野望の代償3
「リリベル! 貴様との婚約を破棄させて貰う!」
今日は私リリベルとゴルド王子の婚約を祝うパーティーのはずだが、そのお目出度い空気をぶち壊すようにゴルド王子の鋭い声が会場内に響き渡った。
その瞬間会場内にデデドン!と絶望感を煽るような音が鳴ったかと思うと続けてレクイエムのような悲しげなミュージックが流れてきた。
どうやら密かにゴルド王子からパーティー会場のスタッフに今日行われる事についての話が通っていたようだ。
私はあまりにも馬鹿馬鹿しい演出に脱力しつつも無言で頷いて了承の意を示し、そっとその場を離れた。
バルシオン半島の各地から招待されたパーティーの参列者一同は何が起きているのか理解が追い付かずに呆気に取られている。
少し間をおいて最初に正気に戻ったのはベルモンド王だ。
自らの傀儡に過ぎないはずの実の子に裏切られる事など予想だにしていなかっただろう。
諸侯が見ている前だという事も忘れてか恥も外聞もなく顔を紅潮させながら髪を逆立てて怒声を放つ。
「ゴルド、貴様血迷ったか! この私に逆らうことがどういう事か分かっているのだろうな!」
「父上、いつまでもこの俺をあなたの駒だと思わない事だ。これからは俺の好きなようにさせて貰う」
「おのれ、この馬鹿者が!」
「誰かお二人をお止めしろ!」
今にも取っ組み合いが始まりかねない険悪なムードの中、臣下の者たちが血相を変えて間に入り取り持とうとしている。
「陛下も殿下も落ちつかれますよう。この会場は我々の住む世界とは異なる世界にある中立の場。ここでいざこざを起こせばバルシオン半島だけの問題では済みません。全世界、いや異世界をも巻き込んだ大問題となりますぞ」
「ぐむ……城に戻ったら覚えておれよこの馬鹿息子が!」
ベルモンドは今にも血管が切れそうな程青筋を立つつ興奮冷めやらぬ様子で喚き散らしながら転移の魔方陣を通して王宮へと帰っていった。
そしてベルモンドを宥めながら側近や取り巻きの諸侯たちがその後に続く。
「どうやら今日のパーティーは中止の様ですな」
「これはとんでもない事件ですぞ。我々も今後の身の振りを考えねば……」
「それでは我々も失礼するとしますか」
一部始終を遠巻きに眺めていたパーティーの参列者たちが口々にぼやき帰り支度を始める中、ゴルド王子が会場中に響き渡る程の大声で言った。
「皆の者お待ち下さい。パーティーはこれからです。さあユーシアこちらへ」
皆が困惑する中、ゴルド王子に手を引かれて一人の美しい女性が諸侯の前に歩み出てきた。
「皆様にご紹介します。本日新たに我が婚約者となったユーシアです。本日の席はこのゴルドとユーシアの婚約パーティーに変更をさせて頂きます」
たった今婚約破棄が行われた直後だというのにあまりにも非常識な宣言に会場内が一層ざわつきだす。
「臆面もなく何を言っているんだあの男は」
「何だこの馬鹿馬鹿しい茶番は。私は先に帰らせて貰うぞ」
多くの参列者たちが口々にゴルド王子を罵りながらベルモンドを追って会場を後にしていく。
「リリベル王女、お気を落とされないように。あのような男と婚姻を結ばなくて済んで逆に良かったかもしれませんぞ」
このパーティーに招待されていたアッシナー公もゴルド王子に愛想を尽かしたようで私に慰めの言葉を贈りながら退出していった。
いつしか会場内に流れるミュージックはここから退出する気持ちを後押しするような不思議な曲に変わっていた。
後でスタッフから聞いた話では蛍の光というタイトルの曲らしい。
しかしそれでもまだ半数程の者たちは会場に残り続けていた。
その理由は様々だ。
ベルモンドが推進する強引な政略に思うところがある者。
事前にゴルド王子の調略を受けていた者。
そして老い先短いベルモンドよりも若きゴルドについていく方がこの先自分たちに利があると判断した者たちだ。
「ゴルド殿下、ユーシア嬢、ご婚約おめでとうございます!」
「私どもは殿下を支持致しますぞ!」
会場に残った者は皆ゴルド王子とユーシアの婚約を祝福している。
ゴルド王子の根回しが奏功しているようだ。
気がつけば会場内のミュージックは宴に相応しい賑やかな曲に変わっている。
異世界のスタッフの仕事ぶりには頭が下がる。
私はそれらを見届けた後ひっそりとパーティー会場を後にした。
◇◇◇◇
祝賀パーティーが終わった後ゴルド王子はダーティンの王宮へは戻らずに彼を支持する諸侯のひとりの下に身を寄せて父ベルモンドへの徹底抗戦の構えを見せる。
これに激怒したベルモンドはゴルド王子を廃嫡すると公式に発表し、ふたりの関係は修復不能な程拗れていった。
それによってバルシオン半島はゴルド派とベルモンド派の真っ二つに分かれ大規模な騒乱へと発展した。
ベルモンド王の政略によって半島中の多くの有力諸侯が身内となっていた為、他人事だと静観する事もできずに否応なく巻き込まれてしまったからである。
しばらくは半島中が険悪な空気に包まれていたが、ベルモンドの意思とは裏腹に近隣諸国は身内同士が争い合う事を良しとせずお互いを牽制するのみであった。
そして半島全土が拮抗状態となった事で戦闘行為まで発展する事もなく時間だけが流れていった。
やがてこの騒乱の発端となったベルモンド王を非難する声が徐々に高まり、ついには王国内でのクーデターによって失脚しダーティン王国共々没落していく事となる。
ダーティン王国が勢力を失った事でゴルド王子も立場を失い争う理由が無くなった両派閥は自然解散となった。
支援する者がいなくなったゴルド王子は誰からも相手にされなくなりついにはユーシアにも愛想を尽かされて捨てられたという。
──もっとうまく立ち回ればよかったのに。
そんな事を考えながら私は王宮のテラスで紅茶が入ったコップを口に運んでいた。
私たちリンゲージ王国は両勢力がいがみ合っている間も中立を貫き穏やかな暮らしを続けていた。
今回の婚約破棄はあくまでゴルド王子の独断によるもので私はあくまでダーティン王国の都合に振り回された被害者に過ぎないというのが世間の認識だ。
世間の同情を買う事ができた私たちをこれ以上騒乱に巻き込もうとする者はいなかった。
正確にはそうなるように私がゴルド王子に仕向けたのであるが、それを知る者は私とスレイン以外は誰もいない。
私とスレインふたりだけの秘密だ。
──なによそれ。
思わず苦笑する。
男女のふたりだけの秘密だなんてもっとロマンティックなものであるべきだ。
こんな外部に知られれば外交問題になるような恐ろしいものでは断じてない。
今日も私の傍らに立って愚直に警護の役目に励んでいるスレインに微笑みながら声を掛けた。
「スレイン、いつも私を助けてくれてありがとう。あなたがいなかったら今頃はゴルド王子の形だけの妻として辛い日々を送っていたわ」
「急にどうなさったんですか。私は騎士として当然の事をしているだけです」
「ふふ、本当に騎士としての忠義心だけだったのかしら?」
「か、からかわないで下さい」
スレインは頬を赤らめながらプイッと顔を背けた。
スレインはまだ知らないだろうが、ゴルド王子との婚約が白紙になった事で再びスレインを私の婚約者となる話が水面下で進められている。
それが彼の耳に入った時にどんな反応を示すだろうか。
私はスレインに悪戯っぽく微笑みかけた。




