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翠の世界~the alteration game~  作者: 猫宮めめ


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18「重なる脅威」

 クラウンとの通信を終えて、琴巳は息を吐いた。


 一応釘を刺しておいたが、あの戦闘狂がどこまで従ってくれるか、正直あまり信用できない。

 猫が同行しているので悪いことにはならないと信じたい。

 止めることはできないだろう。そもそもスイッチの入った紅桜を止められる者などいない。

 でも猫ならば、仮に戦闘になっても上手く立ち回るだろうという信頼がある。MaveRickの戦闘力ツートップが揃って負けることはない、と。


 どうにもならないことを気にしていても仕方がない。スクールバックを肩にかけ直し、琴巳は止めていた足を動かす。

 辿るのは通学路。MaveRickのリーダー業は一旦休止させ、学生業の方に意識を切り替える。

 授業は到に始まっているだろうが、三限目くらいには間に合うだろう。

 気持ちはMaveRickの方に傾いていても、琴巳の本業はあくまで学生だ。疎かにはできない。


「なんや? 妙に静かやな」


 学校に辿り着いた琴巳をしんと静まり返った空気が迎えた。訝しりながらも、校内へ足を踏み入れる。

 授業中だから、と言われればそうかもしれない。他のメンバーが任務中だから敏感になっている、と言われればそうかもしれない。ただ、胸が妙にざわついている。

 胸の奥深くに潜む存在が疼き、琴巳の肩口から黒い靄が立ち昇る。この身に宿る存在は琴巳の精神状態に影響されやすい。


 微かな違和感を、しかし簡単には切り捨てず、警戒を抱いて歩を進める。

 校舎内に入っても静まり返った空気は消えない。耳のいい菊理ならこの異常をより鮮明に描けることだろう。

 靴を履き替え、いつもなら自分の教室に向かう予定を変更して別の道を辿る。

 もっとも近場で人の多くいるはずの場所――一年生の教室へ。

 人が多いところに行けば、この静けさの正体が分かるだろう、と。ただの気のせいであることを祈りながら最寄りの教室を覗く。


「これは……」


 驚きのままに扉を開き、教室の中へ踏み込んだ。

 本来であれば授業中、突然乱入した琴巳は咎められてもおかしくない。しかし、咎める役割を持つ教師は教壇の上で倒れている。

 教師だけではない。この教室内にいる生徒全員が意識を失っていた。


「死んでは……いないみたいやな。気を失っとるだけ、いや、これは寝とるんか?」


 倒れた教師へ歩み寄り、身体を揺する。声をかけ、耳元で大きなを立てても、軽く頬を抓ってみても目を覚ます気配はない。

 近くの生徒にも試してみたが、結果は変わらない。たまたま全員が眠りに落ちた、なんて馬鹿げた状況ではないのは確かなようだ。

 一人くらい目覚めてくれたら状況を聞くこともできたのだが。


「状況なら下手人に聞いても同じやしな」


 何者かが少なくとも一クラス分の人間を昏睡状態に陥らせた。

 静かすぎることを考えると校内にいる者すべてが同じ状態になっていると考えていいだろう。


「こっちが本命っちゅうことか。うちの通っとる学校を特定するなんて簡単やろうしなあ」


 琴巳はMaveRickの活動時もここの制服をまとっている。

 〈不明(レムレース)〉のメンバーとも、一瞬とはいえ、顔を合わせたことがある。そうでなくともどこかで琴巳を目にしたことがあれば、ここまで辿り着くのもそう難しくはないはずだ。

 MaveRickも琴巳にとっては日常の一部、と服を変えなかったツケがここに回ってきたということだ。


 関係のない人を巻き込んでしまったことは申し訳なく思う。けれど、琴巳は変わらずMaveRickを日常の一部にして生きるだろう。

 義賊的な活動をしていても、琴巳は結局自分のことが、MaveRickのことが一番大切なのだ。


「……迷惑かけた分は返さなあかんな」


 MaveRickが一番大切でも、それ以外がどうでもいいわけではない。

 つけたままのインカムに弄って、チャンネルを合わせる。


「先生、聞こえるか? ちょっと面倒なことになったわ」


『猫ちゃんたちの方で何かあったのかしら?』


 万が一に備えて先生には仕事を備えて待機してもらっていた。

 猫やクラウンが怪我をしたときのための待機だったが、まさかここで役に立つとは。

 簡潔な状況説明とともにこちらに合流するように告げる。先生の能力であれば、昏睡状態の人々を目覚めさせることができるかもしれない。


『相手が〈不明(レムレース)〉の子なら戦闘員もいた方がいいかもしれないわね』


「あー、せやな。今動けるんはアンネだけか。なら、アンネも――」


『それなんだけど……雛ちゃんとロゼちゃんもいるのよ。気になって学校どころじゃないって』


「……。それ聞くと、うちだけ薄情みたいに思えてくるなあ」


 小雛とロゼが学校を休んでいるとなると、呼び出しに応じている二人を除いたメンバーが拠点に揃っているわけだ。拠点で生活している菊理とアンネは言わずもがな、璃尤も今日は講義がないからと待機してくれている。

 そんな中、琴巳だけ真面目に学校に来ている。別に心配していないわけではないのだが。


『リーダーが落ち着いてくれていて、とても心強いわよ。最年長がこんなんじゃ、情けないのだけれど』


「ちょっと経験積んでるだけやって。先生も充分頼もしいで」


 インカム越しに慰め合いつつ、思考を巡らせる。

 琴巳一人で相手するのは少し心許ない。なにせ、相手は校内にいる人を数時間で昏睡状態に陥らせたのだ。その上、相手が一人だとも限らない。

 ちょっと修羅場をくぐった経験があるだけの女子高生には荷が勝ちすぎる。


「みんな揃っとるんなら、小雛がええかな。先生、頼めるか?」


『ええ、もちろんよ。待っていて』


 先生たちが辿り着くまで、何もせずただ待つというわけにもいかない。

 少しでも情報を集め、できることなら相手を倒して事件を解決――


「なんてのは流石に無理やろうけど」


 一人おどけつつ、内なる存在に呼びかける。

 琴巳の身に宿る蛇神が応じるように身を震わせたのを感じた。そっと伸ばした掌に生まれた無数の黒蛇がそれぞれ宙を泳ぎ、校内に散っていく。


 あの呪いの欠片が校内を泳ぎ、必要な情報を集めてくれることだろう。細かな情報までは得られないが、人を探すだけなら充分だ。

 合流するまでにせめて居所くらいは突き止めたい。一人で探し回るには広い校舎でも、黒蛇たちを使えば、そう時間はかからない。


 ●●●


 緑色の光の粒が頭上より降り注ぐ。雨よりも細かなそれをすべて避けるのは不可能だと判断し、紅桜は両手に握るナイフで弾くことで防ぐ。

 光に彩られる公園の中を気分よく踊りながら、ステップを踏むように白黒の少女へ歩み寄る。


 もちろんナイフだけでは光の粒を防ぎきれていない。完全に身を守りたいなら、ひしゃげた自動販売機の裏に身を隠す琥珀のように物陰に潜むべきだろう。

 しかし、紅桜はそれをしない。触れるたび、身を焼く光が齎す痛みさえも、今の紅桜には快感。

 整えられた舞台と、胸を高鳴らせてくれる相手。最上の芸中があれば、すべてが輝く。


「ミラベリアタック!!」


 いちごを模した緑の石が嵌め込まれたステッキが、紅桜目掛けて振り下ろされる。

 十字に重ねたナイフで受け止め、ステッキを握る腕を台にして跳躍。宙でくるりと回転し、スカートの中から夢を散らす。ひらめく青いスカートの内側から細い金属状のものがいくつも落ちていく。


「針山地獄、なんてなァ」


「girlがそんなはしたないことをしてはダメよ」


 避けることもできず、目を瞑って身を縮こまらせる花芳。その間に割り込む形で黒い長爪が踊る。細い針を残らず蹴散らした。


 弾かれた針は傍に着地した紅桜に襲い掛かる。

 口元を綻ばせる紅桜は迎え撃つ構えで、右手のナイフを頭上に投げる。そうして空いた手で指を鳴らし、落ちてきたナイフを再び掴む。


 両手にナイフを構え直した頃には襲い掛かる針、そのすべてが消え失せていた。

 手品で生み出された者は同じく手品で消すことができる。しかし、それですべてが終わるわけではない。


 ここは戦場。休息は一拍のみ、すぐに舞台は動き出す。


「マジカルスプラッシュ」


 緑をまとう光の粒がステッキから放たれる。

 美しい光の奔流。傍から見ているだけでは、それが攻撃だとは考えられないだろう。

 花芳が放つ攻撃は全部そうだ。見た目はコミカルでファンシー。それに反して、どれも高い攻撃力を持っている。


 元ネタとなっているアニメが、魔法少女が怪人を倒す話ともなれば納得でもできよう。

 コミカルに見える攻撃でも、怪人を倒すには充分な力を持っているのだ。その上、上位互換ともなれば、花芳の攻撃は脅威と言える。


「ま、使い手が伴っていたら、の話だけどなァ」


「きゃっ」


 狭い範囲に散る光の粒から距離を取りながら、両手に持つナイフを投げつける。

 細腕からとは思えない膂力で飛ばされるナイフは的確に花芳を狙う。


 攻撃を向けられるたび、その肩は大きく震え、瞳は怯えを映し出す。つまらない。

 容赦のない攻撃を繰り出す本人の性格はどこまでも戦場に向いていない。

 至上の舞台と演者の中で紅桜がいまいち乗りきれないのは、この不協和音が原因だ。


 そして、忌まわしい不協和音を守るように立ちはだかるのが、


「君も懲りないわねぇ。花芳ちゃんには傷一つつけさせないわよ」


「それはこっちの台詞だぜ。そろそろ違う演目も見せてくれよ」


 何度目から分からないルシーとの肉薄。紅桜を高揚させてくれる相手とはいえ、同じ演目ばかり繰り返されれば、うんざりとした気持ちが湧いてくるというものだ。

 気分が乗らず、やる気も失せていく。足手纏いの花芳を潰せば、この食傷気味の心もきっと晴れるだろう。そう思って動いても、退屈な物語ばかり見せられる。

 飽き飽きだ。まるで泥の中を泳いでいるような気分。一向に前へ進まない。


 気持ちが離れてしまえば、動きも鈍くなる。精細さを欠いた動きは容易く捕らえられる。

 退屈な舞台で、退屈な死を迎えることは紅桜の本意ではない。機嫌悪く、新たに手にしたナイフを振るえば、ステッキで受け止められる。


「ルシーちゃんは傷付けさせないよ」


 戦いを嫌う目をした少女が健気に告げる。彼女が戦闘を下りない理由を理解し、うんざりと息を吐いた。

 互いが互いのために戦う。なんと美しく素晴らしいことなのだろう。くだらない。

 整えられた美しさなど、そんなありふれたものに紅桜は興味がない。


 もう片方の手にナイフを握り、それもまたルシーの長爪で止められる。両腕を止められて為す術もない紅桜が地を蹴ったのとほとんど同時に放物線を描くものがあった。

 中身の重量を感じさせながらカーブを描く二つのアルミ缶。左右を止める二人よりも先にそれに気付いた紅桜は切れ長の目をそっと閉じた。


 戦場で視界を閉ざす行為は致命的。それでも構わず、紫の目を瞼の奥に隠した。

 緩む左右を振り払い、ナイフと大量のカラーボールをお見舞いして距離を取る。

 カラーボールは一斉に爆発し、その爆風で髪や服を遊ばせながら琥珀に並び立つ。


「間一髪?」


「ああ、助かったぜ。胸も躍った」


「たくさんあったから」


 淡白に応える琥珀が示す先にはひしゃげた自動販売機がある。周辺には中に詰め込まれていたであろうペットボトルやアルミ缶が転がっている。

 琥珀はその中から炭酸飲料を選び取って投げ、銃弾で撃ち抜いたのだ。


 存分にシェイクされた炭酸飲料は勢いよく吹き出し、紅桜以外の目を犯した。

 炭酸を目に入れる感覚はさぞかし気持ちよかっただろう。

 その上、爆発によって蹂躙され、この世のものとは思えない快感を味わったに違いない。

 想像しただけでも堪らない気持ちが込み上げてくる。消えかけの灯に油を注いで、戦意を全身で構えた。


「驚いたわ。そういう手も使うのね、猫ちゃんは」


 ナイフから、爆発から、花芳を庇ったのだろう。

 傷だらけの全身を晒し、白かった服を赤く染めたルシーが毅然とした姿を見せている。

 その後ろにいる花芳もまったくの無傷とはいかない。ルシーよりも遥かに少ない量ながらも傷だらけだ。


「まだ踊る? それとも退くのかしら?」


「もちろん、踊るわ。――天使(angel)


 胸元で揺れるペンダントを長爪が弾く。くるりと回転したコインは、微笑む天使を表に晒す。

 瞬間、ルシーの指から長い爪が失われる。武器を失いながらも、ルシーは余裕の表情を貫いていた。


天使の奇跡(テラス)


 まさしくそれは奇跡だ。唱えた言葉に応じて、ルシーの、花芳の傷は瞬く間に消え去った。

 傷の残り香を服のみに残し、万全の状態で二人は立っている。


「――さあ、まだまだ踊りましょう? 長い今日を楽しみましょうよ」

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