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繰り返される婚約破棄2


 国王陛下はフレッド殿下との話が終わると困惑する諸侯の前に歩み出て高らかに宣言しました。


「皆の者、ゴードンの申す通りパーティーは継続する。そなたたちにも思うところはあるだろうが引き続きこの席を楽しんでくれ」


「なんと……。陛下がそのように仰られるのなら……」

「折角ですから食事を楽しみましょう」

「そうですな」


 参列者一同国王陛下の思いもよらぬ言葉に戸惑いながらも歓談に戻ります。

 その時カリーナが一瞬ニヤリと醜い笑みを浮かべたのを私は見逃しませんでした。

 これで自分が新たな王太子の婚約者として国王陛下から認められたと考えたからでしょう。


 カリーナは右手に持った扇子で醜く歪んだ口元を隠しながらさりげなく私に近付き耳元で囁きました。


「おほほ、僅か数日だけとはいえ王太子妃になれるという素敵な夢を見られて良かったですわねエスリーンさん。ゴードン様のご寵愛は私が引き継ぎますので後の事はご心配なく」


「はあ……それはご自由にどうぞ」


「それではごきげんよう」


 カリーナはただ私を煽りたかっただけらしく、それだけ言うとさっさとゴードン殿下の下に戻って行きました。


「カリーナ嬢、ゴードン殿下とのご婚約おめでとうございます」

「グラスが空になっておりますぞ。私めがワインをお注ぎ致しましょう」


 パーティーが始まって僅か数分の間に私から主役の座を奪い取る事に成功したカリーナの周りには忽ち数名の紳士淑女が集まりご機嫌取りに勤しんでいます。

 いずれも王太子妃となる彼女に早めから取り入ろうと考えているのが見え見えの欲深い者たちだ。


 ──こんな茶番にはもう付き合っていられない。さっさと帰ろう。


 私は会場の隅の床に描かれた転移の魔方陣へと足を進める。

 その時でした。


「満足に食事もしていないのに帰るのはまだ早いぞエスリーン嬢。ほら、このステーキなど舌がとろけそうな程の美味だというのに」


「え?」


 不意に後ろから声を掛けられてその声の主を見れば先程まで国王陛下と何やら話をしていたフレッド殿下でした。


「それにお楽しみはこれからだ。ここで退出するだなんて勿体ない」


 フレッド殿下は相も変わらず感情が読めない作り笑いを浮かべながら柔らかい口調で続ける。

 彼もまた私と同様にゴードン殿下の気まぐれに振り回された被害者のひとりだ。

 立場上諸侯に対して平静を装っていてもその心中は察するに余りある。

 ほら、その目は決して笑っていな──。


「んん?」


 私は思わずフレッド殿下の顔を二度見してしまいました。

 今のフレッド殿下は心底おかしそうに笑っているように見える。

 ゴードン殿下への怒りの感情は全く読み取れない。

 かといってその笑みは公共の面前で婚約破棄というこれ以上ない恥をかかされた私を嘲笑うような嫌味を含んだものでもない。

 この人は本当に何を考えているのかよく分からない。

 その違和感は私を会場内に留めさせるのに充分な理由となりました。


「フレッド様、先程は陛下と何を話されていたんですか?」


「おっと見られていたか。エスリーン嬢は意外と目敏いな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「この後何が起きるのかを見ていれば分かる。あなたの悪い様にはならないからもうしばらくパーティーを楽しんでいかないか?」


「この状況でパーティーを楽しめると思いますか?」


「今はそうだろうな。でも絶対に楽しくなる。私が保証しよう」


「……分かりました。フレッド様がそれほどまで仰られるのでしたら」


 フレッド殿下が理由もなく私を引き止めるはずがない。

 彼が何を企んでいるかは知りませんがたった今ゴードン殿下から婚約を破棄された私にはこれ以上何も失う物はありません。

 ある意味で無敵の人だ。

 鬼が出るか蛇が出るか、これから始まる何かに興味が湧いた私はしばらくこの場に留まる事にしました。


 そしてそれはすぐに始まりました。


「ゴードン様、お待ちになって」


 カリーナを侍らせながらワインを片手に参列者たちと談笑するゴードン殿下の前に真紅のドレスに身を包んだ妖艶な女性が歩み出てきました。

 金色に輝く縦ロールが特徴的なその女性はトークン子爵家の令嬢であるアンティオラ嬢です。


「騙されてはいけませんわゴードン様。カリーナさんたちの証言は全て事実無根ですわ」


 面と向かってそう断言するアンティオラに対してゴードン殿下は険しい表情を浮かべ声を荒げた。


「貴様もエスリーン同様にカリーナを嘘つき呼ばわりするというのか! カリーナへの侮辱は許さんぞ!」


「証拠ならありますわ」


「何!?」


 アンティオラはフフンと鼻を鳴らし、豆粒ほどの大きさの不思議な物体を差し出す。


「何だこれは?」


「これはSDカードと申しまして、この中に記録された映像をこちらのモニターと呼ばれる板に映し出す事ができる異世界の魔道具です」


「ふむ。異世界には変わった魔道具があるのだな。だがそれがどうしたというのだ」


「記録された映像をご覧頂ければすぐにお分かりになりますわ。スタッフさん、よしなに」


「かしこまりました」


 会場のスタッフがアンティオラからその魔道具を受け取り、モニターの前に設置された別の魔道具に差し込む。


「それでは再生いたします」


 スタッフが魔道具のボタンを押すとその瞬間先程まで美しい自然の景色が映し出されていたモニターには路地裏で数人の男女が人目を気にしながら密談をしている映像が流れてきました。


「あれはカリーナじゃないか。それに周りにいるのは……」


 そこに映っていたのは間違いなく先程私がカリーナを苛めていたと証言した下級貴族たちの姿だった。


「しっ、静かに。話し声が聞こえるわ」

「何を話しているんだろう?」


 参列者たちは黙して耳をすませる。


『もう一度計画をおさらいするわね。あなたたちは順番に私がエスリーン(あの女)に苛められているとゴードン殿下に嘘の密告をするの。後は私が同情心につけ込んで殿下に取り入るわ』

『カリーナさん、本当に大丈夫ですかね? もし嘘がバレたら俺たちただじゃ済まないんじゃあ……』

『心配しないで、ゴードン殿下って結構単純だから絶対にバレたりなんかしないわ。上手いけば私は王太子妃になる。その暁にはちゃんとあなたたちを優遇するように殿下に口添えをしてあげるわ。なんならいずれは爵位だって与えられるかもしれないわよ』

『私たちが爵位を!? 信じていいんですよね?』

『是非とも俺たちに任せて下さい』

『しっ、今近くで物音が聞こえたような気が……』


 ここで映像と音声は終わった。


「何だこれは……」


 ゴードン殿下の顔が怒りで紅潮していくのとは対照的にカリーナの顔が見る見るうちに青ざめていく。


「カリーナ、私を(たばか)ったのか!?」


「いえ……これは……その……」


「カリーナ、よくも私を騙してくれたな! こんな女だとは思わなかった、貴様との婚約は無かった事にして貰う!」


「そ、そんな……」


「目障りだ、さっさと私の視界から消えろ!」


「はい……失礼いたします……」


 ゴードン殿下の迫力に恐れおののいてそくさと退場するカリーナを周囲の者は侮蔑の眼差しで見送りました。

 事もあろうに王族に虚言を弄したのです。

 協力者共々後日王室から何らかのペナルティーが与えられるであろう事は間違いありません。

 しかし誰が見ても自業自得であり、カリーナやその仲間たちに対して全く同情心が湧くはずもなく逆に留飲が下がる思いがしました。


 ──そうか、フレッド殿下はこれを私に見せたかったんだ。


「ふむ、六分と三十四秒か」


 フレッド殿下が手に持った小さな板を眺めながら呟いた。


「何がですかフレッド様?」


「兄上が婚約を宣言してから破棄するまでの時間だよ。これは王国史上最短記録じゃないか?」


「……その魔道具で計ってたんですか?」


「ああ、この板は異世界の魔道具で時間を計ったりさっきモニターに映し出されたような映像を記録したりと色んな機能があるんだ。今回のパーティーの演出で使おうとスタッフからレンタルしたものをトークン子爵も含めた臣下たちに持たせて自然の風景の映像などを撮らせていたんだが意外なところでも役に立ったな」


 そう言って身体を震わせながら今にも笑い転げそうなところを必死で耐えているフレッド殿下は良い性格をしていると思う。


「楽しそうですねフレッド様。アンティオラがその魔道具でカリーナの虚言を告発するつもりだったのをご存じだったのですね」


 このパーティーの責任者であるフレッド殿下は当然誰がどんな映像を録画してきたのかは予め把握しているはずです。


「ははは、まあそんなところだ。だがこれからが本番だぞ」


「まだ何かあるんですか……」


 本当に楽しそうなフレッド殿下を見て私は呆れながらも次に何が始まるのか期待に胸を高鳴らせる。



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