表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/53

4「MaveRickの歴史」

 メンバーへの挨拶を済ませた菊理に与えられたのは自由時間だ。

 任務があるとき以外は好きに過ごして構わない、と言われた。組織内のルールも、先に言われていた『互いの素性を詮索しないこと』くらいのもので自由度はかなり高いと言える。


「下手にルールを設けて縛るんはうちの方針に反するからな。菊理もここでは自由にしてくれたらええよ」


 というのが蛇から言われたことだ。


 自由に、と言われても、したいことも特に思い浮かばずに悩んでいた菊理はロゼに言われて、共有スペースにあるソファに腰かけている。ベッドと同じくらいふかふかだ。

 こんなに弾む椅子がこの世にあるのか、と感動していたら、ロゼに呆れられてしまった。


 共有スペースに残っているのはロゼと小雛と璃尤、それに菊理を加えた四人だ。他のメンバーはすることがあるとかで各々どこかへ行ってしまった。


「貴方、かなりの世間知らずですのね」


「小さいときからずっと研究所にいたので。ここに来てから初めてをいっぱい経験できて楽しいですっ」


「そう……。わたくしは先輩ですから、好きなだけ頼ってくれてかまいませんわよ」


 胸に手を当てて、得意げな表情を見せるロゼ。研究所の外を知っているという意味でも、MaveRickのメンバーとしてもロゼは先輩だ。頼もしいという思いで輝かせる目をロゼへと向ける。

 しかしながらソファにもたれる形で立っている璃尤の受け取り方は違うようで、含み笑いをしている。


「初めての後輩に張り切るのは構わないが、羽目を外し過ぎないようにね」


「貴方に言われなくても分かっていますわ。無用の心配ですわよ!」


 煩わしいとでも言うようにロゼは璃尤を睨みつける。

 璃尤は心からロゼを心配していて、苛立つロゼも表面に見ているほど怒ってはいない。耳で拾い上げた心根と見えている態度は違って少し混乱する。


「初任務から大活躍だったわたくしに任せれば間違いありませんのよ」


「おや? 先走ってリーダーにこっぴどく怒られていたと自分は記憶しているけれど、勘違いだったかな? それなら謝罪しよう」


「ぅうううるさいですわっ。少し黙っていてくれませんこと?」


 目の前で繰り広げられる言い合いの対処法が分からない菊理は見つめるばかり。

 助けを求めるように横の小雛を見れば、口元を微かに綻ばせている。


「ロゼちゃんと龍のお姉ちゃんはいつもこんな感じ。見てると楽しいよ……?」


 この二人の言い合いはあまり気にしなくていいということだろうか。

 感情のままに詰め寄るロゼとのらりくらり躱す璃尤。確かに傍から見ていて面白い。

 年が近いからロゼと小雛は一緒にいることが多いらしい。きっとこのやりとりも馴染むくらい何度も見てきたのだろう。


「っとにかく、ここは自分らしくいられる場所ですの。貴方にとってもいい場所となるに違いありませんわ」


 璃尤を視線から外して菊理に向き直ったロゼは誇るようにそう言った。

 それだけで分かる。きっとこのMaveRickという場所はロゼにとってとても大切な場所なのだと。


 菊理にとっても同じであることを願い、期待している声音だった。

 想いがこもった音は菊理の胸をも温かくする。ぽかぽかとして心地がいい。


「自分らしくいられる場所、ですか」


「MaveRickは英語で異端者という意味なんだ。異端者――周囲に馴染めなかった者の居場所としてこの組織は作られたそうだよ」


「ありのままでいられる、と。そう言われてわたしくはMaveRickに入ったんですのよ」


 居場所なき者たちの居場所。それがMaveRickなのだという。


 それを聞いて、菊理の胸に「なるほど」と納得が落ちた。

 寂しそうで頼りなさげな空気。実験体として連れてこられた子たちと同じものをまといながら、どこか違うと感じた理由が今分かった。求めていた拠り所を得られた安心感が彼女たちを支えているのだ。


「あの言葉を信じてよかったですわ」


「ん……ボクも、お姉ちゃんたちに見つけてもらえてよかった。ここ、好き」


 ほんのり頬を赤くした小雛が口元を綻ばせる。不器用さのある表情は精巧な顔を花咲かせる。

 人形めいた顔立ちに人間味が宿り。愛らしさを際立たせる。


「雛とアンネは任務中に保護したんだ。そういう意味では菊理と同じ、と言えるだろうね」


「みんないなくなって、ひとりぼっちのときに猫のお姉ちゃんと蛇のお姉ちゃんが来てくれたの」


「依頼を受けて言った孤児院に雛はいたんだ」


 その依頼というのが、今から五年前に閉鎖された孤児院の調査だったらしい。無人のはずなのに人影があるとか、異臭がするとかでMaveRickへ依頼が来たのだという。

 本来なら警察や自治体に頼るところだが、その孤児院は水瀬家が経営するものだった。公的な機関は役に立たず、MaveRickにお鉢が回ってくる形となった。


「じゃあ、雛さんはずっと独りだったんですか?」


 こくり、と小雛は表情乏しく頷いた。

 いつからか、までは分からない。けれど、短くない時間独りきりで、何を思いながら過ごしてきたのだろう。


 菊理も独りきりだったときがある。といっても長くでも精々一ヵ月くらいなもので、新しい実験体が来るという確証がある上での独りだった。小雛が味わった孤独には到底及ばず、菊理には想像すらできない。


 今の小雛に寂しさの欠片はなく、堪らない思いでその手に触れた。温かい手は大丈夫だと告げているみたいだ。


「すごく、さみしかった。でも、今はみんながいるから……」


 たどたどしく言葉を紡ぐ小雛をなんだか無性に撫でたくなった。

 見れば、璃尤もロゼも温かな視線を小雛へと注いでいる。周囲から愛を受けて寂しい心が満たせているのならいいなと思う。


「アンネは彼女を作った博士の依頼で保護したんだ。あのときは大変だったよ。何せ、今と違ってまともに戦えるのが三人しかいなかったからね」


 ロゼと小雛がMaveRickに入る前の話らしい。璃尤と先生という非戦闘員を除いた三人がアンネのいた施設に潜入したのだという。


「完全武装した男たちを三人だけで無力化したという奴ですわね」


「あの頃はその手の話に事欠かないよ。三人だった分、まだマシとも言えるかもね」


「本当に化け物みたいな方たちですわね」


「当然さ。そこそこの時間、戦闘員がいない状態を三人で切り抜けて来たんだ。もっとも、リーダーは一緒にするなと文句を言うだろうが」


 小雛とロゼがMaveRickに入ったのはおよそ半年前。アンネはそれより数ヵ月前に入ったらしい。

 MaveRickは案外歴史が浅く、設立されてまだ三年足らず。その中で一年以上もの間、戦闘が必要な任務は話題に上った三人、猫と蛇とクラウンが担当していたのだという。


「実は自分もその頃に詳しく知らないんだ。自分が入ったの五番目、他のメンバーは先に組織にいたからね」


「せんせのことなら少し知ってる、よ。力になりたくて入ったって言ってた」


 話せることがあって嬉しいのか、小雛の表情は誇らしげだ。

 最初見たときは人形めいた印象を受けたが、小雛の表情は案外ころころ変わる。控えめな表情変化はいじらしく可愛らしさを際立てる。


 一方、ロゼは例のごとく璃尤の態度が気に入らないらしく、その目をつり上げている。

 その理由を菊理が問いかける必要はなく、


「なに、すべてを話した、みたいな空気を出しているんですの!? 人のことをぺらぺら話しておいて、自分のことを話さず終わらせはしませんわよ」


「うちでは詮索はご法度だよ」


「っそ、そうですけれど、貴方に言われると腹立ちますわね。まあ? 言いたくないのであれば、わたくしも無理に聞く気はありませんわよ」


 聞かれたくないことは誰にでもある。それはロゼも同じだと聞き分けの良さを見せて主張する。


「自分に聞かれて困るものはないよ。気遣う必要はない。単に言い忘れていただけさ」


 表情一つ変えず、答える璃尤にロゼは口をぱくぱくさせて応える。込み上げる感情は一つとして言葉にはならず、息ともつかない声を漏らすばかりだ。

 怒りの頂点にのぼって、肝心の言葉が形にならないようだ。


「自分がMaveRickに入ったのは興味が湧いたからさ。噂を聞いて好奇心を擽られた。面白そうだと思ったんだ。みんなと違って高尚な理由はない。期待させてしまっていたら申し訳ないね」


「んーん、ボクは龍のお姉ちゃんがいてくれてうれしい」


「私もですっ。興味を持ってくれてありがとうございます」


「そう言ってくれると嬉しいよ。自分も君たちと会えたことは喜ばしいと思っている」


 ロゼを置いてけぼりにほわほわな空気が展開される。

 まだ一日も経っていないけれど、菊理は璃尤を好ましいと思っている。もっと仲良くなりたいと思っていて、それが璃尤が興味を持たなかったら生まれないと考えると寂しくなる。


 出会えたことが嬉しくて、それが一番で、そこに立派な理由は必要ないと胸を張って言える。

 空気に取り残されたロゼも、「わた、わたくしも……」ともごもご口を動かしている。なんだかんだ言いつつ、ロゼも璃尤を好いているのだ。


「あの、ロゼさんが一番新しい人なら一番古い人はなんですか? やっぱり蛇さんですか?」


 リーダーと呼ばれているくらいだから、きっと一番古株なのだろう。MaveRickを作ったのも蛇なのかもしれない。


「最古参は猫とリーダーだね」


「猫のお姉ちゃんがNo.1で蛇のお姉ちゃんNo.2なの。ボクはNo.7だよ」


 入った順番にナンバーが振り分けられているらしい。そこは研究所と一緒だ。

 璃尤はNo.5、ロゼはNo.8。菊理はその次のNo.9だ。


「蛇さんじゃなくて猫さんが一番なんですか?」


「ナンバーが割り当てられているなんて言っても意味はありませんもの。適当に決めたのではなくて? あの二人がMaveRickを作ったのですもの。一か二かなんて誤差ですわ」


「正確に言うなら三人だが」


 付け加えられた璃尤の言葉に首を傾げる。

 先程、璃尤は「最古参は猫と蛇」と言っていた。それでは人数が合わない。

 菊理が知らない隠されたメンバーでもいるんだろうか。聞くべきか迷って、眉間に皺を寄せる。


「MaveRickを作ったのは猫と蛇にもう一人いるんだ。行方不明になっていて、自分たちも会ったことがないどころか、人物像も詳しく知らない」


 表情を見た璃尤が補足説明をしてくれた。三人の意味は理解できても、より誰が深まった。

 と同時に聞こえた足音に振り返る。限りなく無音に近い足音は音もなく、扉を聞いた。

 他のみんなはそこでようやく来訪者に気付いたようだ。


「あら、いいところに来ましたわね、猫」


 暗い黄色の目がじっとこちらを見る。あのときと同じだ。

 違うのは彼女が猫耳のフードを被っていないこと。とはいえ、はねた短い髪が猫耳のようになっていて、シルエットに変化はない。

 纏う空気感は変わらず、一目で彼女が猫だと一目で分かった。


「誰?」


 感情なくこちらを見つめる猫は菊理を見咎めて首を傾げる。


「連れてきた張本人が何を言っているんですの? 昨日保護した実験体ですわよ」


「鼓田菊理ですっ。MaveRickのメンバーになりました。よろしくお願いします」


「よろしく。私は猫。コードネームは(キャット)


 表情と同じく感情の見えない声音は淡々と紡ぐ。忘れられていることへの怒りや悲しみ、寂しさすら浮かんでこないのが不思議だ。


「猫は何しに来たんだい?」


「蛇に来るように言われてたの思い出したから」


「それならとっくに終わりましたわ。菊理との顔合わせですわよ」


 ロゼに言われて猫はもう一度菊理を見た目が「ああ」と短く呟いた。

 どうやら猫はかなりマイペースな性格らしい。それを周囲が自然と受け入れてしまうような魅力を持ち合わせている。


「暇ならわたくしたちの話に付き合いなさいな」


「話?」


「ここの創設者について話していたんだ。残念ながら自分では情報量が足りない。猫が参加してくれれば、話が膨らむのは間違いないね」


 仄かな間があった。表に出さず、考え込むような間だけを作って、猫はロゼの隣に腰かけた。

 参加も拒否も返答はなく、読みづらいのみで返事は示された。慣れている他のメンバーはそれを参加と受け取り、菊理もそれに倣う。


「猫は知っているのでしょう? 三人目の創設者のこと」


「しろのこと?」


「ええ、おそらく。そのしろという方について語って聞かせてくださいな」


 好奇心を隠そうとしないロゼに猫は沈黙を落とす。

 表情変化はない。内容を吟味しているのか、話したくないことなのか、まったく読めない沈黙だ。

 声を聞けば、込められた感情をある程度読み取ることができるが、猫相手だとどうも難しい。


「しろは友達。……しろが言ったから、MaveRickを作った。蛇もしろが見つけてきた」


「おや、それは初耳だね。でもそうか……ふむ、少し興味が出てきたよ」


 知らない情報があったのか、璃尤の雰囲気が変わった。薄い微笑を浮かべた顔に冷たさを感じる。

 目覚めてからずっと傍で心を砕いてくれていた者の変化に魅せられる。

 薄かった璃尤の声に濃密な何かが含まれたような。


「どんな人だったの……?」


「しろは、普通の人。普通で不思議だった。いつも急に出てきて、急にいなくなる」


 読めない声音の中に感情の欠片を感じ取った。ささやか過ぎて菊理にはその正体までは分からない。

 他のメンバーも気付いていないようで、猫の感情の波は刹那のうちに消えた。


「今どこにいるか、知っているんですの?」


「知らない。もうずっと、会えていない」


 猫と蛇、創設者の二人以外はしろに会ったことがない。クラウンが入ったのは設立してから半年ほど経った頃だという。つまり少なくとも二年以上もの間、しろは行方を晦ましているのだ。

 友人の所在が知れないまま、短くない年月が過ぎている。表情が乏しくとも何も感じていないわけではなく、


「さみしい」


 ああ、と菊理は納得を胸に落とした。さっき刹那だけ見えた感情の波はこれだったのだ。

 菊理には友達がいたことがない。仲のいい実験体はいたが、友達とは少し違う。故に菊理には猫の気持ちが分からないが、それでも。


「会えるといいですね」


 菊理もしろという人物に会ってみたいと思うから。

 こくり、と頷いた猫は仄かに笑う。初めて見るかもしれない笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ