46「眞伊花芳の場合」
なんでこんなことになったのか、いくら考えても答えは出ない。
花芳は考えるのが苦手だ。それが悲しいことならば、余計に。
薄茶色の瞳には、暴走した友人の力と戦う家族の姿が映し出されている。
友人と家族。この二つを天秤にかけたとき、花芳は家族の方を取ると思う。
けれど、それは友人よりも家族の方が大事という話ではない。花芳にとってはどちらも同じくらい大事なものだ。天秤にかけなければならない状況であっても、出来得る限り諦めずに考えたい。
そんな夢見がちで、頭の悪い考えが今の状況を作り出しているのだ。
「ぅ……くっ」
「……衣兎ちゃん」
友達と戦えないと主張した花芳の代わりに、体調不良の身体を押して戦ってくれている衣兎。
その表情が苦痛で歪み、胸を押さえて蹲る。荒い呼吸を繰り返す唇がたどたどしく紡ぐ言葉は迫り来る人形を眠りにつかせる。
どんなに苦痛に苛まれても、瞳から戦意を消さず、静かな光を宿して人形を見つめている。
衣兎は優しいから、自分よりも他人を、花芳たちのことを優先してくれる。
そこまで分かっていながら、花芳は何もできずに立ち尽くしているだけ。
こんなとき大好きなアニメの主人公だったら、こんな情けない姿を晒すことはなかったのだろう。
大好きな木苺みのりなら、戦う仲間をただ見ているだけなんてこと、絶対にしない。
気弱だけど仲間想いで強い彼女が大好きで、彼女のようになりたくてコスプレまでしているというのに。
諦めたくないなんて言って迷って、何もできないでいる自分が嫌いだ。
「そこが花芳の良いところだよ。ゆっくり考えたらいい。急ぐ必要なんてない」
「諦めないができるのは才能よ。それは慈しむべきもの」
周りの優しさにただ甘えているだけだなんて花芳のなりたいものとは程遠い。
落とした視線に美しい緑の輝きが映る。イチゴを模した石が嵌め込まれた魔法のステッキ。
憧れて、夢に見て、姿形だけを真似ても近付けない。その癖、いつだって諦めばかり悪い。
何も実現しない諦めの悪さだけが花芳の持っているものだ。
魔法少女になりたい。キラキラしていて、かっこよくて、可愛い服着て。
同じ夢を抱いたことのある人は決して少なくないだろう。テレビに映る可愛らしくて強い少女の姿に憧れて、そうなりたいと幼い少女たちは夢に見る。
憧憬を注ぐ世界は偽物だったのだとやがて気付き、少女たちは大人に近付いていく。
大人になれば、みんな魔法少女になりたいという夢を忘れ、捨てる。それが当たり前。
花芳は諦められなかった。小学生になって、中学生になって、高校生になって、それでも諦められなかった。
同年代の子たちが年相応の夢を見つけていく中、花芳だけ同じ場所に立ち止まったまま。
どうしたら魔法少女になれるのか馬鹿みたいに考えて、「魔法少女 なり方」なんて検索して。
出てくるのは抽象的なものや、アニメの話、果ては呪術なんてものばかり。参考になるものは何一つなくて、最終的に辿り着いたのがコスプレだった。
何一つなくて、最終的に辿り着いたのがコスプレだった。
幼い頃、ハマっていた作品の衣装をインターネットで見つけたのが始まり。
同じ衣装に身を包めば、少し近付けた気がして、その感覚に酔いしれた。
裁縫が好きだったから、自分でも衣装を作るようになった。
コスプレは好きだ。大好きな魔法少女と同じ格好をしていると一時でも魔法少女になれた気がするから。
けれども、コスプレは花芳の夢とは根本が違う。
花芳は魔法少女アニメに登場するキャラクターになりたいのではない。花芳が魔法少女になりたいのだ。
飽くまでコスプレは趣味の一環に過ぎない。夢を叶えるまでの寄り道だ。
他の子の衣装を見て、実際に作りながら、自分が魔法少女になったときの姿を夢想する。
私服も自作して、日常的に魔法少女である自分に浸った。
そうやって日々が過ぎていった。諦めの悪さだけで幼い夢を願い、大人になっていく現実から目を逸らす。少女でいられる時間が瞬く間に流れていっても、ずっと、ずっと。
「あたしはもう魔法少女にはなれないのかな」
年月とは残酷なものだ。諦められない気持ちはずっとあるのに致命的に叶わないところまで来てしまった。少女とは言えない年齢になれば、もう魔法“少女”にはなれない。
もう諦めよう。花芳は大人になるべきだ。現実を見るべきだ。
「――私はそうは思わないよ」
不意に投げかけられた声は年下の少女のものだ。
この町にある女子校のセーラー服をまとった特徴らしい特徴を持たない少女。向けられるのは邪気のない綺麗な笑顔だ。
突然話しかけられたことを簡単に受け入れられてしまう、不思議な力が彼女にはあった。
彼女の言葉には力がある。一言聞いただけでも花芳はなんとなくそう思った。
「貴方が諦めないと言うのなら、本気でそれを目指すのなら、可能性はまだある。消えてないよ」
綺麗な笑顔のまま、少女は手を差し出した。その手が彼女の言う可能性を示しているように思えて、無意識に伸ばした手で触れた。
静電気のようなものが指先から全身へと走り、驚いて手を引っ込める。
「諦めが悪いってのも一つの才能だと私は思うよ。主人公は諦めが悪いから物語を最後まで繋げられるんだよ。そのお陰でハッピーエンドがあるんだって思う」
花芳が大嫌いな、自分の諦めの悪さを彼女はそう称賛した。
美しく整えられた笑顔に、悲しみと期待を混ぜて。
「その諦めの悪さで導いて、貴方が望むハッピーエンドに」
ハッピーエンド。花芳が望むハッピーエンド。
それは大切な人たち、みんなが笑って迎えられる最終回。それだけだ。
大事な家族と友人が戦っている今の状況は花芳が望むハッピーエンドには程遠い。
ならば、どうしたらいいのか。俯く薄茶の瞳に影の染まった地面が映し出される。
波打つ影はきっと小雛の嘆きだ。目の前で大切な仲間が倒れて、その絶望感に苛まれている。
「衣兎ちゃん……ルシーちゃんっ⁉」
表情を装うこともできないほど限界に近い衣兎。そんな衣兎と迷って何もできないでいる花芳を庇いながら戦うルシー。とても強いルシーではあるが、人間である以上体力の限界はある。
相手は影から次々と現れる人形。流石のルシーもジリ貧だ。
悪魔の力で身体能力を向上させたルシーの動きは少しずつ鈍くなっている。
「衣兎……っ」
高い声が焦りをまとって家族の名を呼び、鋭い爪が種を切り裂く。
赤いドレスの人形が放ったものだ。MaveRickの人間を模した人形は本人と同等レベルの力を持っている。
それがまた厄介なのだ、と向けた視線に白い影が過ぎる。
影の上を滑る白は花芳の傍で止まる。土で汚れた白いセーターワンピースに滲む赤の意味を理解して見開かれる薄茶の瞳。
「ちょっと重いの食らっちゃったわね」
血で汚れた唇を微笑みに変え、ルシーは迫り来る白いシャツの人形を蹴り飛ばす。
破片を散らしながら飛んでいく人形を見届け、乱れた呼吸を整える。
それを花芳は見ている。ステッキを握る手を強める。
「痛いのは嫌だよ。苦しいのは嫌だ。辛いのも、悲しいのも全部嫌なんだよ」
望むのはハッピーエンド。求めるのはハッピーエンド。
MaveRickの三人は倒れて動かない。衣兎は呪いに侵され、ルシーも怪我だらけ。
今、まともに動けるのは花芳だけ。ハッピーエンドに導けるのは花芳だけ。
「怖いけど、あたしは決めたんだよ。止められるのがあたしだけなら、あたしが戦う」
握りしめたステッキを、祈るように頭上へと掲げる。
イチゴを模した緑色が強く発光する。目を焼くのではなく、包み込む温かな光が公園全体に広がっていく。
公園の地面を染め上げた影を照らし出し、浄化する。
「あたしがなりたいのは最後までみんなと守るために戦う、強くて優しくて魔法少女なんだよ」
家族と友人、どっちも守りたいし助けたい。でも、それだけじゃ満足できない。
優しい人たち、みんなが幸せになれる道を作りたいと思うのだ。
「……みのりちゃんが言ってたんだよ。緑は世界を癒し、救う優しい色なんだって」
淡く広がる光は悲しい影を呑み込み、この場にいる者たちを癒す。
傷を癒し、呪いを浄化し、心を抱きしめる優しい優しい光。
花芳の使う魔法は『魔法少女ミラクルベリー』の登場人物である木苺みのりの力を模倣したものだ。
いや、模倣していたと言うべきだろうか。魔法少女の力は願いでもできている。
この魔法は花芳の願いに応えた、花芳オリジナルの魔法だ。
「魔法は優しい人たちのためにあるものなんだよ。そこに敵か、味方かなんて関係ないっ」
苦痛に彩られていた衣兎の表情が穏やかなものに戻る。白いセーターワンピースを汚していた赤は解けて消えた。
そして――倒れ伏していたMaveRickのメンバーも目が覚めたようで、ゆっくりとその身を起こした。状況を理解できず、見回す三種の瞳。
そのうちの一つ、ターコイズの瞳と目が合い、花芳はにこりと笑った。
「あたしは仲良くなれると思うんだよ」
紡いだ言葉が願いの続き。まだ状況を理解できていない瞳にさらに言葉を重ねようとして足音に止める。
〈不明〉の三人。MaveRickの三人。その均衡を崩すように一人の少女が公園の地を踏む。
緑色のエプロンを身に纏った知的な印象の少女。第三勢力、ハローワーカーの丞院詩折。
「上手く治まったようですね。私が出る幕はなかったようで安心しました」
「いつもいつも、いいタイミングで現れますわね。狙っているんじゃありませんの」
「否定はしません」
現れた詩折へ、敵意満載で問いかけるのは目覚めばかりのロゼだ。
感情をそのまま全身に表すロゼに対する詩折は静を体現するように答えた。
まさか肯定されるとは思っていなかったらしいロゼは返す言葉に迷って口をパクパクさせる。
「導くためには状況を把握しておく必要がありますので」
「それは自分が今の状況を作ったという解釈でいいかしら。ハローワーカーの情報屋ちゃん?」
端的な説明に噛みつくのはルシーだ。
いつもはもっと理性的な態度を見せているはずのルシー。実赤と千巫の行方が知れず、苛立ちがかなり募っているのが見て取れた。話すことよりも戦闘を優先させていたのもその表れ。
「今の状況が何を指すのか、判断できないのでお答えしかねます」
「あら、じゃあ分かりやすく聞きましょうか。実赤ちゃんと千巫ちゃん、私のfamilyを隠したのは貴方?」
「それなら私です――」
間を与えない肯定へ、間を与えず鋭い爪が走った。
突然の攻撃にも動揺することなく、詩折は首を傾げるだけで避けてみせる。
反応がいいというより、攻撃が来ることを知っていたような動きだった。
そこに怪しさを感じたのだろう。ルシーは鋭い視線で詩折を射抜く。
「ルシーちゃんっ」
水色の瞳に宿る戦意を気付き、花芳は袖を引いて止める。
「話を聞こう? 話せるならそれが一番だよ」
「花芳の言う通りだ。ルシー、落ち着きたまえ」
家族二人からの訴えに丸くなる水色の瞳に理性が宿り、軟化する。
苛立ちの炎が鎮静化し、ルシーらしい冷静さが久しぶりに顔を覗かせた。
「二人の言う通りね。謝るわ。Sorry。貴方がちゃんと話してくれているうちは何もしない。I swear」
「わたくしも、そろそろ貴方の隠し事が知りたいですわね。龍とこそこそ何をしているのか、薄情なさい」
ルシーとロゼ、二対の厳しい目を真っ向から受けながら、詩折は小さく頷いた。
表情を変えず、その手はポケットに収まる黒猫のぬいぐるみに触れている。
「はい、お話ししましょう。この世界の仕組み、私の知っているすべてを」
「いいのかい?」
「隠しておくべき段階は過ぎました。あの方の許可も頂いているので問題はありません」
花色の瞳が場にいるメンバーを順繰りに見る。各々の感情を宿した瞳を一つ一つ見て、詩折は口を開く。
妙な緊張感が場を支配する中、意に介さない態度で詩折の口は開かれる。
「この世界は水瀬真白が見ている夢世界です。私はこの夢を閉じるため、とある方に派遣されて来ました。璃尤さんには途中から協力していただいています」
澱みなく並べられる言葉は驚きと混乱を生み出すもので、動揺が広がる。
想像すらしていなかった話を花芳が時間をかけて咀嚼している間に、詩折はさらに言葉を重ねる。
「千逆実赤さんと誘木千巫さんについてですが」
行方不明となっている家族の名前を出され、ルシーの眼光がまた鋭くなる。
攻撃を仕掛けるんじゃないか、とハラハラしながら見守る花芳。一先ず、話を聞く姿勢を見せているルシーに胸を撫で下ろしつつ、気が抜けない気分だ。
「本人からの了承を得て、現実世界へ戻しました。無事であることは保証します」
「よく知らない人間の言葉を素直に信じる気はなれないけれど、今は信用してあげるわ。ここは夢世界と言う話にも心当たりがないわけでもないから」
そうして話される、この世界の真実。
淡々と、情の宿らない語調で世界を形作る夢が暴かれていく。




