場内がざわついた。
「……確かにミューティア嬢は聖女という立場を笠に着た無礼な振る舞いが多い。将来の王妃となるというのにそれに相応しい礼節を身につけようとする様子もない」
──いえ、身につけようとは思っているんですが勉強する時間がないんです。
「そういえばミューティア嬢が礼拝堂で居眠りをしているところを見たという話もあるぞ。やる気が無いんじゃないのか?」
──それは日頃の過労と睡眠不足が重なった結果でつい……。
「以前礼拝堂でミューティア嬢の歌を聞いた事があるが、声が擦れてて酷いものだった」
──あれだけ喉を酷使すれば声ぐらい擦れます。
「最近ミューティア嬢の歌を聞いても全然癒されないんだ」
──癒しの歌の効果は私の体調に左右されますので……。
オーズ様の宣言を皮きりにパーティーの参列者たちは思い出したように寄ってたかって私を糾弾する。
私が反論できないのをいい事に彼らはますますヒートアップしていった。
「女神様は人選を誤られたのでは?」
やがてひとりの紳士が発した言葉に参列者たちはそれを肯定するように皆うんうんと頷いた。
「静かに」
参列者たちが粗方意見を出し終えるとオーズ殿下は両手を上げて皆を静まらせた後でゆっくりと口を開いた。
「これでこの女が何かの間違いで聖女の座に就いたという事がはっきりしたな。私は本来聖女となるはずだったのはこのルリカだったのではないかと考えている。お前たちもそう思わないか?」
「確かに、ルリカ嬢の歌声はまさに女神の歌声と呼ぶに相応しいものだ」
「すると本当に取り違えがあったのか?」
「よって私は新たにこのルリカを我が婚約者に迎えようと思う。異議がある者はいるか?」
「いえ、まったくその通りだと思います」
「異議なし!」
「オーズ殿下、ルリカ嬢、ご婚約おめでとうございます!」
最早ルリカこそが真の聖女だと誰もが信じて疑わず、二人の婚約に反対をする者は誰ひとりとしていなかった。
このパーティーに同席しているオーズ殿下の父である現聖王陛下ですらも「うむ」と頷き賛同の意を表している。
会場内に盛大な拍手の音が響き渡ると同時に偽聖女の烙印を押された私への容赦ない罵倒が投げかけられる。
「偽聖女め、よくも今まで私たちを騙してくれたな!」
「さっさとここから出て行け!」
参列者たちは口々に私にこの会場からの退出を要求する。
そもそも私は女神の神託を受けたという司祭様に言われて訳も分からぬまま聖女にさせられてしまっただけで彼らを騙していたつもりなど全くない。
今までただ少しでもこの国を良くしようと身を粉にして努めてきた結果がこれなのか。
あまりの仕打ちに頭の中が真っ白になりただ呆然とするばかり。
「失礼、少々宜しいでしょうか」
その時私の前に一人の青年が歩み出て言った。
「オーズ殿下、私は部外者ですが口を挟ませて貰っても宜しいか?」
「これはリウム陛下、折角の祝いの席でお見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」
「いえそれはよろしいのですが、もし差し支えなければ彼女の身柄を我がエルウィンにお預け頂けないだろうか?」
「ミューティアをですか?」
突然の要望にオーズ殿下は一瞬面を食らった表情を見せるが、即座に気を取り直して問い返す。
「最早我々にはこの女に用はありませんのでそれは構いませんがどうなさるおつもりです?」
「ご存じの通り我がエルウィンは度重なる魔物との戦いで多くの者が傷ついています。偽物とはいえ彼女の癒しの歌はそれなりの効果があると判断できます。是非とも我が国で活用させて頂きたいのです」
「そういう事でしたら異存は御座いません。この女がどれだけ役に立つかは分かりませんが煮るなり焼くなりどうぞご自由になさって下さい」
「ご配慮感謝いたします。それではまだパーティーの途中ですが私はこれから急ぎ本国へ戻らなければなりませんのでこれにて失礼いたします。本日はとても有意義な時間を楽しませて頂きました」
リウム陛下は会場の皆皆に深々と頭を下げた後、私の手を取って帰り用の転移の魔方陣へ足を進める。
「ははは、偽聖女も処分できたしエルウィンにも恩を売れた。まさに一石二鳥というものだ」
転移魔法が発動して自分の周囲が光に包まれたその刹那、オーズ殿下の嘲笑う声が聞こえた。
◇◇◇◇
気が付くと王宮の中庭にいた。
私の手はまだリウム陛下に握られたままだ。
門の外に目を向けるとエルウィン王家の紋章が描かれた豪華な馬車が停まっている。
「さあ乗ってくれ」
「……」
拒否権などあるはずもなく私はリウム殿下に手を引かれるまま客車に乗り込んだ。
忽ち御者が馬車を動かす。
私はこの後どうなるんだろうか。
この国では聖女となってしまったばかりにまるで牛馬のように働かされてきた。
エルウィンでもきっと同じ事をさせられるのだろう。
脳裏に浮かぶ地獄のような未来に心が沈んでいくばかり。
全てに絶望し、無言のまま俯く私は傍からはまるで荷馬車に乗せられて市場に売られていく子牛のように見えるだろう。
「そうだ、これを食べるといい」
ふとリウム陛下が懐から小指の先程の大きさの丸い何かを取り出して言った。
「これは異世界パーティー会場のスタッフから譲って頂いたのど飴という食べ物でね。その名の通り喉に良い成分が含まれているそうだ」
リウム陛下が微笑みながら差し出すそれを私は恐る恐る受け取る。
私たちの国では見た事もない食べ物だ。
まさか毒なんて入っていないだろうが、ここで食べるのを拒否してリウム陛下の機嫌を損ねるような事があればどんな酷い目にあわされるか分からない。
観念しええいままよと口の中にそれを放り込むと途端に口中に甘味が広がってきた。
──美味しい。
舌の上で徐々にのど飴が溶けていく時間の流れが恨めしいと感じる程の至福の時間だ。
「どうだ? 口に合えば良いのだが」
「甘くて美味しいです……あっ!?」
私は微かに発せられた自分の声を聞いて思わず絶句する程驚いた。
「信じられない……朝から全然声が出なかったのに……異世界には不思議なお薬があるんですね」
「いや、これは薬ではなくお菓子の一種なんだが……。まあそんな事はどうでもいいか。効果があった様で何よりだ」
その物言いからリウム陛下は私が声を出せない事に気付いていたのは間違いないだろう。
それなのにどうして会場内で私をフォローをしてくれなかったのかと、図々しくも恨めしく感じてしまう自分に気付いて自責の念にかられる。
そんな私の心の内を察してかリウム殿下は落ちついた声で言った。
「あなたの美しい声をこんな腐った国の連中に聞かせるのは勿体ないと思ってね」
「え? 私の声ですか……? 美しいだなんてそんな……いえそうじゃなくて、どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
私の問い掛けに対してリウム陛下はふっと目を細め、まるで懐かしむように暖かい口調で語り始めた。