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スタッフの日常


「デイジー・スムージー! 本日を持って貴様との婚約を破棄させて貰う!」


 王家主催の新年の祝賀パーティーの最中、祝いの席に相応しくない鋭い声が会場内に響き渡った。

 参列者たちは皆突然の騒動に驚いて歓談を止めその声の主に視線を向ける。

 声の主は王太子であるロックス殿下だ。


 そしてそのロックス殿下に寄り添うように立っている女性に目が留まる。

 彼女は確かデイジーの妹のペニーといったか。


 ペニーは一瞬ニヤリと勝ち誇った表情で実の姉(デイジー)を一瞥したのが見えたが隣に立つロックス殿下はその事には全く気が付いていない様子だ。


 誰がどう見ても明らかに修羅場である。

 こうしてはいられない。


「サツキ、お願いね」


「分かりました」


 パーティー会場の支配人である私レイナは空気を読んで会場内に流れているクラシック音楽を止めるようスタッフに指示を出す。


 会場内が静まり返ったところでロックスは意気揚々と口上を述べた。


「デイジー、今更貴様に婚約破棄の理由を説明するまでもないだろうが丁度諸侯も集まっている事だ。皆にも貴様が犯した悪事の数々を聞いて貰う事にしよう」


「何の事だかまるで身に覚えがありませんけどどうぞ仰って下さいロックス様」


 デイジーは僅かに困惑しつつも毅然とした態度でロックス殿下の言葉を待つ。

 ロックス殿下は恐らくデイジーが激しく動揺し見苦しい言い訳を並べる姿を想像していたのであろうが、意に反して彼女がまるで動じない姿を目の当たりにしてロックス殿下は激しく怒りを露わにし、デイジーに向けて指を突き付けながら声を荒げる。


「しらばっくれるな! 貴様が自分の屋敷の中で姉という立場を利用してこのか弱いペニーに虐待を繰り返していた事など先刻承知だ!」


 ロックス殿下の言葉に合わせてペニーは両手で顔を覆い身体を震わせる。

 そんな彼女をロックス殿下はそっと抱き寄せて耳元で囁いた。


「可哀想なペニーよ、こんな性根のひん曲がった女は今この場で私が断罪してやる。だからもう泣かないでくれ」


「嬉しい、ロックス様……」


 しばらくお互いの身体を強く抱きしめ合った後、ロックス殿下はもう一度デイジーに向き直り彼女が行ったという嫌がらせの数々を挙げていく。


 ペニーをまるで召使いのように顎でこき使う、ペニーの私物を取り上げる、すれ違いざまにわざと脚を引っかけて転ばせるなど、特筆する事もないよくある嫌がらせのテンプレートだ。


 それを聞いていた参列者たちは顔を見合わせる。


「あのデイジー嬢がまさかそのような事をするはずがない、全てでっちあげだ!」


「いやはや人は見かけによらないものですなあ」


「この悪女め、恥を知れ!」


 ある者はデイジーの無実を信じて擁護し、またある者はロックス殿下の言葉を信じてデイジーに対して容赦ない罵声を浴びせる。


 パーティー会場での断罪劇と婚約破棄。

 多くのパーティーに立ちあってきた私たちスタッフには別段珍しくもない光景だ。


 しかしお客様にパーティーを楽しんでもらう為にスタッフたちが人知れず努力して盛り上げてきた会場の空気が台無しになってしまったのが残念でならない。

 私は深く溜息をつきながら参列者たちに聞こえないように小さな声でぼやいた。


「ああもう、どうして異世界の人たちっていつもこんな楽しそうな席でわざわざ婚約破棄を宣言するのかしら。そんな決まりでもあるの?」


「まあまあレイナさん、こればっかりは向こうの人たちの文化ですから。日本人の価値観を押しつけるのはよくないですよ」


「それはそうだけど、折角お客様に楽しんで貰えるように頑張ってるあなた達にも申し訳が無いわ」


「それはまあ……そうだ、今度皆で飲みに行きましょうよ。近所にお勧めの居酒屋があるんです」


「そうね。たまにはパーっとガス抜きしないとやってられないわよね」


 既に会場内は混乱の坩堝(るつぼ)と化している。

 最早お客様にパーティーを楽しんでもらうどころではなく今夜はこれでお開きになるだろう。

 私たちは顔を見合わせて苦笑いをした後、目の前で行われている断罪劇を横目に後片付けの準備を始めた。




◇◇◇◇




 ここは都内のとあるホテルの地下に作られたイベント用の大ホール。


 ある日オカルトマニアだったこの施設のオーナーである父が酔っ払って床に描いた魔方陣を通して異世界と繋がってしまったのが全ての発端だ。


 これを新たな顧客獲得のチャンスと考えた父が異世界の住人に対して営業に努めた結果、徐々に口コミによって日本のホールサービスのクオリティの高さが異世界中に知れ渡り今では予約の途切れる事がない程の大人気のパーティー会場となっていた。


 しかしそれは良い事ばかりではない。

 日本と異世界の文化の違いには散々苦労させられてきた。


 特に顕著なのは彼らはいつも決まってパーティーの席で婚約破棄を宣言する事だ。

 一組だけならまだましな方で、酷い時には複数回の婚約破棄が行われる。

 先日はまるで婚約破棄のリアルタイムアタックにでも挑戦しているのかと勘違いしてしまう程の婚約破棄が繰り返されていた。

 あの状況で時間いっぱいまでパーティーが続いたのは逆に私たちの方が驚いた。


 まあ料金は全額前金で頂いているのでパーティーが中止になろうと私たちが損をする事はありませんが、正直気持ちのいい状況ではない。


 オーナーである父はこの会場は異世界の方の為に開放している空間だから異世界の文化を尊重するべきだという意見を示している。

 きっと私の方が考え過ぎなのだろう。


 ──今日こそはちゃんとしたパーティーになりますように。


 早朝からそんな事を考えながらスタッフと今夜のパーティーの準備をしていると会場の隅に描かれた転移の魔方陣からひとりの壮年男性が現れた。


「準備中にすまないね、お邪魔させてもらうよ」


「これはシャニィさん、いつもお疲れ様です。今お茶をお出しますね」


「いえ、お構いなく。少し寄っただけですから」


「遠慮なさらず、シャニィさんにはいつもお世話になっていますから」


「そうですか、それではお言葉に甘えます」


 穏やかな雰囲気を醸し出すこのシャニィという男性は異世界のジャーナリストであり、このパーティー会場の事をいち早く記事にして異世界中に広めて下さった人物だ。


 彼の尽力のおかげで私たちのパーティー会場は異世界中に認知され、繁盛するに至ったという経緯がある。

 そのお礼として彼にはこのパーティー会場にいつでも自由に行き来できるという特別待遇を与えている。

 ジャーナリストとしては王侯貴族のパーティーはネタの宝庫だ。

 パーティーが開催されるたびに必ずメモ帳を片手に現れるシャニィさんの事を今ではこの会場のスタッフだと勘違いしている異世界の方も珍しくない。


「そういえば、先日の件なんですけどね」


 紅茶を一服したところでシャニィさんは思い出したように切り出す。


「ロックス殿下、ついに王太子の座から降ろされましたよ。あのような馬鹿な男が王座に就けば国を滅ぼす原因になると元老院達が猛反対をしましてね」


「そうなんですか」


「結局あの騒動はペニー嬢の嫉妬による虚言だったということがはっきりしましてね。ロックス殿下と仲良く離宮の中に軟禁状態で再教育されているらしいですよ。おっと、今ではあの二人の仲は険悪らしいですけどね」


「因果応報というものですね」


「ええ、まさしくその通りだと思います」


 このホール内は父が異世界で知り合った魔法使いの協力で翻訳魔法の影響下にある。

 難しい四字熟語や故事もお互い理解できる言葉に自動翻訳されるので大変助かっている。


 シャニィさんはこうやっていつも空いた時間でパーティーのその後の様子などを知らせに来てくれる。

 それも今では私たちスタッフの楽しみのひとつになっていた。


 結局繰り上がる形で次の王太子に定められた聡明で知られる第二王子のローサー殿下がデイジーを妃とすることで丸く収まったそうだ。


 思わず「ローサーって誰?」と言いそうになったのは秘密だ。

 先日のパーティーには欠席されていたそうなので私は彼がどんな人物なのかは知りませんが、いずれこの異世界パーティー会場をご利用頂く事があればお会いになれるでしょう。


「ごちそうさまでした。それではまた今夜のパーティで」


「はい、お待ちしています」


 シャニィさんはお礼を言うと転移の魔方陣から異世界へと帰って行きました。


 私は食器を片づけるとパンと自分の頬を叩き気合を入れます。


「さあみんな、今夜のパーティーもお客様の為に頑張りましょう!」





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