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翠の世界~the alteration game~  作者: 猫宮めめ


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52「繋ぐ」

 この世界の主である少女は、この場にいる全員を順繰りに見た。何を投げかけられようともすべてを受け止める覚悟を持った黒瞳に菊理は当事者の一人として向き合う。

 巻き込んだ責を重く抱く瞳に対して、菊理は当事者でありながら部外者。


「私は真白さんに招かれたわけではあありません。だから、責める気はありません」


 MaveRickの一員として真白が始めた改変ゲームに参加した。この世界に来た時点で菊理は真白の力の影響下にある。そういう意味で当事者。

 しかし、菊理がこの夢世界に来ることとなったのに真白は関係ない。

 おそらく夢で見た白い存在が関わっているのだとは思う。翠の世界を蒼い存在が壊そうとしているなんて話をしていたような気がする。クラウンと話をするまで忘れていたことだが。


 ともあれ、菊理は真白を捌く立場ではないことを示して、他の人に判断を譲る。

 この世界を菊理の役目は見守ることなのだと思う。


「うちも……しろを責める気はあらへんよ。しろのお陰でうちはMaveRickっちゅう居場所を手に入れられた。むしろ感謝したいくらいや」


 猫の次に真白と長い付き合いである蛇は晴れやかな顔を真白に向けた。

 重さをまとう真白の表情に対して蛇の語調は軽い。眠る五和を一瞥した蛇は意思の籠った強い瞳を真白へ向けた。口元は綻んでいる。


「お姉ちゃんと向き合う勇気を持てた。ありがとお」


 真白が見たいものを見るために作られた世界でも、そのためだけにあったわけではない。

 真白は招いて、与えて、示して、結局のところそれだけしかしていないのだ。


 ここにあったのは自分と向き合い、自分で考えて、自分の歩いて行く生き方だ。他者が歪に介入しない世界でこそ、見つけられる答えもある。

 真白はマイナスなことをしなかった。答えを見つけられた人にとってはプラスでしかないのだ、この世界は。


「お姉さんも真白ちゃんに感謝している。貴方の手を取ってよかった。ありがとう以外言うことはないわ」


 穏やかな表情で先生がそう言って、場の発言権は俯く少女へ与えられる。

 オレンジ色のツナギを着た、中学生くらいの少女。初めて会ったときはもっと元気いっぱいだったのに、聞こえてくる音も重く暗い者だ。罪の意識に苛まれ、雁字搦めになっている。


「俺に……あんたを責める資格なんてねぇよ」


「その罪も私がここに招かなかったら負うこともなかったんだよ?」


「バカにすんじゃねぇ!! 自分がやったことを他人のせいにするほど、俺はガキじゃねえんだよ!」


 吠える火吹に真白はわずかに目を見開く。微細な表情変化など気にも留めず、火吹は強く地面を踏んだ。

 苛立ちをそのままに足踏みに落とし、つり上がった目で真白を睨みつける。


「力を求めたのは俺だ! あんたがいなかったら俺は……負け犬だって腐ってるだけだった!」


 小柄な身体は決して小さくはなく、全霊を注いで真白と対峙する。

 己の罪に苛まれながらも、強く真っ直ぐとした瞳が射抜く。


「大体、あんたは忠告してくれてたろ。それを無視して……ぁ、あんなことを……」


「それも案外悪くないかもしれませんよっ」


 強く己を責める音を聞いて、居ても立っても居られなくなったのだ。

 自罰的な音は悲しい。けれど、見方を変えれば、訊き方を変えれば、印象も変わってくる。

 会話に水を差され、突き刺すような視線は意に介さず、菊理は口を開く。


「してしまったことは消えません。でも、次から気をつけることはできます。間違いは次に繋ぐためにあるんだと私はそう思います」


「そんなキレー事で自分を許せるわけねえだろ」


「許す必要がありますか?」


 無垢な問いかけに火吹は音を立てて息を呑んだ。その反応すら菊理には不思議なものだ。


「許せないと思う心があるから、次に繋げられるんじゃないですか?」


 音は重なり合ってこそ、美しいメロディーになる。様々な経験を経て、積み重なった感情がそれを作っていく。無駄な感情も音も一つとして存在しないのだ。


「なら、私たちとも次に繋ぐ話をしましょう」


 ヒール音とともに投げかけられる高い声。視線を向ければ、美しい女性が立っていた。

 白いセーターワンピースをまとう白黒髪の人物。特徴的な髪形が印象的な彼女の名前は佐汰ルシー。〈不明(レムレース)〉のリーダーだ。


 規則正しくヒール音を鳴らすルシーは残りの当事者を引き連れて校庭の土を踏んだ。

 この場に揃っていないのは、彼女の仲間である実赤と千巫、ハローワーカーの流琵くらいか。

 その三人の音はもうこの世界にはない。きっと現実世界に戻ったのだろう。


「小雛さんっ。無事でよかったですっ」


「うん。心配かけてごめんね」


 ルシーの後ろに続く人の中から、小雛の姿を見つけ出して声をかける。

 小雛が行方不明となってからずっと会えていなかったので、姿を見ることができて安心した。それまで小雛はずっと眠っていたので、思えば話をするのも本当に久しぶりだ。

 こんな状況でもなければ、もっとたくさんお話していただろう。


「すっきりした顔してるわね、真白。見たいものは見られたってところかしら。Congratulations」


「そうだね。灯台下暗しって感じだったけど」


 照れたように言う真白と彼女に寄り添う猫。二人を順繰りに見た、ルシーもまた口元を緩めた。


「それで話っちゅうのは?」


「あ、そうだったわね。詩折ちゃん、この子たちにはどこまで?」


「察している方もいらっしゃるようですが、私の方からは何もお話ししていません」


 ルシーの問いかけに答えるのは知的な印象の少女だ。身に纏う緑のエプロンのポケットに収まった黒猫のぬいぐるみが彼女の印象を変えている。その隣に立っているのは中性的な女性。


 真白が『蒼』と称した丞院詩折と、『銀』と称した南雲璃尤。

 おそらく主たる真白よりも事情を知っているであろう二人は場にいる者たちを代表するように一歩前に出た。


「この世界は現実世界ではありません。水瀬真白が見ている夢の中です」


「はあ⁉ なにふざけたこと言ってんだよ。んなわけ……」


 知らなかったら当然驚くだろう。反射で声を上げた火吹はしんと静まり返った場の空気に泊れ、口を閉じる。この場にいるほとんどが否定どころか、驚きもしないところを見て、息を漏らした。


「マジかよ……」


「すぐに吞み込むんは難しいけど、自分らの反応を見る限りホンマなんやろな」


 最早、少人数となった知らない側、火吹と蛇が素直な声を零した。

 同じく知らない側である猫は目を丸くして真白の方を見た。真白は誰の肯定よりも頼もしく頷いた。


「私はこの夢世界を閉じ、みなさんを現実世界に戻すためにこちらに来ました」


「自分も途中から手伝わせてもらっていてね。目下、一番の難所は水瀬真白の説得だったわけだが、それはうちの新人とエースが上手いことやってくれたみたいだね」


 璃尤の目が向けられ、きょとんと見返す。新人というのはもしかして菊理のことだろうか。

 説得なんて大層なことをした覚えはないので少し照れる。


「戻すために来たってことはその方法も用意してるってことでいいのかな」


「はい。すでに数金さん、千逆さん、誘木さんは現実世界に送らせていただきました」


「当然、この世界の主である君が帰すのが一番円滑だろうがね」


 璃尤の言葉に真白は苦い顔を見せる。「それはそうなんだけど」と言葉を濁しながら続ける。


「……私も招いた人たちを帰す方法は準備してある。ただイレギュラーを含んだ今の状態でも問題なく機能するか自信はないかな」


 包み隠さず白状した真白に対して詩折は沈黙を守って考え込む。璃悠は詩折の判断を尊重する気のようで、その口が再び開かれることをただ待っている。

 イレギュラー、それは真白の意思とは関係なく、夢世界を訪れた三人のことを指す。


 蒼色の助けにより訪れた詩折、銀色に誘われて訪れた璃尤、白色に導かれて訪れた菊理。この三人だ。

 本来、来るはずがなかった人が現れて、世界が乱れている。音としてそれを実感する菊理は自身が原因の一端を担っていることに申し訳なさを覚えた。


「あのっ、私できることがあればお手伝いしますっ。私の耳には世界の音が聞こえています。きっと何かのお役に立てると思いますっ」


「世界の音、ですか。具体的には?」


「えっ、ええと……うーんと、今はさらさらふわーって感じで、たららららーんって感じですっ」


「……なるほど、よく分かりました」


 聞こえる音を説明するなんて初めてでびっくりした。

 感覚的に捉えているものを言葉にするのはすっごく難しい。なんとか伝わってよかった。


「本当にあれで分かったのかい?」


「我が神の力に死角はありません」


「流石、知識の神……なのかな」


 交わされる二人の会話に首を傾げる。何か問題でもあっただろうか。

 難しいなりにも上手く伝えられたと思っていただけに疑問が浮かぶ。


「この世界の歪みを私と鼓田さんで把握した上で、水瀬さんを補佐します。これで問題なく、みなさんを元の世界を帰せるでしょう」


「補佐ですか。上手くできるか心配です……」


「でしたら、璃尤さんにサポートをお願いしましょう。できますね?」


「仲間外れかと思ったら、自分にも役目があるようだ。応用も応用だが頑張るさ」


 璃尤が力を貸してくれるならとても頼もしい。これならできそうだ、とぎゅっと拳を握り締める。

 方針が決まって話は終わりかと思いきや、「それともう一つ」と詩折は言葉を続けた。


 詩折のエプロンのポケットに収まる黒猫のぬいぐるみを撫でている。とても大切なものなのだと音が伝えてくれる。

 あのぬいぐるみからはいつも不思議な音が聞こえていて、それがきっと詩折を変えているものなのだろうと思う。詳しくは知らない菊理でも、信じられると強く思える優しくて温かい音。


「本来であれば、目覚めると同時にここでのことはすべて消えてしまします。力も記憶もすべて」


 詩折の言葉は菊理たち、先に学校に来ていたメンバーの方に向けられている。後から来たメンバーはすでにこの話を聞いているのだろう。


「ですが、我が神の計らいにより、力と記憶のどちらかであれば、残すことが可能となりました。現実世界に戻る前にどちらを望むかお聞かせください」


「と言っても、残りのメンバーで対象になっているのはくー様と先生と消防士ちゃんくらいのものだがね」


 真白と菊理の力は創造神と名乗る人物から与えられたものだ。現実世界に戻ったところで失われることはない。

 名前のあがっていない三人については、


「蛇の力は元々備わっていたものだし、琥珀と五和には力を与えていないからね」


 この世界に招かれた人たちは真白の改変の力によって異能を与えられている。しかし、琥珀については敢えて、五和は本人の希望で力を与えていなかったという。

 失われる力がない者には最初から『記憶』という選択肢しか存在しない。


「私はどちらにも執着はないけれど、強いて言うなら記憶かしらね。なんであれ、経験は縁起の肥やしになるもの。私は記憶を所望するわ」


「この力は私に自信を与えてくれた。初めて誰かのためになれる私を見つけられたの」


 即決したクラウンに対して、先生は迷いを瞳に映し出す。

 異能は本人の望むものに合わせて作られたもの。そう簡単に手放すことはできないだろう。

 かと言って、仲間たちと過ごした時間すべてを捨てられるかと聞かれても答えられない。

 迷いを強く映し出しながらも、先生は意に決したように続きを音にする。


「でも、今の私には必要ないものよ。今は力がなくても自分に自信が持てるようになった。だから私は記憶の方を取るわ」


 二人は己の指針に従って答えを出した。


 残る火吹は答えを決めきれずにいるようだった。己の犯した過ちが引っ掛かっているのだろう。

 それはきっと忘れたい記憶。しかし罪を犯した力を取ることもできない。

 忘れてしまえば、また同じことをしてしまう可能性を恐れているのだ。


「……あたしは記憶を選んだよ。ここでの記憶はあたしの成長だから。辛いことも、情けないと思うことも……忘れたいことだって力になると思うから」


 ここに来るまで何かあったのか、〈不明(レムレース)〉の少女、眞伊花芳が声をあげた。

 火吹に起こったことを知らないなりの力強さで火吹へ投げかける。


「そうだね。忘れないということは繋がり続けることだ。君が忘れていないのであれば、僕たちが支えることもできる。それを踏まえて考えてみたらどうだい?」


 花芳支える形で同じく〈不明(レムレース)〉のメンバーである衣兎が言葉を重ねる。

 どちらも優しい人なのが音で伝わってくる。違う組織のメンバーのことを心から心配していて、力になりたいと考えている。その優しさに感化されるように火吹の唇が震える。


「俺は……記憶を、選ぶ」


 苦心したのが伝わる音で火吹はそう言った。


「力よりも間違ったことに向き合える俺でいたいと思うから」


 そこにあるのは強さだった。可能性を秘めた人間が持つ特有の力だ。

 可能性の中に菊理は一つやりたいことを見つけた。そうなったらいいと希望が見つかった。

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