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繰り返される婚約破棄3


「よくぞ真実を教えてくれたアンティオラ。君こそが私の運命の女性だと今確信した。どうか我が妻となって貰えないだろうか」


「ゴードン様、私などで宜しければ喜んで……」


 パーティー会場の中央でゴードン殿下とアンティオラが熱い抱擁を交わしている。

 ゴードン殿下の相手が異なる以外はさっきも見た光景だ。


「おめでとうございますゴードン殿下、アンティオラ様」


 その周囲では先程までカリーナとの婚約を祝福していたゴマ擦り貴族たちが臆面もなく二人に拍手を送っている。


 しかしフレッド殿下の話を信じるのならばまだ何か起きるはずです。

 いつの間にか次の()()()が始まるのを今か今かと待ち侘びている自分に気付く。


「ゴードン様、少々宜しいでしょうか」


 私の期待に応えるように煌びやかな宝石が散りばめられたドレスを身に纏ったひとりの令嬢がゴードン殿下の前に歩み出た。

 まるで天界の女神が身に纏っているという聖なる衣を連想させるそのドレスの輝きはカリーナやアンティオラのそれとは明らかに格が違っており彼女が高位の貴族の令嬢である事を物語っていた。

 いえ、それどころか仮にも侯爵家の娘である私のドレスよりも遥かに上等なものだ。


「君は確かライス伯爵家の……」


「はい、ライス伯爵の娘ドロテアですわ」


 ライス伯爵の名前を聞いて皆得心しました。

 爵位こそ伯爵止まりですがライス伯爵は自領内で新種のハーブの生産に注力し、その結果得られた莫大な富によって王家に匹敵するほどの贅沢な暮らしをしているという。


 王国内に王室以上の資産を持つ貴族の存在は王家の人間にとっても目の上のたんこぶである。

 ゴードン殿下はあからさまに不機嫌そうに言う。


「それでドロテアよ、私に何か用か?」


「はい、率直に申し上げます。アンティオラ嬢は素行に問題がありあなた様の妻としては相応しくないかと」


 忽ちゴードン殿下の眉毛がつり上がる。


「何を言う。彼女がいなければ私はカリーナのような悪女と結婚をさせられるところだったのだぞ。彼女を悪く言う事は私が許さん!」


「では彼をご覧になられても同じ事が申せますでしょうか」


「彼だと?」


「はい。ハッサンおいでなさい」


 ドロテアが合図をすると後方からひとりの若き青年が歩み出てきた。

 一見すると立派な身なりをしているが多くの者はすぐに違和感に気付きました。

 貴族は公的な場では出自を明らかにする為に必ず衣服の目立つ箇所に自家の紋章を付けているものですが、彼の衣服にはどこにも紋章が見当たりませんでした。

 それはつまり彼が平民である事を意味しています。


「誰だあれは?」

「さあ? 誰かの付き人でしょうか?」


 本来王室主催のこのパーティー会場に平民が紛れているはずがありません。

 当然この会場のスタッフでもない。

 参列者の誰もが怪訝そうな顔でその男性を眺めている中、ただひとりアンティオラの顔色が変わっていくのが分かりました。

 ハッサンと呼ばれた男性はアンティオラに詰め寄り悲痛な声で叫ぶように言いました。


「アンティオラ様、僕という者がありながらゴードン殿下と婚約を結ばれるなんて酷いです!」


「な、何の事ですの? 私はあなたなど知りませんわ!」


「アンティオラ、この者とはどういう関係なのだ?」


「知らない、知らない!」


 アンティオラの狼狽ぶりに会場内の皆が顔を見合わせる。

 最早先程まで淑女然としたアンティオラの姿は最早どこにも見当たらない。


「あれだけ愛していると言ってくれたのに、僕の事は遊びだったんですか!?」


「お、お黙りなさい! 大体どうして平民のあなたがパーティーに出席しているのです! スタッフさん、さっさとこの者を外につまみ出しなさい!」


「見苦しいですわよアンティオラさん」


 彼の存在が余程都合が悪いのか、なりふり構わず喚き散らすアンティオラに対してドロテアが落ちついた様子で嗜めるように口を挟んだ。


「私が彼を付き人としてこのパーティーに同行させたのですわ。勿論彼がこのパーティーに出席する事についてはフレッド殿下にも許可を頂いております。あなたには彼を退場させる権限はありませんわ」


「まさか、そんな事……」


「お分かりになったのでしたら少々お静かになさって下さいますよう。トークン子爵家の品格が疑われますわよ」


「うう……」


「ふむ、それで結局この男はアンティオラとはどういう関係なんだ?」


 観念したのかアンティオラが大人しくなったところで一部始終を傍観していたゴードン殿下が疑問を投げかけるとハッサンは殿下に一礼をして答えました。


「ゴードン殿下、私はミルフィーユ商会の会長の息子でハッサンと申します」


「ミルフィーユ商会、ああ聞いた事があるぞ」


 ミルフィーユ商会は王都でも有名な大商会で王室にも多くの品物を納入している。

 さすがにその会長の家族の構成までは把握はしていませんがこの国でミルフィーユ商会の名前を聞いた事がない人間はいないでしょう。


「実は私はアンティオラ様とは結婚を前提としたお付き合いをさせて頂いておりました」


「何? 平民のお前が子爵家の令嬢であるアンティオラと結婚だと?」


「はい、今はまだ平民の身分ですが、いずれ爵位を得る為に資金を準備していたところです」


「ふむ……」


 富豪の中にはお金で爵位を買い取り貴族の仲間入りを果たす者も確かに存在する。

 彼の実家ほどの富豪なら充分現実的な話であり(あなが)ち出まかせでもないでしょう。


「それなのに……私との関係はあなたにとってはただの遊びだったのですか!?」


 そこまで言うとハッサンの目からは大粒の涙が溢れだし言葉にならなくなった。

 いい大人が痴情のもつれ程度で公衆の面前で何という醜態を、などと乏しめるつもりはありません。

 それだけ彼にとっては本気の大恋愛だったという事なのでしょう。


 身分の差を超えた恋愛話は小説や演劇などで定番であり多くの紳士淑女に好まれています。

 参列者の中からハッサンに同情した心ある者が数名前に出てきて会場の真ん中で崩れ落ちる彼を支え、慰めながら後方へと連れていきました。


「ぐぬぬ……アンティオラ、貴様は婚約者がいる身でありながら私を誘惑したというのか! 何という不誠実な女だ、恥を知れ!」


 ゴードン殿下は怒りに任せてワインの入ったグラスを床に叩きつけた。


 ──いったいどの口が不誠実だのと言えるのか。


 参列者の誰もが同じ事を思った事でしょう。

 そんな周囲の反応を横目にドロテアが口を挟みました。


「ゴードン様、彼だけではありませんわ。私の知る限りではアンティオラさんは他にも五人の殿方と現在も親密な関係を続けられておりますわ」


「まだ五人もいるのか!?」


「ええ、今日のパーティーには呼んでおりませんが間違いありません。もしいらっしゃったら修羅場なんてものではありませんでしたわ」


 会場内の皆の視線がアンティオラに集中する。


「な……なんのことだか私には分かりません……」


「あら、では順番に名前を申し上げましょうか? まずはアハト商会の三男デミトリー、そしてダイノ工務店の二男フィリッポ、それからシュバインシュミット村の村長の五男の……」


 ドロテアの口からは社交界では聞いた事がない名前が次々と挙がります。

 その肩書からいずれも貴族でではなく平民だという事は分かります。


 その理由は容易に想像できます。

 貴族同士が交際をすれば瞬く間に噂が広がりますが相手が平民ならばいくらでも誤魔化しようがあります。

 屋敷に連れ込んで()()をしていたとしても周囲は平民が貴族の屋敷に何かの仕事で呼ばれただけとしか思わないでしょう。


「も、もう結構です……」


 がっくりと肩を落とすアンティオラの姿を見ればドロテアの言が真実である事は容易に確信できました。


「では全てお認めになるという事で宜しいですね?」


「はい……」


 その瞬間周囲から容赦ない罵声がアンティオラに浴びせられる。


「なんという貴族にあるまじきふしだらな娘だ!」

「トークン子爵も娘の教育を誤りましたな」


 一方のゴードン殿下はドロテアに向けて微笑みかけながら言った。


「よくぞ教えてくれたドロテア嬢。危うくこの女狐に騙されるところであった」


「勿体ないお言葉。全てはゴードン様の為を思っての事です」


「ドロテア、君こそ正に私にとっての幸運の女神だ。どうかこの私の妻になって貰えないだろうか」


「ゴードン様……喜んでお受けいたしますわ」


 ゴードン殿下はドロテアの身体を力強く抱き寄せる。

 今日何度目の光景でしょうか。

 そしてひとしきりお互いの感触を確かめ合った後にそっと身体を離すと二人の前に放心して座りこんでいるアンティオラの姿に目を留めた。


「なんだ、まだいたのか」


「うう……」


「アンティオラ、いちいち言うまでもないだろうが貴様との婚約は無かった事にして貰う。おい、誰かこの女をさっさと連れて行け」


「はっ、ゴードン殿下!」


 そう言ってアンティオラの前に集まってきたのは先程までゴードン殿下とアンティオラを祝福していたゴマ擦り貴族たちだ。


「さっさとこの会場から出て行け!」


「いや……離して……」


「往生際が悪いぞ、この×××が!」


 彼らは聞くに堪えないような汚い言葉でアンティオラを罵倒しながら会場の外に繋がっている転移の魔方陣の上に引き摺っていった。


「おお四分と十五秒だ。すごい、もう記録が更新さたぞ」


 隣でフレッド殿下が心底おかしそうに笑いを堪えている。



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