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翠の世界~the alteration game~  作者: 猫宮めめ


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17「青空舞踏」

 暗闇に乗じて行動することの多いMaveRickだが、今、紅桜の頭上に広がるのは青々とした空だ。

 白い雲が芸術的に漂う青空の下、広い公園の中に立っている。


 六湊町でもっとも広い公園は時間帯によっては多くの人が集まる交流の場となる。子供やそれを見守る親。犬の散歩やトレーニングに勤しむ人々、その誰一人として今この場にはいない。


 いるのは紅桜の他に猫耳フードがついた少女くらいだ。

 紅桜がMaveRick一の戦闘力と言われているのに対して、MaveRickのエースと言われている人物だ。


 組んで行動することも多く、紅桜としてはやりやすい相手だ。

 少女、猫は表情という表情もなく眠たげな目でぼうっと空を見上げている。傍から見ると隙だらけに見える姿はまるで隙がない。気紛れに攻撃を仕掛けたとしても、容易く防がれてしまうだろう。


「そろそろ時間?」


「そうね。退屈させてくれないことを祈るわ」


 平日の公園。到に授業が始まっているであろう時間に、紅桜たちがここに立っているのは〈不明(レムレース)〉から素敵な誘いがあったからだ。

 相手は紅桜が同格以上と評した人物。罠の可能性も考慮して、戦闘力ツートップが出向くこととなった。


 学生である二人だが、他のメンバーと違って平日に都合がすきやすい――学校を休むことに抵抗がない二人だったから、というのも理由の一つだ。優秀な生徒で通っている紅桜は一日、二日休んだところで困ることはなく、親も放任主義なので自由にやらせてもらっている。

 猫の方は――まあ、学校やら親やらあまり気にするタイプではないだろう。よく知らないが。


『くー様、分かっとると思うけど深追いはせんようにな。まずい状況になったら――』


「分かっているわ。つまらない結末にさせる気はないもの」


 最大限の譲歩を口にすれば、大きなため息が返される。

 インカムを通して盛大なため息を届けるのはMaveRickのリーダー、蛇だ。


 彼女もまた学生であり、例によって授業中のはずなのだが、上手く教師の目を盗んで連絡を寄越したのだろう。猫の方ではなく、紅桜の方に釘を刺す辺り、どういう評価をされているのか窺えるというものだ。

 自分の悪癖は自覚している。直す気はないので、評価を改めさせる気もない。


「Hello! って、あら? 紅桜ちゃんじゃない。また会えて嬉しいわ」


 時刻は十時を回った頃、新たに二人の人物が公園内に足を踏み入れた。

 白いセーターワンピースで女性らしい起伏に富んだ身体を包んだ女性。白と黒で構成された髪をハーフツインにしており、余った髪もまた二つに分けて括っている。


 外国の血が混じった端正な顔立ちに笑顔を花咲かせるルシーへ、紅桜もまた微笑を返す。

 互いに笑みを交わす姿は敵同士には見えず、親しい間柄を思わせる。


「私を楽しませてくれた相手からのお誘いだもの。尻尾を振って会いに行くわ」


 ルシーを警戒してとか、身軽な立ち位置だとか、実のところ紅桜には何一つ関係ない。ひと時でも渇いた心を満たしてくれた存在への欲望のまま、自ら志願した。

 罠なら大歓迎。あの日のように紅桜を満たしてほしい。それだけを望んでいる。


「嬉しいこと言ってくれるわね。とってもhappy。Happyついでに君のお仲間を紹介してくれないかしら。その子とも仲良くなりたいわ」


「私は(キャット)。猫って呼ばれてる」


「名前は教えてくれないのね。まあ、いいかしら? 私は佐汰ルシーよ。〈不明(レムレース)〉のリーダー。聞いているでしょうけれど」


「名前が知りたいの?」


 気さくな態度で歌うように紡ぐルシーに猫は首を傾げる。

 眠たげな目は純真さだけを映して見つめ、ルシーは水色の目を丸くして応じる。


猫葉琥珀(ねこばこはく)


 大したことではない、と猫は紅桜も初めて聞く本名を口にした。

 驚きはなかった。猫改め琥珀はあまり気にしない性質だと思っていたから。

 MaveRickの方針だから従っているだけで、守りたいことも隠したいことも、そんなこだわりを一つとして持っていないのだと。


「琥珀ちゃん、ね。cuteな名前ね」



「ありがと。でも……猫って呼んで」


「sorry。馴れ馴れしかったかしらあ?」


「ううん。MaveRickのときは猫だから」


 琥珀はこだわりを持たない人間だと思っていた。だから、この反応は紅桜にとってかなり意外なものだった。

 平坦な口調で己の主張を通す姿はそれなりの付き合いの中でもなかなか見ることのないものだ。


「意外ね。貴方はそういうこと気にしないタイプだと思っていたわ」


「……しろが、私はMaveRickの猫だって言った。だから、MaveRickのときは猫」


 説明になっていない説明を受けて、紅桜は理解を示す。


 抽象的な言葉の中にしろ――水瀬真白との絆を感じ取ったから。

 MaveRickそのものが琥珀のこだわりなのだ。常に感じていた底知れなさの一端を知ることができた気がする。


「ルシー、貴方の方も紹介してくれないかしら? そちら、貴方のお仲間でしょう?」


 ルシーの後ろには緑色の少女が控えていた。折り畳まれた明るい緑髪を二つに結い上げ、セーラー服に似たワンピースをまとっている。

 紅桜よりも年上のように見えるが、纏う空気はどこか幼さを感じさせる。

 初めて目にした少女だが、その装いには見覚えがある。噂に聞くコスプレ少女だろう。

 刃の鋭さを持つ切れ長の目を向けられ、肩を震わせる姿に退屈の烙印を押す。


「もう知ってるはずよ? 私の大事なfamily、cuteな魔女ちゃんよ」


 つまらない子に向けるルシーの瞳は深い愛情で満ちている。愛おしい存在を見つめる慈しみの目に、紅桜は口角をあげた。

 この子を使えば、ルシーはきっと本気になってくれるのだと。


 奥底で疼く衝動を寝かせるように閉じ込めて、今は冷静を演じる。

 寝かせて、凝縮させた欲望はきっと紅桜を素晴らしく楽しませてくれるだろうから。


「一緒に来たのは彼女だけ?」


 他に人影が見えないことから琥珀が問いかける。

 ルシーがいるのは想定通り。〈不明(レムレース)〉のメンバーが同行していることも何ら問題ない。

 ここでMaveRickにとって問題なのは姿を見せているのが二人だけだということだ。


 二人がここに来たのは〈不明(レムレース)〉に奪われたターゲット、篠近成也を取り返すためだ。しかし、肝心な篠近の姿はない。近くに人の気配もないので、そもそも連れてきていないのだろう。

 本音を言えば、紅桜はそれでも構わない。が、任務遂行を優先させる琥珀からしてみれば、大きな問題だ。


「ええ、そうね。私と花芳ちゃんだけ」


「篠近成也はどこにいるの?」


「もう本題に入っちゃうの? もっとお話を楽しみましょうよ」


 琥珀は言動に無駄がない。必要なものを淡々と拾い上げていくタイプで、対するルシーは無駄すらも愛する人物だ。

 以前対峙したときもそうだが、人と会話することが好きらしい。


「なんの話?」


「そうねぇ、貴方のお仲間のこととか?」


「それは話せない。企業秘密?」


 無駄がないといっても、無駄を嫌っているわけではないのが琥珀だ。淡白さはそのままに律儀に言葉を返す。

 素直さを見せる姿は攻略困難の装いもまたまとっている。ルシーもそれを感じ取ったらしく、追及を続けることよりも話題を変えることを選ぶ。元々そこまで興味があったわけではないようだ。


「君たちは篠近成也がさせられていた研究については知っているの?」


「遺伝子系が専門だと聞いているわ。権力者が求めるなら不老不死ってところかしら」


「That’s right! 流石、紅桜ちゃんね」


「ありきたりな話ね。つまらないわ」


 何故、時の権力者というのは挙って不老不死を求めるのだろうか。

 命が脅かされたひりつく感覚こそ、素晴らしき愛すべきものだというのに。


 紅桜は演者として不老不死の物語も味わってきた。不死を求める役も、不死者の役も演じてきたが、その素晴らしさを理解することはできなかった。

 終わりがあるからこそ命は輝くものだ。永遠に縋りつけば、辿り着くのは惨めな最期。


「指示しているのは水瀬家の先代当主だったわね。貴方たちに依頼したのも……? 権力に傅くタイプには見えないけれど」


「依頼は利己的に受けるものでしょう? それに最後を決めるのは運よ」


 言って、ルシーは胸元を示す。そこでは外国のコインを模したペンダントが揺れている。

 表面には天使が描かれていた。精巧に刻まれた天使の姿は未知への高揚を届ける。

 おそらくあのコインこそが彼女の指標なのだろう。


「素晴らしい意見ね。今が貴方にとって幸運なのか、私が確かめてあげるわ」


 口角をあげる。赤い唇が割れて、妖しさとも嫋やかさとも違う笑みを描いた。

 白い歯を見せつけるように嗜虐的な表情で美貌が彩られる。


 指を鳴らせば、何もないところから拘束具が出現し、緑色の魔女――花芳の身体を捕らえる。

 同時に地面を蹴った紅桜はその手に斧を出現させて迫る。


「切断マジックの始まりだ――っ。本当に切れちまうかもしれねぇけどなあ!?」


 脅えた顔を見せる花芳へ、刃が届く寸前で鋭い爪が行く手を阻む。

 コインの表面を悪魔へと変えたルシーが、人間のものとは思えない長く鋭い爪で斧を防いでみせたのだ。


「落ち着きのない子は困るわね。もっとゆっくりお話ししたかったのに」


「話は踊りながらもできるわ。そうでしょう? ――それとも時間稼ぎしたいことがあるのかしら?」


 片手にナイフを握り、ルシーの顔目掛けて振るう。想定通りに避けるルシーの動きに合わせて蹴りを叩き込んだ。ついでに斧を花芳へ向けて投げつつ、距離を取る。


 よろめきながらもルシーは花芳を守るために手を伸ばす。鋭さを追求した刃が肉を抉り取り、鮮血を美しく散らす。

 襲い掛かる痛みに表情すら変えないルシーは斧の柄を掴み、花芳を切り裂いた。


「足手纏いがいると苦労するわね、リーダーさん」


「そうでもないわよ。花芳はとても頼もしい子だもの。ねえ?」


 花芳が握り締めたステッキ、それに嵌め込まれた緑の石が眩い光を放つ。

 目を焼く光を撒き散らすステッキを掲げた花芳は強い目で口を開いた。


「ポップベリー!」


 掛け声とともにコミカルないちごが周囲に撒き散らされる。戦場にとても似つかわしくないデコレーションは見た目ほど甘いものではない。


「まずい状況になったら撤退って(スネーク)が言ってた」


「もちろん覚えているわ。でも、私と貴方が揃っているなら、まずい状況の方が逃げていくわ」


 コミカルないちごに囲まれた状況など大したことではない。まずい状況ですらないのだ。

 リーダー様からのありがたい言葉で忠告する琥珀をあしらって戦闘続行の意を示す。


「あのまま会話を続けるなんて相手の策に嵌まっているのと同じよ」


 欲を理性で覆う紅桜の言葉も一理あると考えたのだろう。琥珀は銃を引き抜き、構える。

 わずかに身を屈めて跳躍。いちごたちを振り切るように高く高く跳びあがる。


 超人的な跳躍力で青空と重なったと同時に発砲音が平日の公園内に響き渡った。

 その裏で紅桜はカラーボールで援護する。地面を軽快に弾むカラーボールは次々にいちごに被弾し、その爆発を引き受ける。


 『ポップベリー』。周囲に撒き散らされるコミカルないちごたちはその一つ一つが小さな爆弾になっている、というのは『魔法少女ミラクルベリー』ファンである小雛の言だ。

 紅桜自身もアニメを履修し、木苺みのりの能力は予習済みだ。


「ベリーシールド」


 上空から放たれた銃弾は半透明のいちごによって防がれる。

 動揺しない琥珀は音もなく着地し、もう一方の手にナイフを構えて爆風の中を駆ける。

 それは紅桜も同じ。琥珀が着地したのと同じタイミングで地面を蹴る。吹き荒れる爆風が二人の身体を敵から隠してくれる。


「紅桜ちゃん。白一色の舞台は退屈じゃないかしら? ねえ――強欲(マモン)


 引き寄せの力。身構える紅桜に影響はない。となれば、術中に嵌まっているのは琥珀の方か。

 彼女は下手な手を打たないという信頼から速度は落とさず、ルシーを目に収める。


 と、勢いよく迫る何かが身を隠す爆風を掻き消した。

 迫るのはどこからか引き寄せられた自動販売機。ルシーの引き寄せが招いたものだと気付くよりも早く、自動販売機が琥珀の身体に叩きつけられた。

 ぎりぎりで直撃を避けた琥珀は空中で勢いを殺し、軽々と着地する。


「あら、丈夫なのね。気絶くらいさせられると思っていたのだけれど」


「衝撃を殺すのは難しくない」


 微かに負ったダメージを感じさせる姿で琥珀は淡々と返す。


「篠近成也を返す気がないなら、貴方たちの目的を教えて」


「知りたいなら力づくで聞き出してみたらどうかしら?」


 好戦的な表情を見せるルシーに応じるように紅桜も、琥珀も改めて戦闘態勢を取る。

 この場で戦闘の意思を見せていないのは花芳だけ。戦う意思のない者を気にしても仕方がないと目端を置くに留める。


「いいわ。貴方の時間稼ぎに乗ってあげる。精々楽しませてちょうだい」


 相手に乗るのも舞台を盛り上げるために必要なことだ。

 己の利益も不利益も、組織の利益も不利益も、紅桜には関係ない疼く欲望に従うことこそ、紅桜にとって一番の利益だ。

 この心を満たしてくれるものこそ、紅桜が世界に求めることなのだから。

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