表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翠の世界~the alteration game~  作者: 猫宮めめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/53

20「眠らせ少女」

 校内にいるほとんどの人間が倒れ伏し、起きているのは見渡しても、自分と合流したばかりの仲間くらいだ。合流した仲間のうち、白衣をまとった女性がしゃがみ込み、倒れた生徒を診ている。

 白衣をまとう印象通りに彼女はMaveRickの医者だ。彼女を呼び出したのも、昏睡状態に陥った人々を目覚めさせる手立てを得るためだ。


「ごめんなさい。私の力でも目覚めさせることはできないわ」


 厚い隈に縁取られた紫の目を伏せて答える先生。

 残念な思いはあっても、琴巳の中に落胆の気持ちはない。敵の異能が原因である以上、簡単に解除できるものではないとも考えていた。


「会って話すしかなさそうやな」


 この場合の話すは単に言葉を交わすことだけではない。必要となれば、戦うことも辞さない構えで小さく息を吐く。どこぞの戦闘狂と違って、琴巳は戦うことが好きではないのだ。


「相手の居場所は掴めているの?」


「その辺は抜かりなく。先生たちが来るまで暇やったしな」


 先生と小雛が合流するまでの間、琴巳は黒蛇を放って探りを入れていた。

 蛇の視力が低いことは有名だ。種族差はあるが、基本的に動くかどうか判別するのが精々で、それは琴巳が従える黒蛇にも共通している。


 聴力も低い蛇は、第三の目を使って獲物を探す。見えるのは温度差だ。

 眠っている人と起きている人の温度の違いを見極めて敵を見つけ出した。

 精度は低くとも、使い方次第でどうにでもなる。これで見つからなかったら、小雛の力を使って探すつもりだったので、どちらに転ぼうと支障はない。


「敵は一人。体育館におる」


 この学校にいる人間の中で、琴巳以外に起きているのは体育館にいる一人のみ。

 校内に放った黒蛇が持ち帰って情報はこれだけだ。

 敵が一人だからと油断できないのが異能力者の面倒なところ。現に校内の人間を軒並み眠らせたと考えれば充分警戒に値する。


「ここにずっとおってもしゃあないし、一先ず会いに行くか」


 眠っているだけといっても、悪影響がまったくないとは限らない以上、悠長にしていられない。

 最悪の場合、切り捨てることになる人々でも、最悪になるまで助ける努力はする。

 遠距離でも効果のある能力のようだし、人々を昏睡状態にさせた能力が琴巳たちを襲う可能性も考えられる。


 体育館はここから遠くない。早々に動き始めた三人は今後の動きを確認しながら、体育館の前に泊った。普段は開放されている扉が今は固く閉ざされている。


人形(ドール)、中の確認を」


 こくりと頷いた小雛はその手に目玉を生み出す。遠目だと人形の眼球に見えるが、よく見ればすぐに作り物だと気付くだろう。ドールアイと呼ばれるもの、言わば人形の目だ。

 普段は人形の手足を召喚して戦う小雛であるが、実は他のパーツを生み出すこともできるのだ。


 宙に浮いたドールアイは鉄格子の隙間を通って窓の中を覗き込む。小さな目なので敵に気付かれることなく中の様子を覗くことができる。


「ん、と…女の人が一人。ステージのところに座ってる。他は……誰もいないよ。普通の体育館だよ」


 ドールアイと視覚を共有した小雛は瞼を閉じた目に映った情報を淡々と告げる。

 見ている間は無防備になるため、あまり乱用はできない小雛の索敵能力だ。


「うちらのことを待ってくれとるんやろうな」


 起きている人間がいることに気付いているだろうに能力で眠らせない辺り、そう考えるのが自然だ。

 単に能力の制限だったらいい、なんて希望も胸に抱きつつ、扉に手をかける。


「戦闘になってもええように準備はしとき」


 頷く小雛と、表情を引き締める先生を横目で確認し、扉を横に滑らせる。不自然な静寂に包まれた校内に思いのほか大きな音を立てて扉は開かれる。

 いつもならここで体育館シューズに履き替えるとろこだが、状況が状況なのでそのまま中に入る。


「ああ、ようやく来たね。待っていたよ」


 ステージに腰かけていた少女は三人の姿を見て立ち上がる。

 少女は琴巳と同じ制服を着ている。どうやらここの生徒のようだ。

 同じ学校に敵のチームのメンバーがいたとは想像もしていなかった。


 色素の薄い癖髪をワンサイドアップにした少女だ。見覚えはない。

 同学年ですら全員把握しているとはいえない中、違う学年の生徒ならそれも不思議はないが。


「初めまして、でいいのかな。すれ違ったことくらいはあるかもしれないが」


 抑揚のない喋り方と掴み所のない空気で独特な雰囲気を持つ少女だ。


「こんなところで待ち構えて、うちらに何の用ですか。先輩」


 少女の足元、上履きの色を一瞥して問いかけた。

 この学校は学年ごとに上履きの色を変えている。二年である琴巳は赤、そして目の前に立つ癖髪の少女が履いているのは黄色。これは三年生のものだ。


「その前に名乗った方がいいかな。僕は〈不明(レムレース)〉の獏。柚芽衣兎という」


「かわいらしい名前やな。うちら名乗った方がええか」


「そうだね、その方が助かるよ。ああ、本名まで名乗る必要はないよ。君たちは君たちの方針に従ってくれたらいい」


 なんというか調子の狂う人だ。敵対者ではあるが、敵対する気にはなれない雰囲気がある。

 ゆったりとした語調を聞いていると戦うことより会話を続けることを自然と選んでしまう。人を解すような声は強制させることなく、柔らかに浸透していく。


「うちは(スネーク)。MaveRickのリーダーや。で、後ろにおるのが」


医師(ドクター)よ」


「ん、ど…人形(ドール)


「すねーくに、どくたー、どーるか。うん、覚えたよ。よろしくね」


 衣兎の態度はあくまで友好的だ。校内の人間を昏睡状態にさせた人物とはとても信じられない。

 もしかすると眠らせたのは別の人物で、衣兎は話をするためだけにここに残っているのではないか。そんな考えが浮かんでしまうほどに。ただその考えは危険だ。


 掴み所がないのにも拘わらず、彼女の本心は掴めない。奥底の警戒心は消さないまま対峙する。

 猫と璃尤を足して割ったような人物だ。


「周りの人らを眠らせたのは柚芽先輩でええんよな」


「衣兎でいいよ。……そうだね、校内にいる人を眠らせたのは僕だよ」


「なんでそんなことを……?」


 問いかけたのは先生だ。人を救うため、医療関係の仕事を目指していた過去を持つだけあって、多くの人が巻き込まれている状況に思うところがあるのだろう。先生はとても優しい人だから。

 隈が縁取る紫目は憂いを帯びて震えている。


「君たちを話をする邪魔をされては困るからね。ああ、安心してくれたまえ。眠っているだけで人体には無害だよ。……君たちを待っている間に食事はさせてもらったけどね」


「食べたの?」


 淡々とした語調に、先生に隠れるようにして立つ小雛がじっと見つめる。

 対する衣兎はわずかに目元を和らげ、「いいや」と答えた。幼い子供が好きなのか、その表情は慈愛に満ちている。


「僕が食べたのは夢だよ。獏は悪夢を食べるものだからね」


 衣兎が名乗る獏とは中国から伝わった幻獣だ。夢を食べる生物として悪夢を払うおまじないなどにも使われている。


「お金を使わず、お腹が満たせる。それはとても素晴らしいことだと思わないかい?」


 食べているのが悪夢だけならば、責められはしない。むしろ、夢見の悪さから人々を救っているのだから正義の行いとも言えるだろう。

 それぞれ瞳を震わせていた先生と小雛は安心したような表情を見せている。

 悪い人ではなく、対話の意思もある。それは琴巳にとっても喜ばしいことだ。


「邪魔されて困る話っちゅうのは?」


「君たちにとっても大事な話、篠近成也のことだよ。返してほしいんだろう?」


 今、MaveRickがもっとも優先的に動いている任務は〈不明(レムレース)〉に奪われたターゲット、篠近成也の奪還と保護だ。

 衣兎が〈不明(レムレース)〉のメンバーである以上、その話題が出てくることが予想していた。

 慎重に、と自分に言い聞かせながら、レンズ越しに見つめる。


「返してほしいって言ったら返してくれるん?」


「そうだね。こちらの条件を呑んでくれるなら。彼を傍に置いている理由も、僕ら、〈不明(レムレース)〉にはないからね」


「条件を呑んでくれるなら、か。怖い言葉やな」


 どんな条件を出されるか、想像はつくし、想像はつかない。

 今までの会話から変化球を好まない人物なのは察せられた。とはいえ、会って時間の経っていない相手をただ信じることもできない。


「ゲームを降りてくれないかい?」


 真っ直ぐにこちらを見つめて紡がれた言葉は決して冗談ではない。

 真摯に、本気で琴巳がMaveRickのゲームを降りることを望んでいる。

 きっと彼女は優しい人なのだろう。戦うことを好まず、言葉での解決を願っているのだ。


「それはできひんな。分かるやろ? こればっかりは譲れへん」


「そうだろうね。気持ちは分かるから食い下がりはしないよ」


 条件は断った。ここからどんな展開が待ち受けているのか、警戒を強めて出方を窺う。

 最悪戦闘になってもいいように、内に潜む蛇神に呼びかける。数で言えば、こちらの方が有利。


「それじゃあ、仕方がないね」


 息を吐く姿を警戒とともに見つめる。

 敵の言葉をすべてだと信じる気はなく、隠された能力がある可能性も片隅に忘れない。

 それでなくとも強制睡眠は強力な能力だ。眠らされてしまえば、攻撃を避けることはできなくなるのだから。

 警戒を最大限に考える琴巳の耳が微かなノイズを捉えた。


『リーダー。拠点が敵の強襲を受けました。現在、機械(マシーン)薔薇(ローズ)(ドラゴン)聞き手(リスナー)で対処にあたっています』


 インカム越しの機械音声が紡いだ言葉に零れそうになる息を呑み込む。

 図ったようなタイミングだ。手紙、そして学校で事件を起こしてメンバーを誘い出し、手薄になった拠点を狙う。それこそが真の〈不明(レムレース)〉の狙いなのか。


「なにかトラブルでもあったのかい?」


 首を傾げて問う表情に大きな変化はなく、どちらの意味なのか判別はできない。

 琴巳の表情を見て問いかけただけなのか、拠点が襲われることを知っていて問いかけたのか。


 読めない表情を探ろうとしても無駄だと心を落ち着ける。

 今は拠点に残っているメンバーのことを信じよう。アンネと璃尤がいるのなら下手なことにはならないはずだ。


「急ぎの用ができたのなら早く終わらせよう。――よい子は眠る時間だ」


 不可視の力が駆け巡ったのを感じ取った。目には見えないが、内に潜む蛇神が疼いて駆け巡った力を教えてくれた。

 対抗するように琴巳の全身から黒い靄が立ち昇る。見えない力と黒い靄が重なり、突き抜ける。


「――呪い返し」


 唱えた言葉に応えて、黒い靄――蛇神の力の余波は空気に溶けて消えた。


「今のはなんだい?」


「答えると思うか?」


 ポーカーフェイスを意識した琴巳に衣兎は「いいや」と頭を振って答える。

 黒い靄は琴巳の意思とは関係なく発動する蛇神の防御機能だ。それを意識的に作動させた。

 琴巳の身に危険が迫っていると分かれば、蛇神は琴巳を守ろうとするから。


「今のを防がれてしまうと僕には打つ手がなくなってしまうね。……一人、潰せただけでもよしとするか」


 髪と同じ色の目が示す先、そこには意識を失った小雛を抱える先生がいた。

 出来得る限り、全員を守れるように呼びかけてはいたが、蛇神にとって琴巳以外は興味の外だ。

 小雛を守りきれなかった。その負い目は一先ず横に置いて、まだ終わっていないと衣兎と向き合う。


「僕は離脱させてもらうよ。戦うのは得意ではないんでね」


「なら、篠近成也の居場所を吐いてからにしてもらおか」


「ああ、そうだったね。すっかり忘れていたよ。彼の居場所を書いた紙がこの体育館の中に隠してある。探してごらん」


 言って、衣兎は懐から緑色の石を取り出した。

 見覚えがある。〈不明(レムレース)〉が使う離脱用のアイテムだ。


「――よい子は目覚める時間だよ」


 その言葉とともに柏手を一つ。響き渡る音ともに不可視の何かが消えた感覚がした。

 能力を解除したのだろうか。確認するように小雛を見たが、目覚める気配はない。


「それじゃあね」


 緑の光が瞬き、消えた頃には衣兎の姿はなくなっていた。

 敵がいなくなったのなら、すぐにでも拠点に戻りたいところだが、そうはいかない。

 衣兎が残した置き土産を探さなければならない。感情よりも優先すべきものがあるのだ。

 琴巳はMaveRickのリーダーなのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ