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翠の世界~the alteration game~  作者: 猫宮めめ


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21/53

21「来訪者」

 機械のものとは思えない滑らかで、人肌を思わせる質感を持つ手が細い首を絞めあげる。女性らしい見た目通りの細い腕は、しかし機械故の人外じみた力を発揮する。

 赤いドレスを纏う少女は苦悶の声を零し、水色の目が無機質にそれを見つめていた。


 アンネがロゼの首を絞めている。理解を超えた状況に菊理は戸惑いを隠さず、璃尤に見た。

 今、頼れる人材は璃尤しかいない。一人しかいなくても、璃尤はとても頼りになる人物だ。菊理ではどうにもならない状況を打破する何かを教えてくれるだろうと。

 力もなくて、頭もあまりよくない菊理でも、ロゼを助けるためにできることならなんでもするつもりだ。ぐっと拳を握り、自分を鼓舞する。


聞き手(リスナー)、これを」


「なんですか?」


 璃尤に差し出されたものを受け取る。金属でできた棒だ。

 何もないところから突然現れたように思えた棒をぎゅっと握り、首を傾げる。


「何もないよりはマシだろう? 本当は(キャット)か、道化(クラウン)の部屋から武器を取ってきた方がいいんだが、今はその時間も隙もないからね」


 渡された金属の棒はどうやら武器の代わりのようだ。

 この拠点の中にも武器があるにはあるのだが、どれもメンバーの私物として二階にあるそれぞれの私室に置かれている。今はそれを取りに行く余裕はない。

 そう思って璃尤が武器を用意してくれたらしい。どうやって取り出したのかは分からないが、戦闘が繰り広げられている中で、何もないよりはずっと心強い。


「それで彼女を押さえてくれ。その間に自分がロゼを助けるよ」


 示されたのは眼鏡をかけた少女、本屋だ。自信はないけれど、与えられた役目はしっかりこなしたい。

 金属の棒を握る手に気合を込めて、アイコンタクトで同時に飛び出した。


「戦えねぇヤツがなにイキってやがんだ――あ?」


「邪魔だよ」


 立ちはだかる火吹がボトルに入った水を撒き散らす。瞬間的に燃え上がる炎を璃尤の指がなぞると、これまた瞬間的に炎が消えた。

 消化ボールを投げたときのように徐々に弱くなるのではなく、存在ごと消失したような消え方だった。

 火吹と同じく、驚きそうになるのをぐっとこらえて、金属の棒を振りかぶる。


「やあ!」


 戦う術を持たないなりに力いっぱい金属の棒を振り下ろした。少しでも戦闘慣れした人が見れば、隙だらけと呆れる一撃は簡単に避けられるものだ。事実、本屋は動揺もなく、容易く避けてみせた。

 構わず、再び棒を振りかぶる。果敢に攻撃を仕掛ける菊理を無視することもできず、本屋の意識が菊理の方へ向いた。その瞬間を突くように璃尤がアンネとロゼのもとへ駆ける。


「させねぇ」


「邪魔だと言ったはずだよ」


 食らいつく火吹の炎を先程と同じように指でなぞって消した璃尤は、その身体に蹴りを叩き込む。

 非戦闘員と笑っている人物とは思えない威力で、火吹は横に避けていた家具の山に背中を打ち付ける。

 横目でそれを見届ける璃尤は身を屈めてアンネへと迫る。黒瞳はロゼを絞める手をじっと見つめ、


「必要な措置だ。悪く思わないでくれよ」


 尋常ではない力を見せる腕を掴む。関節の部分へ菊理に与えたものより小さな金属棒を差し込み、てこの原理を使って破壊する。

 解放されたロゼは大きく咳込みながら、その赤目で璃尤を恨めしげに睨んだ。


「……っけほ、貴方、戦えるではありませんの」


「これを戦えるうちに入れられると困るが……毒づける元気があるならよかった。機械(マシーン)が敵の手に落ちた以上、頼れるのは君だけだからね」


 菊理と同じことを思ったらしいロゼの言葉に、璃尤は変わらぬ態度で答える。

 いつも通り掴み所のない態度にロゼは息を吐き、両手に銃を構える。アンネ、そして本屋へ、それぞれ種を撃ち込む。発芽した茨が二人の視界を埋め、その間に三人は距離を取るように集まる。


「何があったんだい?」


「ドローンの相手をしていた隙を突かれて、使い手がこの部屋へ。それからすぐに機械(マシーン)に襲われたのですわ」


 ロゼにもアンネの異変の原因は分からないようだ。

 耳を澄ませてみれば、アンネからいつもと違う音が聞こえる。きっとこの異音がアンネに訪れた異変の正体なのだろう。でも、異音がどこから来たものなのかまでは菊理には分からない。


「……せっかく手に入れたおもちゃだってのに、案外脆いのか。使えない」


 不意にぼそぼそとした声が聞こえて振り向けば、見知らぬ女性が立っている。

 長い髪を寝起きのまま無造作に括り、使い古されたジャージに身を包んでいる。

 全体的に陰鬱とした暗い空気をまとった人だ。背の高いせいか、猫背になっているから余計にそう見えるのかもしれない。


「誰、ですか? 機械(マシーン)さんをあんな風にしたのは貴方ですか?」


 いち早く気付いた菊理の問いかけにその人は大きく肩を震わせた。


「はっ……はあ!? っべ、つに誰もいいでしょ。てか、あれを壊したのはあんたらだし」


「何を言っているのかまったく聞き取れませんわ。もう少し大きな声でゆっくり喋ってくださいまし」


「……自分の耳の悪さをこっちのせいにするなよ」


  声が大きくなったり、小さくなったり、忙しない人だ。話しかけられると急に早口になって耳が良い菊理でも聞き取るのは大変だ。

 つり目がちの赤目を向けられ、肩を震わせた女性は声と同じく目も忙しなく動かす。


「ぅ、あ……プログラマー!! 数金流琵っ! こっ、これでいいでしょ」


 突然大きくなった声は勢い任せかつ投げやりな口調で名乗りあげた。


「まだですわ。聞き手(リスナー)の質問に答えてくださいまし。貴方が機械(マシーン)を操っているんですの?」


「……っ、別に…どうでもいいでしょ。……っポンコツ、役目を果たせ」


 流琵の声に応じたアンネが大きな異音を鳴らして、ロゼへと迫る。

 銃身で受けるロゼは片手に持つ短銃の引き金を引いた。茨がうねり、そこへ散る水が燃え上がった。


 璃尤が床を蹴るのと同時に、菊理も金属の棒を構えて駆ける。

 振りかぶる先にいるのは流琵。驚きと怯えを映す紫目へ迫る金属の棒、それを握る菊理の手を誰かが掴んだ。


「単純な動きは予想しやすい。もう少し工夫するとよいでしょう」


 緑のエプロンをはためかせる少女が菊理の手を捻り上げる。 

 落とした金属の棒を隣に立つ璃尤が拾って、本屋へと振るう。一瞥とともにこれを避ける本屋を、自由になった菊理が押し倒す。これは予想できない動きに違いない。


「ありがとうございます」


 言われたお礼の意味が分からず、傾げた首の上を無数の銃弾が通り過ぎた。五指を変形させたアンネの攻撃が容赦なく降り注がれる。

 倒れていなければ、本屋も、菊理も今頃大量の銃弾を浴びることになっていただろう。


「連携がとれているのか、いまいち分からないチームだね、君たちは」


「御するのに苦労していますよ」


 同じく伏せた璃尤と本屋が親しげに話す。二人の関係も菊理にはいまいち分からない。

 初対面なのは間違いないようで、でも知り合いのような親しさで話している。


「アンネの火力に対抗するには自分たちじゃ役不足だ。困ったものだね」


 アンネが撒き散らす銃弾の合間を縫って、種の弾丸が芽吹く。

 炎に転じる水が芽吹いたばかりの種を焼き、歯噛みするロゼを助けるために消化ボールを投げる。邪魔しようとする本屋を璃尤が押さえ、菊理は金属の棒を拾ってアンネの方へ駆ける。


「ごめんなさいっ」


 容赦のない銃撃を生み出すアンネの腕を下から上へ叩き上げる。菊理の力では大したダメージは与えられない。でも、銃撃をわずかに上へ逸らすことができた。

 その間に璃尤が駆け、ロゼが引き金を引き、火吹と流琵を押さえるため奮闘する。菊理も走って本屋の方へ、肩で息をしながらも金属の棒を構える。


 全身が疲労を訴えている。見れば、ロゼや璃尤も疲れた顔を見せている。

 みんな、ギリギリでなんとか食らいついている状況がいつまで持つか分からない。

 菊理と璃尤は非戦闘員、ロゼは接近戦が苦手。なんとか抗えている方がびっくりなのだ。


「きゃっ」


 短い悲鳴とともにロゼが転ぶ。燃え盛る炎が水へと転じ、滑りやすくなった床に憑かれた足が取られてしまったのだ。重なる花弁のようなスカートを美しく揺らしながら、派手に転んだ。

 ギリギリの中で、それは致命的な一手だった。床を蹴った音が聞こえて振り返った頃にはもう遅く、アンネが固く握った拳をロゼへと向けていた。


 追い縋ろうとも間に合わず、打開策を必死に考える耳が別の音を捉えた。

 ステップを踏むような音ともに金属音が響き渡る。


「なんだ、面白ェことになってんじゃねェか。こっちに残った方が正解だったか――?」


 青い髪が存在を示すように舞う。同じく青のスカートをひらめかすその人は薄いナイフでアンネの拳を受け止め、回し蹴りを胴に叩き込む。

 それだけで見た目以上の重量を持つアンネの身体は容易く吹き飛ばされた。


「無事?」


 遅れて猫耳フードの少女が姿を現した。

 どちらも果たし状に応じて公園に行っていた二人だ。

 戻ってきてくれたのだ。MaveRickのツートップが帰ってきてくれた事実に安心感が広がる。


「思ってたより早いお帰りだね。助かったよ」


「急に撤退したから。(スネーク)に急いで戻るように言われた」


 必要な部分だけを口にする猫に璃尤は「なるほど」と頷く。

 拠点が襲われていることは早い段階でアンネが報告してくれた。

 さっそくアンネと火吹相手に美しく舞うクラウンを見つめる。同じくら傷だらけなのに菊理たちでは歯が立たなかった相手を容易くあしらっている。すごい。


「少々分が悪いですね。今日は一度引きましょう」


 状況を端的に分析した本屋の言葉に火吹は舌打ちを返す。それでも逆らう気はないらしく、残りの水すべてを撒き散らしてクラウンを牽制する。

 本屋と流琵が安全圏に逃れたのを確認し、炎の壁が立ち昇る。


 流石にクラウンでも、炎の壁は越えられないようで最後の足搔きとしてナイフを投げつける。

 ハローワーカーの三人に続くアンネが弾き、そのまま四人は去っていった。


「一件落着、とはいかないね。菊理、残りを使って消化してくれないかい」


「はいっ、分かりました」


 ポケットに入れていた消化ボールを残らず投下して、炎の壁を鎮火させる。

 残るのは至る所が黒焦げ、荒れ果て、戦闘が行われていた事実を色濃く残した部屋のみだ。


 ●●●


 港近くの廃工場に三人の少女が集まっていた。


 緑のエプロンを身に着けた生真面目そうな少女。

 オレンジ色のツナギを着た粗野な雰囲気の少女。

 使い古されたジャージを着こんだ根暗な少女。

 三者三様に異なった空気を纏い、心の距離を感じさせる位置取りで立っている。


 服や髪は激しく乱れ、それぞれ戦闘の跡が残った状態のまま。今まさにMaveRickの拠点を襲撃した戻ったばかりだ。

 ハローワーカーに拠点は存在しない。今はこの廃工場を集合場所にしている。


「あいつらを潰すんじゃなかったのかよ」


「猫葉琥珀、倉幻紅桜が揃っている状況で戦闘を続けていれば、せっかく傾いた形勢が傾く可能性がありました。まだリスクを負うべき段階ではありません」


 不機嫌さを隠さない火吹に、詩折は感情を乱さず答える。

 火吹は感情的で考えることが苦手な性質だ。成果を出している状況で理論で攻めれば、口先だけ反抗的な従順な手駒ができあがる。


「今はMaveRickの戦力を削り、こちらの戦力を補強できたことで手打ちとしましょう」


 詩折が視線で示す先には、ハローワーカーのメンバーではない少女が一人いる。

 少女という表現も厳密に言えば、正しくないだろう。なにせ、彼女は機械だ。


 肌は白く滑らかで、膝の辺りまである長い髪は無機質。虚空を見つめる水色の瞳も含め、遠目では人間にしか見えない。彼女を作り上げた研究者というのはさぞかし優秀な人物だったのだろう。

 知識のない詩折でも、人間に近い機械を作り出すことの難しさは想像できる。


「あれはどんだけ使えるんだ?」


「今までのよりはまあ……。壊れてるとこもあるけど、ドローンよりはね」


 ぼそぼそと小さな声かつ早口で喋る流琵。アンネと呼ばれるアンドロイドは彼女の能力によってMaveRickのメンバーからハローワーカーの武器となったのだ。

 人間でいう洗脳に近い状態だ。彼女を動かすプログラムが流琵の能力で侵され、従順な道具に仕立てあげられた。


「次はどうすんだ? 強ぇ道具が手に入ったんだ。またすぐにでも動くんだろ?」


「しばらくは様子見です」


「ああ⁉ なんでだよっ」


 苛立ちのまま踏み抜かれた地面が工場内に高い音を響かせる。

 この短気さはどうにかして改善できないものだろうか。お陰で立てられる作戦にも制限がかかる。


「拠点を襲撃された事実は重く響きます。手薄のときを狙われたのであれば余計に」


 分からないと苛立ちを消さない火吹に対して、流琵は納得したように小さく声をあげる。

 流琵の方は物分かりがいいので助かっている。性格に少々難があるが、それが問題にならないくらいには扱いやすい。


「……あんた、実は性格悪い?」


「さあ」


 目付きの悪い憮然とした問いかけに肩を竦めて惚ける。

 たとえ、詩折の性格の悪さが露見したところで問題はない。そんな理由で手を切られるほど、二人にとって詩折の存在は小さくない。流琵なら同類だと思うだけだろう。

 未だ理解が追いつかない火吹に、それとなく今後の流れを説明する。それでなんとか説得、苛立ちを収め、すぐに二人とは別れた。


 詩折は一人、廃工場に残っていた。エプロンのポケットに入れていた黒猫のぬいぐるみに触れる。

 壊れ物に触れるような手つきで、その顔に愛しさを宿した詩折は口を開く。そこに足音が響いた。


 ぬいぐるみから手を離し、足音の主を出迎える。火吹か、流琵か。

 ハローワーカーのメンバーの顔を思い浮かべた詩折は現れた人物に目を見開く。


「貴方は……」


 人好きのする笑顔を浮かべたその人は長年の友人のように詩折の前に立っていた。



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