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繰り返される婚約破棄5



 ゴードン殿下の婚約者のお披露目パーティーから一週間が経ちました。


 私は実家の屋敷でゆったりとした退屈な日々を過ごしていましす。

 あの後フレッド殿下に勧められて極上のワインが入ったグラスを空け続けた結果、屋敷に戻るまでの記憶が曖昧になっています。

 いえ、正確には屋敷に戻ってからどうやってベッドに辿り着き眠りに着いたのかさえよく覚えていません。

 何か大切な事を忘れている気がしますが全く思い出せないのです。


 さりげなくお父様にあの日私が帰ってきた時の様子を訊ねましたが何故かニヤニヤと意味深な笑みを浮かばせてはぐらかされます。


 ──酔い過ぎて他人に言えないような痴態でも晒してしまったのでしょうか。


 お酒はその人間の深層心理に隠された本性を暴くといいます。

 公衆の面前でいわれなき罪によって婚約を破棄されるというこれ以上ない辱めを受けた私がどれだけフラストレーションを感じていたのかは自分自身が一番理解しています。

 それがアルコールの力によって開放され素面の時には考えられないような突拍子もない行動に出たとしてもおかしくはないでしょう。


 それにしても私はこの後どうなるのでしょうか。


 ゴードン殿下との婚約が解消された以上伯爵家の令嬢である私には次の縁談が持ちかけられるはずなのですが、お父様もお母様もは一向にそのような話を持ってきません。


 ──やはり私はあの夜に何かとんでもないことをやらかしてしまったのでしょうか。それこそ、世の紳士方が私との結婚に二の足を踏むレベルの失態を。


 一瞬最悪の状況が脳裏に過りましたが、お父様もお母様も、そして屋敷の使用人たちが私を見る目は今までと変わりませんので恐らく危惧していたような惨事はなかっと思いたい。


 そんな事を考えながら部屋で悶々としているとコンコンコンとドアを叩く音が聞こえてきました。


「エスリーンお嬢様、お客様がいらっしゃっています」


「私に? どちら様でしょう?」


「お嬢様ったら分かってらっしゃる癖に。客室で旦那様が応対されておりますのでお急ぎ下さいませ」


「?」


 メイドの言う事がどうも要領を得ない。

 いったいどこの誰がわざわざこんな辺境の地まで私に会いに来たというのでしょう。

 しかしお父様が応対しているというのなら待たせるわけにはいきません。

 急ぎ身支度を整え客室の扉を開くとそこには思いも寄らなかった人物の姿が目に飛び込んできました。


「フレッド様、どうしてこちらに?」


 私の言葉を聞いてお父様とフレッド殿下は意外そうに目を丸くしています。


「エスリーン、お前何を言ってるんだ?」


「どうしてはないだろう。あなたを迎えに来たに決まっているじゃないか」


「私を迎えにですか? どんなご用件でしょう?」


「ご用件って……」


 状況が理解できずに小首を傾げる私を見てお父様とフレッド殿下は絶句しお互い顔を見合わせます。

 そしてお父様が私の両肩に手を置いて訊ねました。


「エスリーン、お前まさか本当にあの日の事を覚えていなかったのか?」


「だからそう言ってるでしょうお父様! あの日何があったのですかいい加減教えて下さい」


 お父様とフレッド殿下は私の顔をまじまじと見つめた後大笑いをする。


「てっきり照れ隠しで忘れてる振りをしているものだと思っていたが……」


「まさか本当に覚えていなかったとは傑作だ」


「だから何がですか!?」


「エスリーン、お前はフレッド殿下の婚約者になったのだよ」


「え? いつ決まったんですか?」


「丁度一週間前だ」


「一週間前というとあのパーティーの後ですか? そんな話初耳ですけど」


「ははは、口で説明するよりも実際に見て貰った方が早い」


 フレッド殿下がお腹を押さえて笑いを堪えながらあの異世界のパーティー会場で手にしていた板状の魔道具を私の前に差し出しその表面を指でタッチするとそこには今私たちがいるこの部屋の映像が浮かび上がってきました。

 そしてお父様の目の前でこれ以上ない程上機嫌でフレッド殿下の腕に自分の腕を絡ませながら寄り添っている私の姿が映っていました。

 どう見てもかなりベロンベロンに酔いが回っているのが一目でわかります。


「えっ、何ですかこれ? これって先週のパーティーの夜ですよね? 私こんなはしたない事を……お父様の前で……」


 私は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆います。


「後で記憶にございませんとか言われても困るからな。証拠として記録させてもらった」


「証拠?」


「ほら、よく見てごらん。話が聞こえるように音量も上げよう」


 フレッド殿下に促されるまま半信半疑で画面を注視し耳を傾ける。


『……という訳で、ゴードン様から婚約を破棄されましたので代わりにフレッド様と婚約する事に決めました。構いませんよねお父様!』


 普段よりテンションが高めですが明らかに私の声だ。


『アッカード卿。どうか私とエスリーン嬢との婚約をお許しいただけないでしょうか』


 フレッド殿下も礼儀作法に則った所作でお父様に願い出る。


『ふむ……事情は分かりました。フレッド殿下でしたら安心して娘を預けられます。エスリーンの事どうか宜しく頼みます』


『ありがとうお父様!』


『アッカード卿、お許しを頂き感謝いたします。それでは早速ですが私たちの婚約のお披露目パーティーを開きたいのですが』


『それは早ければ早い方が良いですな。今回は我々も参加をさせて頂きますよ』


『それでは一週間後にまた異世界のパーティー会場で手配をさせて頂きますが宜しいでしょうか』


『ええ、勿論です』


 その後は簡単な打ち合わせの話が続き映像は終わる。

 その時には既にあの時の記憶が少し蘇っていました。

 確か、パーティーが終わった後フレッド殿下は王室の馬車で私を屋敷まで送って下さったのです。

 あの日のパーティーは最悪の気分で始まりましたがフレッド殿下のおかげで心の底から楽しめました。

 だからあの時馬車の中で……酔った勢いとでもいいますかフレッド殿下に「フレッド様との時間が永遠に続けばいいのに」と逆プロポーズのような事を口走った覚えがあります。


 その結果が先程の魔道具の映像に繋がります。


 今目の前にいるフレッド殿下は私の婚約者だ。

 しかも政略的な婚約に過ぎなかったゴードン殿下とは違い、私が自分の意志で選択した愛する人。


 その事実を理解した瞬間様々な感情が頭の中を駆け巡り、自分の顔が火照り紅潮していくのを感じます。


「はっ……ということは今からパーティーですか?」


「まったくお前という奴は。フレッド殿下をお待たせさせてはいかん。早くパーティーに出発する準備をしなさい」


「はいっ」


「いや、私が早く迎えに来てしまっただけだ。まだ時間はあるのでゆっくりしてくれ」


「そういう訳には参りません!」


 大急ぎで自室に戻ると既にメイドたちが私をドレスに着替えさせる準備をしていました。

 しかし確かにフレッド殿下の言う通り今日という大切な日にいい加減な恰好でパーティーに出る訳にはいきません。

 それでは私やアッカード侯爵家はもちろんフレッド殿下にも恥をかかせる事になってしまいます。

 大きく深呼吸して逸る気持ちを落ち着かせるとメイドたちに身を任せました。



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