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翠の世界~the alteration game~  作者: 猫宮めめ


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30「仲間として」

 突然、拠点に現れたその人たちに菊理はとてもびっくりした。

 現れたのは三人の人物。そのうち、二人はMaveRickのメンバーなので、拠点を訪れること自体はそこまでおかしなことではない。


 菊理を驚かせた点は二つ。一つはMaveRickのメンバーではない人物が一緒にいたこと。もう一つは裏切り者だと断定された人物がいたことだ。


「裏切り者がお仲間を連れて一体何の用ですの?」


 赤いドレスの裾を揺らすロゼがその手に古銃を出現させる。

 アンティーク調の銃口は璃尤へ向けられ、その引き金には指がかけられている。怪しい動きを少しでも見せれば撃つ、言外にそう告げていた。

 警戒しているのは共にいる蛇も同じ。眼鏡の奥に潜む目は鋭く、来訪者を見つめている。


 元々、共有スペースでくつろいでいた菊理を含めた三人のうち、ロゼと蛇の二人が緊迫した空気を作り出す。菊理だけ、場違いに驚きと笑顔で来訪者を迎えていた。


「随分な歓迎だね。自分の今の立場を考えれば、無理もないかな」


「くだらないことを言っていないで、質問に答えてくださいまし。何しに来たんですの? 答えによっては撃ちますわよ」


「どちらかと言えば、ロゼの力は攻撃よりも拘束が主だろう? あまり脅しとして機能しているとは思えない発言だね」


「普通の弾も撃てますわよ!? 馬鹿にしないでくださいまし」


 仲間から銃口を向けられている状況でも璃尤は変わらずいつもの調子だ。

 それがロゼを苛つかせるようで、感情的に言葉を返す。今まで見てきたやりとりで、最近は見ることのなかったやりとりで、菊理は少し嬉しくなってしまった。


「まっ、待って。違うの。龍ちゃんは裏切り者じゃないわ」


 震えた声で二人の間に割って入るのは先生だ。

 先生相手に銃を向けることはできず、ロゼは困惑とともに銃口を下へ向ける。


 裏切り者の話を持ち出した張本人が、裏切り者の容疑がかかっている璃尤を庇う。混乱するのはよく分かる。菊理も同じだ。

 複雑さを感じる状況に驚きでいっぱいだ。この数日で心境の変化でもあったのだろうか。


「……龍、そちらさんの紹介してくれるんやろな?」


 同じ驚きを味わいながらも、蛇は冷静にそう問いかけた。MaveRickのリーダーとしての貫禄を乗せた声に先生がほっと息を吐く。璃尤も表情を和らげたように見えた。

 未だ警戒というより、怒りを滲ませるロゼも蛇もやり方を尊重するようだ。

 菊理は元より話を聞く気満々だったので、場が話をするために整ったと言えるだろう。


 それを確認したタイミングで、璃尤の影から少女が一歩前に出た。

 黒髪を几帳面に切り揃えた生真面目な印象の少女。菊理は拠点が襲われたときに会ったので知っている。

 ハローワーカーの本屋、璃尤が言っていた名前は詩折だ。


「私はハローワーカーの本屋、丞院詩折と言います。今回の事態について説明するため、私の方から同行を申し入れました」


「敵の言うことなんて信用できませんの。わたくしたちを騙すつもりなら――」


「ロゼ」


 蛇の短い呼びかけにロゼは口を噤む。それから罰が悪そうに目を逸らした。

 一瞥だけくれた蛇は改めて詩折を見る。値踏みの視線を向けて数秒、小さく息を吐いた。


「話は聞いたる。とりあえず座り」


「失礼します」


 礼儀正しく一礼したのち、詩折は示されたソファに腰を落ち着ける。


「MaveRickにいるという裏切り者は幻影です。少なくとも、ハローワーカーに協力している裏切り者はいません」


「って言われてもな……敵の言葉を簡単に信じるわけにもいかんやろ」


「道理ですね。では、こういう切り口はどうでしょう?」


 詩折の声は迷いがなく、澱みがない。会話する相手を真っ直ぐに見て、真っ直ぐ届ける。

 そんな声だ。正面から向かい合い、相手にもそうあるよう促す声。


 乱れのない声は彼女の人柄を表している。彼女はきっと良い人だ。

 嘘のない言葉を紡ぐ人。声だけでそれが伝わってくる。


「改変ゲームに勝利する。この一点において、璃尤さんと協力するメリットは私にはありません」


「拠点の場所を突き止められるだけで充分なメリットですわ。わたくしたちの能力や……素性だって知っていれば、有利に進められるのは間違いありませんの」


 璃尤はMaveRickで情報収集を担当している。全員の本名を知っているという話で、他にもいろいろ知っていると聞いた。

 菊理の知らなかった菊理の名前を教えてくれたのも璃尤。

 たくさんのことを知っているというのはそれだけでも充分すごい。


「私の能力については璃尤さんから聞いていると思いますが……」


「えと……いろんなことをいっぱい知っているんですよね?」


 頷く詩折はその手に蒼い本を召喚した。燐光を散らし、神秘的な空気をまとった本に思わず、魅入られる。以前見たことのあるその本こそ、詩折の能力なのだろう。


「そうです。情報収集において、この力の右に出る者はいないと自負しております」


「龍の力を頼る必要性はないっちゅうことか」


「もし協力者を選ぶ必要があるのなら戦闘力を見ます」


 迷いのない断言。声にも、瞳にも揺らぎがなく、反論を差し込む隙がない。

 間違ったことを言われても、彼女の言葉なら頷いてしまいそうだ。

 ぶれがないというのはそれだけでとっても強い。でも、そこに流されない人が一人。


「敵の言葉なんてどこまで信用できるか分かりませんの」


 ロゼもまたぶれない人なのだ。ずっと変わらず、警戒をまとった声を浴びせている。

 それでも一度蛇に怒られているので、それ以上口を挟む気はないらしい。

 疑っている事実を一石投じて場の流れを引き締める。


「自分の話は一先ず分かった。その上で璃尤と一緒にいた理由を教えてくれるんやろ」


 璃尤は裏切り者だと断定されたのは、詩折と一緒にいたのが原因だ。その理由が分からない限り、どんなに説明されても疑惑は消せない。


「彼女、詩折ちゃんは両親の知り合いの知り合いでね。その縁で仲良くなったんだ」


「拠点が襲撃されたときにはそんな素振り、見せていなかったではありませんの」


「あのときに初めて気がついたんだ。正直自信はなくてね、後で確認したんだよ」


 璃尤は嘘を言っていない。が、全てを話しているわけではないように思えた。

 でも、悪い感じもしないので、特に口を挟むこともなく聞くに徹する。


「今回の件はMaveRickを不和に導こうという第三者の意思が働いています」


「わたくしには貴方の意思のように思えますけれど」


「否定はしません。元々、私が立てていた計画でもありますから」


 意地悪なロゼの言葉にも真摯に答える詩折。さらに言葉を重ねようと開かれたロゼの口を蛇が一瞥だけで止める。

 そして赤縁眼鏡に潜む目と、銀縁眼鏡に潜む目が向かい合う。


「その、第三者ってのは?」


「――瑞月五和さんです」


 唱えられたのは人の名前だ。菊理は知らない、聞いたことのない名前だ。

 ただ他の人たちはそうではないようで、璃尤は表情を変えず、先生は思いつめたように視線を落とした。ロゼだけは菊理と同じで心当たりがないようで、首を傾げている。


 そんな中、一番大きな反応を見せたのは蛇だ。

 眼鏡に隠された暗い赤の目が大きく見開かれ、薄い唇から吐息が零れた。

 驚きよりも恐怖が含まれた吐息だ。見れば、見開かれた目も少し震えている。


「…っ……姉さんも六湊町に?」


「ええ。蛇ちゃんに会うために来たって言っていたわ」


「先生も会って……いや、先生に裏切り者の話を吹き込んだのが姉さんってことか」


 紡がれる蛇の声は複雑で、菊理の耳でも込められた感情のすべてを聞き分けられない。

 怖いけど、それでも切り捨てられない。奥底に愛情のようなものを感じる。

 含まれたたくさんの感情、そのどれにも菊理は興味がない。


「蛇さんにはお姉さんがいたんですね。びっくりです」


「まあ、な。あんま仲のええ姉妹っちゅうわけやないけど」


 渦巻く感情を抑えつけて、蛇は歪に笑う。MaveRickのリーダーであろうと努める姿だ。

 蛇の言葉を聞いた先生は大きく瞳を揺らし、頭を下げた。


「ごめんなさいっ。私が騙されて、MaveRickに裏切り者がいるなんて、そんなこと……っ」


「先生は悪くないさ。ただ優しいだけ。悪いのはその優しさを利用する人間だよ」


 今回の件で一番被害を受けた璃尤が気にしてないと先生の肩を叩く。

 先生のことを優しいという璃尤もまた優しい声で語った。

 その通りなのだと思う。みんな、優しいのだ。MaveRickのみんな、とっても優しい。


「戦犯の話をするのなら、くー様の方が余っ程だよ」


「クラウンは全部知っていた、ということですの? その上で騙していたんですの?」


「どうかな。くー様は知らなかったんじゃないかな。より正確に言うなら知る気がなかった」


 分からないと眉根を寄せるロゼ。菊理にも難しくて、よく分からない。


「くー様にとって、この世のすべては舞台だ。与えられた役に不義理なことはしないさ」


 知ることはクラウンにとってよくないこと、ということだろうか。

 分かったような、分からないような、やっぱり難しい。クラウンの声を聞いているときと同じ感覚だ。


「はあ……クラウンのことを気にしていても仕方がありませんわね」


 ロゼも分からなかったようで、溜め息混じりの言葉で締めくくる。

 クラウンが難しい人というのは共通の認識のようで、璃尤も苦笑している。


「それで? なんで蛇の姉がMaveRickに危害を加えるんですの?」


 別の疑問を改めてぶつけるロゼに、蛇の瞳が揺れる。複雑な感情を宿し、言葉に迷った息を漏らす蛇に代わって詩折が口を開く。

 物知りな能力を持っているだけあって、蛇たち姉妹のことも知っているのだろうか。


 話したくないことは話さなくてもいいと菊理は思っている。そもそもMaveRickのルールに反することだ。でも、話すことが必要なときもあって、そういうときは知っている別の誰かが代わりに話すのもいいと思うのだ。


「五和さんは詐欺師を名乗り、水瀬真白と協力関係にあるようです。私たちと同じ改変ゲームの参加者である、と見ていいかと」


「自分たちもその理由を完全には把握できていない。が、重要であれど詮索する気もない」


 飄々と言葉を並べる璃尤にロゼが鋭い視線を向ける。厳しく追及するような視線に璃尤はいつものように肩を竦めて応える。


「それが自分たちの、MaveRickのルールだろう? 君だって理由を話さずにここにいるのだから」


「それはっ……そうですけれど」


「こちらに危害を加える気なら、警戒すればいいだけの話だ」


 璃尤の語調は軽い。軽々としたその声は難しく思える状況を解き、安心感を与える。

 難しいことは何もないのだと思える。大丈夫がいっぱいになった気分だ。

 単純な道筋を示され、「それもそうですわね」とロゼは息を吐く。


「ごめん……うちの家族のことで」


「謝る必要ありません。困ったことを一緒に解決するのが仲間ですから」


 笑顔で断言すれば、蛇と口元を綻ばせた。瑞月五和という名前が出てからずっと強ばっていた表情が和らいだ。


 蛇と瑞月五和との関係は分からないままだが、力になりたいと思う。

 研究所を出てから今日まで、菊理をたくさん助けてくれた人の一人だから。


「……みんな、すごいわね。私はいつも……結局いつも失敗してばっかりで」


 裏切り者と疑われても負けなかった璃尤。真っ直ぐに自分の在り方を貫くロゼ。

 リーダーであらんとする蛇。場を純真に明るく繋ぎ止める菊理。

 それぞれの姿を柔らかな微笑みと共に見て、先生がぽつりと呟いた。


「なにもできない。ダメダメな最年長でごめんなさい」


「――そんなことありませんっ」


 続いた仲間の謝罪。それを菊理は力強く否定した。

 きらりと青碧の瞳を輝かせて、先生の目を射抜く。

 先生が何もできないなんて、、ダメダメだなんてそんなこと絶対にない。そんな音、菊理には聞こえない。


「先生は料理が上手です。初めて作ってくれたご飯、今でも覚えています。とっても美味しかったですっ。勉強だっていつも見てくれてて、すっごく助かってます。先生の教え方、分かりやすくて大好きです」


 聞こえる。先生はきっと悔しいのだ。何もできなくて、力になれることがなくて悲しいのだ。

 菊理は力いっぱいに違うと伝えたい。悲しいことなんて、何一つないのだと伝えたい。


「料理も、勉強も、先生は私にできないことができます。先生はそのままで、いっぱいすごいんですっ」


「……菊理ちゃん」


「私、ここに来てから先生にいっぱい助けてもらいました。だから、ダメダメなんて言わないでください。先生の悪口を言うなんて、いくら先生でも許しませんよっ」


 申し訳なさそうに伏せていた紫の目が見開かれる。波打つ雫が頬に伝い、柔らかな笑顔を飾る。

 久しぶりに見る気がする先生の笑顔。悲しい音に幸福の音が混ざるのを菊理は笑顔で聞いていた。

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