23「遭遇」
蛇と二人で体育館内に隠された置手紙を探し出し、ターゲット、篠近成也の居所と突き止めた。蛇は一人でそちらへ向かい、メンバーに先生と呼ばれている女性――医澄佐紗は昏睡状態に陥った小雛を連れて、一足先に拠点を戻った。
襲撃に遭っているという報告があったが、佐紗が戻った頃にはすでに敵はいなくなっていた。
先に帰ったクラウンと猫のお陰で敵は撤退したと、学校を出た時点でその知らせは届いていた。安堵ともに拠点へと帰った佐紗を荒れ果てた部屋が出迎えた。
壁や床、至る所に焦げた跡や弾痕が残っており、激しい戦闘が行われていたことは想像に難くない。しかし、残っていたメンバーが頑張ってくれたお陰で、物的被害は共有スペースが使えなくなることに留まった。
といっても、数日あれば片付く程度のもの。想像よりも被害は少ない、物的被害は。
アンネは敵とともに姿を消したらしく、小雛はあれから数日が過ぎても目を覚ます気配はない。
たった一日でMaveRickの戦闘担当が二人も潰された。戦力的な不安はもちろん、仲間を失うことへの不安感が胸を占めている。
「私がしっかりしないと。最年長なんだから」
MaveRickのみんなは佐紗よりも頼もしい子ばかりだ。年下だということを忘れそうになるくらいに。
でも佐紗は一番年上で、みんなのお姉さんなんだから。
暗い顔が多くなったみんなを少しでも元気づけられたと駅前に繰り出している。
話題になっているお菓子を買って帰れば、少しは元気になってくれるかもしれない、そう思って。
「ええと、この辺りだと思うのだけれど」
スマートフォンの画面と周囲の景色を見比べて、悩ましい声を出す。
若い女の子に人気のお菓子を調べて、ここまで来たのだが、道に迷ってしまったようだ。
画面に映し出された地図はここが目的地だと示している。
「設定を間違ってしまったのかしら」
機械はあまり得意ではない。スマートフォンはできることも多い分、扱うのがとても難しい。
佐紗には基本的な使い方を覚えるので精一杯だ。地図アプリの使い方も先日、璃尤に教えてもらったばかりなのだが、何か間違えてしまったのだろうか。
住所を打ち直して結果は変わらない。
もう今日はお菓子を買うのを諦めた方がいいかもしれない。
いつも、そうだ。佐紗は不器用で要領が悪い。何かしようとしても、いつも失敗してしまう。
今日はコンビニ辺りでお菓子を買って帰るとしよう。優しいあの子たちはそれでも喜んでくれるだろう。
今度、また今度。失敗ばかり重ねて、できないと分かっているのに挑戦をやめられないのが佐紗の悪いところだ。できないから諦めればいいのに。
「何か困り事?」
ため息を吐く佐紗に声が投げかけられた。驚いてわずかに見開かれた紫目が美しい女性の姿を捉える。
季節外れの黒いコートをまとった、すらりとした美人だ。
長めのウルフカットの髪は栗色。切れ長の瞳は暗い赤。既視感のある組み合わせだ。
すぐには思い出せないが、顔立ちも見覚えがある気がする。
「迷い子ってところ? 私でよければ案内しましょうか?」
「あ……助かるわ。ええと、ここに行きたいのだけれど」
「ここね。……あら? もう着いているわよ。このビルの三階」
「ぇ、そ、そうなのね。私ってば……全然、気付かなくて」
灯台下暗しなんて言うが、目の前にあったのに気付かなかった羞恥で顔が熱い。
お店の住所を改めて見てみれば、ビルの三階を書かれている。
「見た目はオフィスビルだし、分からなくても無理はないわよ」
鎖のついた服に、深く鋭い目付き。怖そうな見た目の人だが、話してみるとその印象はがらりと変わる。
困っていた佐紗に声をかけてくれたことも含めて、優しい人なのだと分かる。
「ねえ、よかったら、お茶しない? このビル、二階にカフェがあるのよ」
「え、ええ、構わないわ」
特に急ぐ用はない。親切にしてくれた人の誘いを断る気にはなれない。
何より見た目を裏切る優しげなこの女性と親しくなりたいと思ったから。
女性に先導されてビルの中に足を踏み入れる。外観から得た印象を裏切って、お洒落な内装が広がっている。カフェの中では内装と同じくらいお洒落な人々が各々の時間を潰している。
自分がこの中に混じるのを申し訳なく思いながら、女生と向かい合う形で座る。
「貴方は――あ、そういえば、まだ名前を聞いてなかったわね」
カフェに入るまでの道中、話もしたが名乗ることはしなかった。
話をするのが楽しくて、そんな事実に気付かなかった。
「私は瑞月五和よ。妹に会うために六湊町に来たの。貴方は?」
「私は医澄佐紗と。……その妹がこの町で暮らしているの?」
口振りから察するに女性、五和はこの町の人ではないらしい。そんな人に道案内してもらったと思うと少し自分が情けなく思える。そんな暗い感情は一先ず置いて、気になったことを口にした。
五和に抱いていた既視感は彼女の妹に会ったことがあるからではないかと思ったから。
「そうね。あの子、親との関係があまりよくなくて、突然家を出て行ってしまったの」
複雑な家庭事情が飛び出して、申し訳なさで目を伏せる。家族のことなんて簡単に踏み込んでいいことではないのに、自分の迂闊さを呪いたくなる。
「ごめんなさい、私……」
「気にしないで。私とは仲良しだし、あの子もこの町で居場所を見つけたようだしね」
目を細め、笑み崩れる美貌は妹への愛情で満ちていた。
気分を害したのでは不安になったが、杞憂に終わって安心した。
何をやっても駄目なのはコミュニケーションにおいても同じで、相手の気分を害することを言ってしまうことも多い。今回は五和の人の良さに救われた。
「ええと……確か、MaveRickと言ったかしら?」
「ぇ」
「あ、これは言ってはダメだったかしら? ごめんなさい、忘れてちょうだい」
予想もしていなかった単語が飛び出して、感じていた負い目も劣等感も吹き飛んだ。
MaveRick。それは佐紗が所属している組織の名前だ。
裏組織としてその存在は秘匿されている。知っているのはメンバーか、今までの依頼者か、敵対している〈不明〉とハローワーカーのメンバーくらいだ。
しかし、五和はそのどれにも該当しない。五和自身が言ったのだ。妹がMaveRickのメンバーだと。
よくよく見れば、五和の顔は佐紗の知っている人物によく似ている。耳に飾る蛇のイヤーカフもその人物を示唆しているように思えた。
「もしかして蛇ちゃんのお姉さん……?」
佐紗の脳裏にあるのは赤縁眼鏡の少女だ。五和と同じ栗色の髪を緩い三つ編みにした少女、MaveRickのリーダーを務める蛇のことだ。
「妹のことを知っているの⁉」
「ぇ、ええ。実は私もMaveRickのメンバーなの。……ここに来ようと思ったのも、美味しいものを食べてみんなを元気づけたいと思ったからで」
「そうなの⁉ すごい偶然ね」
鋭い赤目を丸くする五和と佐紗と同じ気持ちだ。まさか町中でメンバーの身内を会うなんて想像もしていなかった。
改めて見てみると蛇によく似ている。言われるまでまったく気付かないなんて。
「元気づけたいって言っていたけど、何かあったの?」
「それは……」
言っていいものなのか迷う。MaveRickは秘密組織で、その実態は言いふらしていいものではない。
でも五和は蛇の姉だ。聞く限りだと蛇も彼女にMaveRickのことを話していたようだし、問題ないのかもしれない。頼りになる蛇が大丈夫だと判断したならきっと大丈夫だろう。
「少し前に拠点が襲撃されたの。それで仲間が奪われちゃって……同じ日に敵と戦って別の子も倒れちゃうし……みんな、暗い顔してるから、それで…」
拠点がハローワーカーに襲撃され、アンネはともに姿を消した。
〈不明〉のメンバー、柚芽衣兎にとって小雛は眠らされた。
仲間と戦わなければならない不安、一生目覚めないかもしれない不安。胸を占めるくらい感情は他のみんなも抱えているものだ。クラウン辺りは分からないけれど。
上手くない説明を五和は真剣に聞いてくれている。その姿が妙にありがたい。
「大変だったのね。……あの子はそういうこと全然話してくれないから」
困ったように笑う姿は蛇を心配しているのだと伝わってくる。
きっと優しい姉に心配をかけたくなくて、蛇は黙っていたのかもしれない。話してしまって、ちょっと悪いことをしたのかもしれない。
「拠点の場所がバレたなんて不安よね。また、いつ襲われるか分からないし、場所を変えるの?」
「いいえ。相手の子は情報通らしくて、場所を変えてもすぐにバレてしまうだろうって」
これは璃尤が言っていたことだ。ハローワーカーには情報収集するのに長けた能力者がいると。
今回、拠点がバレたのも、その能力者によるものだという話だった。
璃尤も情報通ではあるが、その子は上を行くと言っていた。
「今回は戦える子が出払っているときだったから被害も大きかったけれど、今後はそうならないように対策をすることになっているわ」
対策といっても、結局は形だけだ。菊理以外はそれぞれに家がある以上、帰っている間に狙われるリスクは充分ある。その家の方が狙われることだってある。
現に蛇は通っている学校に敵の襲撃が遭ったのだから。
何もしないわけにはいかない心情から、形だけでも対策を取った。
「出払っているときを狙われたねぇ。その同じ日に戦ったって子と同じ組織なの?」
「違う組織の子よ。それがどうしたの?」
「おかしいなって思っただけよ」
「おかしい?」
確かに違和感はあって、内にもやもやするものがあった。
感じてはいても明確な形はなく、五和に言われて図星を突かれたように胸の奥が揺れた。
「タイミングが良すぎる気がして。まるで拠点が手薄になることを知っていたみたいじゃない」
「それは……二つの組織が協力していたとか、能力によるものなんじゃないかしら?」
これはMaveRickの方でも話題になったことだ。頭脳面を支える璃尤と、リーダーの蛇が中心となって話し合い、この二つの結論に至った。
対戦した衣兎の反応からじゃ判断はできず、〈不明〉のリーダーと手合わせしたクラウンと猫もかの組織の狙いは分からないと言っていた。
どちらの可能性も捨てられず、後者を璃尤が推していることを踏まえて、警戒を続けることになっている。
「もう一つ、可能性があるでしょう?」
どきり、と胸が痛むように震えた。抱えていたもやもやが形を見つけたと言わんばかりに存在を主張し始める。続く言葉を聞いてはいけない気がした。
分かっていたも、佐紗には相手の話を止められるだけの度胸なんてものはない。
「――MaveRickの中に情報を流した裏切り者がいる可能性が」
「……それ、は…ありえないわ。みんな、いい子だもの」
可能性を否定しきれない心を説得するように声を出した。
違う。違う。そんなわけがない。その中の誰かが裏切っているなんてそんなこと、あるわけがない。
感情が読めなくても仲間想いの猫。癖のあるメンバーをまとめてくれる蛇。
戦闘で頼りになるクラウン。周りをよく見てサポートしてくれる璃尤。
冷静に分析して、的確に導いてくれるアンネ。他者を想う心を持つ心優しい小雛。
素直じゃなくて、でもMaveRickを大切に想ってくれているロゼ。そして、真っ直ぐで頑張り屋の菊理。
みんな、本当にいい子たちなのだ。裏切っているなんてそんなこと――
「絶対ないと言えるほど、貴方は他の子たちのことを知っているの?」
射抜く赤い目に息を呑んで、思わず目を伏せた。
佐紗はメンバーのことをすべて知っているわけではない。
MaveRickは、相手のことを詮索してはいけない、というルールがある。それもあって、むしろ知らないことの方が多いくらいだ。
裏切っていないと言うのも心情的な理由によるもので、拠点と呼べるものはないのだ。
「可能性があるなら、捨てるのは危ないことだと思うわ」
「それはそうだけれど……」
この可能性に気付いたのは自分だけなのだろうか。話し合いの中では話題にすらのぼらなかった。
誰も考えてなかったのか、気付いていて黙っていたのか。それすらも分からないのに、裏切っているかどうか、分かるわけがない。
「一つ、お願いしてもいいかしら?」
「何?」
「このこと蛇ちゃん……妹さんには言わないでもらえるかしら。今は私の方から、私だけで探りを入れてみるわ」
ここは最年長の出番だと思った。頼りない最年長で、ほとんど役に立てていない自分だけれど、こういうときくらいはみんなのために動きたい。
さり気なく探りを入れて、みんなの言動を見守って、それで裏切り者がいないと証明しない。
佐紗は信じていたいのだ。MaveRickのことが大切で、メンバーのことが大好きだから。
「分かったわ。その代わりに私からも一つお願い」
「なに、かしら?」
「私が町に来てること、妹には内緒にしていて。サプライズしたいの」
「分かった。蛇ちゃんには言わないわ」
「あの子のことお願いするわね。頼りにしてるわよ」
頼りにしているなんて、佐紗の人生でほとんど言われたことのない言葉だ。
誰かに頼られるのはやはり嬉しくなんて、自信のない心を奮い立たせる。
そんな佐紗を、和らげられた赤目が見つめている。鋭い印象の目は細められる、薄い唇は弧を描き、愛おしそうに、楽しそうに向けられている。
美貌に宿る感情の光を受けて、佐紗はメンバーのことへ意識を向ける。信じていたいからこそ、苦手な疑うことを頑張ろうと思う。




