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繰り返される婚約破棄1



「エスリーン・アッカード! 貴様との婚約を破棄させて貰う!」


 大陸の中央に位置し、小国ながら交易の中心地として長く栄えてきたルフラン王国。

 その王太子であるゴードン殿下が侯爵家の娘である私エスリーンに向けて発した鋭い声が会場内に響き渡ったのはパーティーが始まって間もなくの事でした。

 パーティーの参列者の誰もが皆驚き当事者である私とゴードン殿下に視線が集中する。


 貴族たちにとってパーティー会場とは一種の戦場である。

 一見すると楽しげに歓談に興じている紳士淑女たちの笑顔の仮面の下には常に様々な権謀術数が蠢いている。

 ある者は自勢力の繁栄の為、ある者は政敵を失脚させるネタを探してありとあらゆる情報の収集に勤しむ。

 主義主張の相違や利権を巡ってパーティーの参列者同士が声を荒げて罵り合うのはさほど珍しい光景ではないのですが今日は事情が異なりました。

 何せ今日のパーティーは数日前にゴードン殿下の婚約者となったばかりの私エスリーン・アッカードを諸侯にお披露目する為に催されたものだからです。


 国王陛下はゴードン殿下と侯爵家の娘である私の婚約を諸侯への宣伝も兼ねて大々的に祝う為に近頃巷で話題になっている異世界のニッポンという国にあるパーティー会場に白羽の矢を立てました。


 そこは王宮の中庭に描かれた転移の魔方陣から飛んだ先にある不思議な会場だった。


 まず王宮内のパーティールームを遥かに凌駕する広々とした空間に圧倒される。

 そして天井にぶら下がっている魅力的な装飾が施された巨大なシャンデリアはこの世界の美術力の高さを雄弁に語っている。


 壁に描かれた繊細な模様やあちらこちらに飾られている異世界の神々や英雄たちを模ったと思われる美しい造形の彫刻は私を含めて多くの美術品に触れて目が肥えているはずの貴族たちを唸らせるのに充分な代物だった。


 会場内に皆が集まったところで会場のスタッフが壁に掛けられていたモニターと呼ばれる大きな板の前に設置された魔道具のような物に触れるとそこには壮大な自然の映像が浮かび上がり、優雅なクラシックミュージックが会場内に流れてきた。


「ほほう、これはまた不思議な魔道具ですな」

「これが異世界の技術というものか。噂以上だな」

「話題になる訳だ」


 その幻想的な光景に誰もが魅了され、今日のパーティーが素晴らしいものになると期待に胸を膨らませていた。

 そんな参列者たちの思いに水を差したのが本日のもう一人の主役であるゴードン殿下本人である。


 そして髪を逆立たせ眉を吊り上げながらがなり立てるゴードン殿下のすぐ後ろで彼に寄り添うように立っている一人の美しい女性に目が留まる。

 青く円らな瞳に肩までストレートに伸ばした水色の髪、あどけなさを残した顔立ちはまるでお人形のよう。

 彼女の事は私も知っています。

 新興貴族であるアイン男爵家の娘であるカリーナ嬢だ。


 彼女はその可愛らしい見た目とは裏腹に、父アイン男爵に似て自分が欲しいと思った物は何でも手に入れないと気が済まない我儘な娘ともっぱらの噂だ。

 誰もがこの状況を察するのに時間を必要としませんでした。


 確かに取り立ててこれといった特技もなく容姿も人並み、ごく普通の侯爵家の娘である私よりは一見お淑やかで可愛らしい彼女の方がゴードン殿下の目には魅力的に映っているのかもしれません。

 しかし私とゴードン殿下の婚約は国王陛下が直々にお決めになられたもの。

 王太子といえども自分の都合で勝手に破棄できるものではありません。

 ならば国王陛下のお許しを得た上での事なのかと思い後方で王妃様と飲食を楽しまれていた国王陛下に視線を移すとあんぐりと口を開けて困惑されている陛下のお姿が目に飛び込んできました。


 ──ああ、これは絶対にゴードン殿下の独断だ。


「また殿下の悪い病気が始まったようですな」

「カリーナ嬢もカリーナ嬢だ。男爵家の娘風情が既に婚約者がいる殿下に色目を使うなど許されるものではない」


 パーティーの参列者たちは遠巻きに私たちを眺めながらひそひそと話をしています。

 ゴードン殿下はそんな周囲の不穏な空気にまるで気が付く様子もなく婚約破棄の理由を続けました。


「エスリーン、貴様は侯爵家の娘という身分を笠に着てにこの美しくか弱いカリーナに執拗な嫌がらせを繰り返していたそうだな!」


「はい?」


 全く身に覚えがない冤罪を突き付けられて思わず気の抜けた声が出てきてしまいました。


 ──ああ、そういう事ですか。この子、王太子妃の座を手に入れる為には手段は選ばないってわけね。


 私はコホンと咳ばらいをして気を取り直しゴードン殿下を正面から見据えて逆に問い質します。


「彼女はの言っている事は嘘です。それとも何か証拠でもあるのでしょうか?」


「貴様がカリーナを苛めていたのを見たと多くの者が証言している」


「それは誰でしょうか?」


「この者たちだ」


 ゴードン殿下が合図をするとその周りに数名の男女が集まってきた。


「お前たち、エスリーンがカリーナに何をしたのか会場の皆に教えてやれ」


「はい、私はエスリーン様がカリーナ様に理不尽な暴言を吐いているところをはっきりと見ました」

「私はエスリーン様がカリーナ様の靴の中に毛虫を仕込んでいる場面を見ました」

「私はエスリーン様がたまたま通りかかったカリーナ様の衣服に笑いながらコップの水をかけている場面を見ました。それも一度や二度ではありません」


 彼らは皆口々にまるで身に覚えがない悪行の数々を証言していきます。

 しかしいずれもとても爵位持ちの家に生まれた令嬢が行うとは思えないような低レベルな嫌がらせばかり。


 貴族社会も綺麗事ばかりではありません。

 身分の差によって理不尽な嫌がらせをされた経験は私にもありますが、上位の貴族が行うそれは彼らが証言しているような生易しいものではありません。

 聞く人が聞けばすぐに作り話だと見抜けるでしょう。


 それもそのはずで、今偽りの証言をした者たちは皆爵位を持たぬ下級貴族の家の者ばかりだ。

 おそらくカリーナに自分が王妃になった暁にはそのお零れに預からせてあげるなどと(そそのか)されて片棒を担ぐ事を選んだ愚かな者たちばかりでしょう。

 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて思わず溜息が漏れます。


「はあ……そのような事実はありませんが殿下がそう申されるのであれば婚約破棄についてはお受けいたします」


 元々この婚約はあくまでお父様と国王陛下の間で取り決められた政略的なもの。

 私の父であるアッカード侯爵が治めている地域一帯は王国の最北端に位置し、近頃勢力を伸ばしてきた北方の大国スティング帝国と領地を接しています。

 王室と侯爵家の繋がりを強固にする事でスティング帝国への牽制をするというのがその目的でした。

 そこに私の意思は全く介在していません。

 どの道王室お抱えの諜報機関が調査すれば私がカリーナを苛めていたなどという事実が無かった事などすぐに分かると思いますが、このような虚言を簡単に信じてしまうような単純な人間に嫁ぐのは御免だと考えた私はこれ幸いにと婚約破棄のみを受け入れる事にしました。


 そんな私の態度が気に入らなかったのかゴードン殿下は「ちっ」と舌打ちをして苛立ちを露わにします。


「往生際の悪い奴め。後日王室から正式に取り調べをさせて貰うから覚悟しておけ」


「はい、殿下のお望み通りになさって下さい」


 真実の究明は望むところです。

 私はゴードン殿下に一礼してその場から離れて後方に下がります。


「やれやれ、これでゴードン殿下の婚約者のお披露目パーティーは中止か」

「もっと異世界の料理を楽しみたかったですな」


 と、一部始終を傍観していた参列者たちがぼやきながら解散の準備を始めた時でした。


「待て!」


 ゴードン殿下が諸侯の前に歩み出て大声で言いました。


「会場に集まってくれた皆々よ、本日この時を持って私ゴードンはこのカリーナを婚約者とする事を宣言する!」


「ええ!?」


「当初の予定とは少々異なるが引き続き私の婚約者のお披露目パーティーを楽しんでくれ」


 参列者たちは顔を見合わせて茫然としています。

 この空気でどうやってパーティーを楽しめというのだろうか。

 国王陛下はこの状況をどのようにお考えなのだろうと再度陛下に視線を向けると一人の青年が陛下に耳打ちしているのが見えました。


 亜麻色の髪に鼻筋の通った精悍な顔つきのその青年は第二王子のフレッドです。

 野心家でありいつも腹に一物を抱えていそうな掴みどころのない人物です。

 確か国王陛下の命令により今回のパーティーの手配を一手に任されていたと聞いています。


 その労力の全てを実の兄であるゴードン殿下の独断でぶち壊され、心中穏やかではいられないはずだ。



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