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翠の世界~the alteration game~  作者: 猫宮めめ


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26「裏切りと真実」

「裏切り者は龍よ」


 感情を読ませない声が冷たく、拠点の中に響いた。音の余韻が重く落ちる室内で、誰もが返す言葉を探すような息を零した。

 壁や床に焦げた跡、先日の襲撃の跡を残した拠点の共有スペース。そこにアンネ、小雛、璃尤を除いたMaveRickのメンバーが勢ぞろいしていた。クラウンの呼びかけで集められたのだ。


「珍しい人からの呼び出しだと思えば、何の冗談ですの?」


 ゆっくりと息を吸い込み、先程のクラウンの言葉を咀嚼して、ロゼが厳しい声で問いかける。

 この場に集まったメンバーの中で、ロゼと猫だけが裏切り者の話を知らない。


 先の言葉を放ったクラウンも先生と話していた現場にはいなかったが、扉越しに聞いていたことを菊理は知っている。

 クラウンの足音が扉の前で止まり、裏切り者の話を切り出されてすぐに立ち去っていくのを聞いた。


 何も聞かされていないロゼはきっと菊理よりもたくさんびっくりしただろう。同じく知らない猫は、いつものように離れた位置で聞いているのか、眠っているのか、分からない態度で立っている。


「冗談ではないわ。この目で見たもの。龍がハローワーカーの子と楽しそうに話をしているのを」


「見間違いではありませんの? あの龍がそんな……」


「確認したから間違いないわ。あれは龍だった」


 クラウンの声は嘘を言っていない、と思う。声を聞けば、嘘を言っている耳を持つ菊理ではあるが、クラウン相手だと自信がなくなっている。

 彼女の声はいつも何かを演じているようで判別が難しい。

 演技の中に嘘は含まれていないような気がした。クラウンはすべて本当のことを話していて、それがイコール真実でもない。そんな感じだ。


 きっとクラウンはすべてを知っているわけではないのだ。知ることをしなかった。

 とても複雑ではあるが、そんな空気を感じる声音だ。

 酔いしれながらも、周りの反応を窺うようでもあり、何かを期待しているようでもあった。


「見たことのない力で応戦してくれたわ」


 クラウンの言葉を聞いて、ロゼは唇を震わせて噤む。多分、クラウンはわざと動揺を誘うような言い方をしている。

 相手がどう出るか、その反応を無邪気に待っている。それはプレゼントの包装を解く幼い子供を思わせた。


 クラウンの言う「見たことのない力」というのは菊理にも心当たりがある。

 ハローワーカーの人たちに拠点が襲われたとき、璃尤が見せた力のことだ。

 何もないところから金属の棒を生み出し、武器として菊理に渡してくれた。なぞるだけで燃え盛る炎を消していた。

 どちらも、璃尤自身から説明を受けていた他者の記憶を覗く能力とはかけ離れたものだ。


「その力、私も見たことがありますっ。拠点が襲われたときに助けてもらいました」


「菊理に見せているのなら、隠しているわけではないのでしょう? どうせ、クラウンが急に襲い掛かってきたから相手しただけに決まっていますの」


 必死さを持って、菊理の言葉に乗っかるロゼに、クラウンはわずかに目を見開いた。そして、口元を緩める。

 満足のいくものが得られたのか、その表情は「面白い」と言っているように見えた。


「……裏切り者のことはうちも考えとった」


 希望を探すロゼに釘を刺すのは蛇の声。

 最初に話を持ちかけたのは先生だったが、そのことは話さないつもりのようだ。蛇の考えを尊重するつもりで、菊理も指摘せずに見守るに徹する。


 話の向きを戻され、瞳と唇を震わせるロゼは何かを言いかけて、すぐに口を閉じた。

 迷い、戸惑い、見つからない言葉を悔やんで唇を噛む。


「可能性で言えば、龍とくー様が高いとうちは見とる」


「仲間に疑われるなんて悲しいわね。泣いてしまいそうだわ」


 目元に手をやり、泣き真似をするクラウン。涙をペイントも相俟って、本当に泣いているのかと思った菊理は心配そうに顔を覗き込む。

 泣きそうな顔でも涙は流れておらず、すぐにいつもの表情に戻ったので、ほっと胸を撫で下ろした。


「敵に回ったら、一番厄介な二人やからな。なってほしくないっちゅう意味も込めてな」


「リーダーは! ……蛇は、裏切り者がいると本気で思っていますの?」


「ない、と考える方が危険やろ。拠点が襲撃されたときのこを考えれば、情報を流した人がおる可能性も考えなあかん」


「でもっ、それはこの前の話し合いで結論が出たではありませんの。龍だって相手の能力によるものだって」


「その龍が嘘を吐いている、とも考えられるわよね。実際、私はハローワーカーの子と一緒にいるのを見ているのだし」


「……っ…、それは」


 ツインテールにされた髪を振り乱すように言葉を重ねるロゼ。

 いつも丁寧に結い上げられた髪は乱れ、その声は璃尤のことを信じようと必死だった。

 言葉に詰まったロゼは唇を噛み、顔を俯ける。言い表せない感情を震える拳に握り締める。


「っ分かりましたわ。貴方がたがそこまで言うのであれば、わたくしが龍に直接確認します。絶対に、違うと証明してみせますわ」


「ロゼ、一度落ち着いて――」


「これ以上は何を話しても平行線ですわっ!」


 静止する蛇を振り切って、ロゼは部屋から飛び出した。


「ぁ……私、追いかけますっ」


 後を追うべきか、迷う面々を代表して菊理が手を挙げ、立候補する。

 特に止める声もなかったので、そのままロゼの背中を追いかける。


 MaveRickのメンバーの中で言えば、ロゼの足は速い方ではない。でも、菊理よりは断然速く、全力疾走する赤い背中に全然追いつけない。

 次第に呼吸が苦しくなり、足が重くなってくる。まだまだ距離のあるロゼに必死に呼びかけて、想い足を一生懸命動かした。


 十字路に差し掛かったとき、ロゼがふと足を止めた。乱れた呼吸を整えるように深く呼吸をした後、菊理の方を振り返った

 遅れて追いついた菊理もまた呼吸を整えながら、ロゼを向か合う。

 側頭部で二つに括られた髪は乱れに乱れ、汗の滲む額に真っ直ぐ切り揃えられた前髪が張り付いている。

 お互い、呼吸はまだ乱れたままで、向き合ったままの状態でなんとか整える。


「……菊理は、龍が裏切り者だと思っていますの?」


「思っていません。璃尤さんは嘘を言っていませんでした。拠点が襲われたときも、その後の話し合いのときも、ずっと本当のことを言っていましたから」


 迷いなく、真っ直ぐに断言する菊理の言葉を聞いて、ロゼは少し安心したようだった。

 急に裏切り者の話をされて、仲の良い人が疑われて、誰もそれを否定はしなくて、きっといっぱいびっくりして、いっぱい不安になったのだろう。

 その心を安心させるために、菊理は汗だくの顔に笑顔を浮かべた。


「ああ言った以上、今から戻るわけにはいきませんの。このまま龍の家に行きますわ」


「璃尤さんは今、お家にいるんですか?」


「いえ……それは分かりませんけれど、行ってみても損はありませんわよ」


 胸を張り、自信満々に歩き出すロゼ。いつもの、菊理が大好きなロゼに戻ってくれて、すごく嬉しい。

 璃尤の話を聞くのは、きっととても大事なことだ。話を聞けば、璃尤が隠しているもののことも、何か分かるかもしれない。


 菊理は璃尤の家に行ったことはないので、そういう意味でもどきどきしている。

 先導するロゼの少し後ろを歩きながら、わくわくとどきどきで胸を膨らませる。そこへ、


「イチに菊理? 二人してこんなところでどうしたんだい?」


 中性的な声が仄かな驚きに彩られて投げかけられた。

 驚いて視線を向けた先に立っているのは声と同じ、中性的な相貌の女性だ。細身の身体に白いシャツと黒いスラックスをまとうその人物は、話題にのぼっていた人物である。

 ほんの数分前、裏切り者だとクラウンの口から断定されたその人物は、いつもの通りの姿を晒している。


「そっ、それはこちらの台詞ですわ! 龍の方こそ、こんなところで何をしているんですの?」


「見ての通り、今から拠点に行くところだよ。自分の家からだと、この道を使うのが一番早いだろう?」


 少し不思議そうな顔を見せながらも、璃尤は答えてくれた。

 当然と言えば当然の答えにロゼは言葉を詰まらせる。

 菊理たちは拠点から璃尤の家に行こうとしていた。家から拠点を目指す璃尤と遭遇しても何らおかしなことはない。


「私たちは今から璃尤さんの家に行くところだったんです。会えてよかったですっ」


「なんだ、自分に用があったのか。拠点で待っていてくれてもよかったのに……急ぎの用でもあるのかい?」


 拠点で、という言葉を聞いて、ロゼがわずかに表情を曇らせた。

 拠点では璃尤が裏切り者である、という話がされているのである。今、璃尤が拠点を訪れてどうなるか分からない。


 すぐ戦闘なんてことにはならないだろうが、クラウンがどう出るか分からない状況だ。璃尤の安全を考えると引き留めるのが最善だろうか。

 押し黙る二人の反応に何かを感じ取ったらしい璃尤が表情を引き締める。


「何かあったのかい?」


 静かな問いかけにロゼは迷いを映す。

 自分が仲間から疑われているなんてこと、普通だったら知りたくもないだろう。


 菊理にも同じ迷いがあった。でも、言った方がいいとなんとなく思った。

 知らないでいるよりも、知っていた方はいいような、そんな気がしたのだ。


「今、拠点で裏切り者がいるって話をしていて……それで、クラウンさんが璃尤さんが裏切り者だって、言ってて……ええと」


「ああ。なるほどね。くー様が急に襲い掛かってきたのはそういうことか」


 璃尤は得心がいったように頷く。

 驚きの少ない反応はいつもの璃尤のようでもあり、心当たりがあるから動じていないようにも思える。声でもどちらかまでは判断できない。


「タイミング的に詩折ちゃんと話しているのを見られたんだろうね」


「ほんとうに……本当にハローワーカーに人間と仲良くしていたんですの!?」


「仲良く、かは分からないけれど、少し話をする機会があってね」


 赤い目が罅割れるように見開かれ、大きく波打った。震えた息が零れ、ロゼは表情を隠すように顔を俯ける。

 一度髪で隠された顔が再び、璃尤の方を向いたとき、その目は怒りでつりあがっていた。


「見損ないましたわ。貴方のこと、信じていましたのに。もう……知りませんわっ。もう知りません。庇ったりして損しました」


「イチ――」


「裏切り者の話に耳を貸す気はありませんっ。言い訳なんて聞きたくもありませんわ」


 ぷい、とそっぽを向いたロゼは踵を返して、拠点の方へ戻っていく。

 その背中は怒りに満ちていて、璃尤は困ったように頬を掻いている、菊理は二人を見比べて追いかけるべきか迷って、その間にロゼの背中はどんどん遠くなっていく。


「イチの短気さには困ったものだね。少なくとも自分はMaveRickを裏切ったつもりはないんだが……菊理、君は自分が裏切り者だと思っているかい?」


「いいえ、思っていません」


 誰に、何度聞かれても変わらず、迷いのない語調で答える菊理。それを聞いて、璃尤は意外そうな顔を見せる。

 敵と親しくしていた事実がある中で、少しも揺れない答えに驚いているらしい。


 菊理にとっては迷う必要のない質問だったけど、きっと多くの人はロゼのように不安になるのだろう。

 菊理には声から相手の感情を読み取れる耳がある。だから、迷う必要などなかった。


「詩折さんって本屋さんのことですか?」


「そうだね。敵と仲良くしていて、それを裏切りと言われても、自分は否定することはできない」


「でも、璃尤さんは裏切っているつもりはないんですよね?」


 先程の言葉に嘘がなかったことは菊理の耳が証明してくれている。


「そもそも自分はハローワーカーを敵だとは思っていない。〈不明(レムレース)〉のこともね」


「拠点や仲間が襲われているのに、ですか?」


「もちろん、自分たちの領域を侵す者は敵だ。〈不明(レムレース)〉に関して言えば、商売敵という側面もある。だが、それ以外に敵対する理由はない、と自分は考えている」


 少し難しい話で、菊理は首を捻る。でも、嫌な感じはしない、むしろ好ましい音をしている。

 敵になるのは悲しいことだ。〈不明(レムレース)〉も、ハローワーカーも敵じゃなくなるのなら、それが一番いい。


「でも、ゲームがありますよ。MaveRickを守るためには戦わなくちゃいけません」


「そのゲームの存在そのものが、解せないと思ってるよ。水瀬真白に言われるがまに動いて、自分たちが求めるものは本当に得られるのかい? 自分には彼女の掌の上で転がされているように思えてならないよ」


 よく分からない。璃尤の話す内容は菊理にも少し難しい。

 分かったのは璃尤が本気でそう思っているということだけだ。

 飄々としていて、中身を悟らせない璃尤の珍しい本気の声だった。それだけでも価値がある。


「一人の都合で動くゲームに自分はすべてを捧げる気にはなれない」


 ああ、やっぱり。璃尤はMaveRickを裏切っていはいない。


 空を仰ぎ、遠くを見つめるその横顔には深い深い情が込められていた。

 その情が向けられているのは璃尤の大切なもので、その中にはきっとMaveRickも入っているのだ。


「本屋さんと仲良くしたら、璃尤さんが求めているものが得られるんですか?」


「さてね。自分としては今、この状況が理想的と言えなくもない。だから、終わらせようと思っている」


 理想的なのに終わらせようと思うのか。再び首を傾げる菊理に璃尤は笑声を零す。

 理解させる気はない。珍しく声を上げて笑う璃尤は、表情で、声で、そう告げていた。

 しばらく笑った後、璃尤はふと哀しい目をした。罪悪感に彩られた申し訳なさそうな、そんな目を。


「ともすれば、これは裏切りということになるのかもしれないね」


 呟き、璃尤はいつもの表情に戻った。いつもの飄々とした掴み所のない表情に。

 それでも悲しげな声は余韻として、空気の中に溶け込んでいて。


「璃尤さんは何を、どこまで知っているんですか?」


「自分は何も知らないよ。ただ――物知りな神様と知り合っただけさ」


 本屋――詩折のことだろうか。いや、多分違う。

 今日、璃尤と話して、璃尤のことが少し分かって、分からなくなった。


「……難しい話だね。本当に難しい話だ。自分は歪みが嫌いなわけではないから」


 暈すような言葉で紡がれる声は菊理の中に無理解を増やしながら、それでも真っ直ぐな真実を継げていた。


「でも、彼は優しい人だ。きっと悪いようにはならないさ」

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