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翠の世界~the alteration game~  作者: 猫宮めめ


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15「策略」

 帰宅したルシーは玄関ホールに並んでいる靴を認めて目を丸くする。長く使われていることが分かる装いながらもくたびれた印象は与えない、持ち主の性格を窺わせる代物だ。

 その横にブランド物の靴を並べたルシーはその足でリビングに向かう。


 高価な家具で飾り立てられた広いリビング、若い女性が一人暮らししているとは思えない広さのリビングに佇む少女がルシーの方へ振り向いた。

 色素の薄い癖髪をワンサイドアップにした少女だ。眠たげでぼうっとしている目は髪と同じ色。

 もこもこのパーカーに身を包む姿は纏う空気もあって、寝巻きのようにも見える。


「やあ、帰ったんだね。ルシー」


「こんな時間に衣兎がいるなんて珍しいわね。妹ちゃんたちはいいの?」


「今日は母が有給を取ってくれてね。僕はお役御免なんだ」


「なら今日はルシーちゃんが衣兎を独り占めしようかしら。一緒にholidayを楽しみましょう?」


 柚芽衣兎(ゆずめいと)。早くに夫と死別し、一人で家計を支える母の代わりに妹弟の世話をしている頑張り屋さんだ。いつも頑張っている大事な家族を今日はたくさん癒してあげようと心に決める。

 ルシーの自宅兼〈不明(レムレース)〉にいる時間も少ないのでたくさん甘やかしてあげるのだ。家ではお姉さんでも、〈不明(レムレース)〉ではルシーの方がお姉さんなのだから。


「素敵なお誘いだね。……ところで、昨日の任務はどうだったんだい? 例の子とは会えたのかい?」


「紅桜ちゃんのことね。ええ、とても強くて素敵な子だったわ。敵じゃなかったらfriendになりたかったわねぇ」


「ルシーにそこまで言われるなんて少し妬けてしまうね」


「あら、familyはfriendよりもずーっと上よ。ヤキモチする衣兎もcuteだけれど」


「冗談だよ」


 ここに来て初めて衣兎は表情を変えた。吹き出すように口を緩めた。

 満面には程遠いながらも、悪戯めいたその笑みは衣兎の顔をさらに愛らしく飾り立てる。

 やはり家族は、大事な存在は笑っている姿が一番いい。


「……素敵な子だったけれど、厄介な子でもあるわね。本気になっても追いついてきた」


「ルシーの本気に、か。それは確かに厄介な相手だね。実赤が負けるのも仕方がないか」


 今回ルシーがあの会社に乗り込んだのは実赤と千巫と遊んでくれた人物に挨拶をするためだ。

 MaveRickが受ける依頼の中で介入しやすいものを調べ上げて仕掛けた。六湊町内にある会社なら伝手もあるので、ルシーの望むままに誘導することも難しくない。

 目的の人物がいるかは賭けの要素が強かったが、満足のいく結果となった。


「眼鏡の子と白衣の子、後は花芳ちゃんが会った猫耳の子とピンク髪の子」


「ちみあが会ったのとはまた別人か。MaveRickというのは大所帯の組織なんだね」


 〈不明(レムレース)〉のメンバーは全部で五人。対してMaveRickのメンバー確認できているだけでも九人だ。あと一人いれば〈不明(レムレース)〉の二倍、これ以上いるとは考えたくないが、楽観視はできない。


「幸いなのは、全員が戦闘員ではないというところかしら?」


 ルシーが直接会ったのは三人だけ。紅桜はさっき言った通り、眼鏡の子も紅桜ほどではないにしろ、戦闘の心得があるようだった。残す一人、白衣の子はおそらく戦闘員ではない。

 その佇まいは戦闘慣れしたものではなく、おそらくサポート系の能力持ちなのだろう。


「量より質って言葉もある。人数の差がそのままこちらの不利になるわけではないからね」


 人数だけが強さの指標ではない。

 何人でかかってこられようが、ルシーが倒してみせる。どんな手を使っても絶対に。

 大切な家族を守ることこそ、〈不明(レムレース)〉を作ったときからルシーが己に課していることだ。


 ルシーは〈不明(レムレース)〉が負けないと思っている。衣兎もまた同じことを考えていることが伝わってきて、その思いをより強くする。

 信じてくれる心が傍にあるから、絶対に守りたい存在があるから、ルシーが折れることはない。


「それよりも、僕はハローワーカーの方が気になるね。まだ動きを見せていないのかい?」


 水瀬真白が始めたゲームの参加資格を持つのはMaveRickと〈不明(レムレース)〉ともう一チーム。

 二度接触したことのあるMaveRickとは違い、ハローワーカーについては何の情報も掴めていない。

 それは何より動きを見せていないことが大きい。首を横に振るルシーに衣兎は息を吐く。


「まだゲームは始まったばかりとはいえ、少し不気味なものだね」


「様子見をしてるのか、何かを待っているのか、情報がないと判断もできないわね」


「彼女から何か聞いていないのかい?」


「真白は公平だもの。特別扱いはなしよぅ」


 ゲームマスターであるところの真白はルシーの友人だ。彼女との話の中で〈不明(レムレース)〉は生まれたわけだが、まさかこんなゲームを企んでいたとは思わなかった。

 彼女は彼女の求めるもののために動いている。巻き込まれたことに思うことはない。ルシーはルシーの求めるもののために動いているのだから、そのことに文句はない。彼女には借りもあるし。


「ならば、名前から推測するしかないね。ワーカーと言えば、働く人という意味だが」


「仕事に関係する能力を持っている、ってところかしらね。Hum…、選択肢が多いわねぇ」


「呼称なんていくらでもこじつけられる。僕たちと一緒でね」


「そうね。workerで言うなら私は裁判官ってところかしら」


 冗談っぽく言葉を交わし、その裏で思考を回す。見せるのは明るさのみでいい。

 奥の奥に潜ませた冷たい自分を知っているのはルシー自身と、後は敵くらいでいい。


「できれば少数がいいわね。とぉっても強いルシーちゃんでも、たくさん相手するのは疲れちゃうもの」


 ●●●


 潮風に短く切り揃えた髪を遊ばせながら歩を進める。髪と同じく風に煽られて揺れる緑のエプロンにまとわりつかれながらも、歩調は規則正しく。真っ直ぐに伸びた姿からは生真面目さが窺える。

 エプロンのポケットには蒼目が印象的な黒猫のぬいぐるみが覗いでいる。それが真面目だけで彩られた少女の印象を少しだけ崩していた。


 規則正しく響く足音は廃工場の前で止まる。一ヵ月以上前に複数の男が殺された場所だ。

 といっても、死体どころか、血の一滴すらも残っていない。この場で人が死んだことを知っている者は当事者を除けば、ごくわずかだろう。

 例えば、当事者の身内や関係者。六湊町を支配する水瀬家の人間。そして――少女と似た能力を持つ人間。


「ったくやっと来たか。待ちくたびれたぜ、本屋」


 廃工場内に足を踏み入れた詩折へ、苛立たしげな声が投げかけられる。

 視線を向ければ、オレンジのツナギを着た小柄な少女が立っている。ざんばら髪はツナギと同じオレンジで、ところどころに青髪が混じっている。

 年は十五歳。名は水月火吹(すいげつひぶき)。消防士を名乗る少女だ。


「まだ約束の時間になっていないはずですが?」


 腕時計を確認すれば、待ち合わせの五分前を指し示している。

 常に五分前行動を心掛けている詩折は己の時間配分の正確さを確認しつつ、改めて花色の目を火吹へ向ける。睨みを利かせる火吹は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「中坊は大人しく待つこともできないのかよ」


「あ゛ぁ?」


 火吹と距離を取るような位置に立つ長身の女性。ぼそぼそと喋る声を聞き咎めた火吹が苛立ちを彼女へと向ける。

 体型を隠すような大きめなジャージで身を包み、伸びっ放しの髪は無造作に一つに括られている。

 背は高いが、猫背な上に身体を縮こまらせるように立っているので、実際よりも低く見える。

 それでも火吹と比べて見れば、充分すぎるくらい長身と言えよう。


 数金流琵(すがねるび)。プログラマーを名乗っている十九歳、ニートである。

 この二人が詩折の所属するハローワーカーのメンバーだ。

 性格に多少の何はあるが、能力は優秀。利害で結ばれるには充分と言えるだろう。


「っ、それで、あたしたちを呼び出したってことは、そろそろなんでしょ」


 低い声はぼそぼそと聞き取りづらく早口で問いかける。

 落ち着きなく動く視線は常に下を向いているので、視線は終始合わない。


「よおやく、オレの出番ってか。待ちくたびれたぜ。他のヤツらはもうドンパチやってんだろ?」


 流琵とは対照的に火吹の声は大きく快活だ。二人の会話を動画で見ようものなら音量調節に苦労することだろう。


 ギザ歯をかち合わせて音を鳴らす火吹はやる気に満ち溢れており、今すぐにでも飛び出してしまいそうな勢いだ。まさしく炎のような火吹の様子を詩折は熱を感じさせない目で見つめる。

 三人が三人とも自分の色を保ったまま、絶妙な距離感で立っている。


「これ以上待てって言われたらぶん殴ってやるとこだったぜ」


「待つことも必要です。いくら能力が優秀でも数で押されれば勝つことは難しいでしょう」


 言葉選びは慎重に。相手の気を削がないように詩折の有用さを感じさせるように。

 信用を越えて信頼さえも勝ち取ることができたら扱いやすくなる。

 あの方から言われたアドバイスを詩折は純真に実行する。


「他のチームが潰し合った後に強襲を駆けるのが最善です」


「……漁夫の利か」


「ギョフだがなんだか知らねえけど、それで勝てんだよなあ!?」


 火吹は何よりも誰よりも勝ちに拘っている。ゲームに負ければ、与えられた異能を失うともなれば、それも無理のない話だ。

 居場所への執着がない代わりに二人は力に固執している。だからこそ、詩折に声をかけてハローワーカーの一員になったのだ。

 MaveRickよりも、〈不明(レムレース)〉よりも御しやすいと考えたから。


「漁夫の利も知らないのかよ。……脳筋」


「あ゛ぁ!? てめえ、今なんつった」


 この二人の相性があまりよろしくないのはお察しの通り。もし詩折がメンバーに加わらなかったらどうするつもりだったのだろう。

 流琵は卑屈ながらも他人を見下すようなところがあり、火吹は頭に血が上りやすい。

 今見ている限りでも突っ走って早々退場するのが関の山だろう。


「呼び出した理由についてお話ししてもよろしいですか?」


 目の前で繰り広げられる喧嘩を放置していても時間の無駄。

 目的を早々に果たして、詩折のいないところで二人には好きなだけ喧嘩してもらおう。


 くだらない時間を過ごすよりも、あの方と対話することに時間を使いたい。

 密かな欲望を鉄面皮で隠しつつ、詩折は向けられる二対の目に応じる。


「私たちの方針は先程言った通りです。今回呼び出したのは〈不明(レムレース)〉が大きな計画を立てているという情報を手に入れたからです。私たちもそろそろ挨拶が必要だと」


「その計画に便乗するってことね。まあ、いいんじゃないの」


 先日、篠近成也という研究員が〈不明(レムレース)〉に攫われた。彼はMaveRickが会社から救出するという依頼を受けていた人物だ。

 MaveRickは義賊的な動きを見せている組織だ。自分たちの安全のためだけに一度受けた任務を断るなんて真似はしないと考えられる。


 それを利用して、〈不明(レムレース)〉はMaveRickを誘い出す作戦を立てている。

 あの方から授かった能力によってその情報を得た詩折はさらにそれを利用することにした。


「作戦指揮は私がします。お二人は私の指示に従って動いてください」


 素直に従うなんて言葉とは無縁に見える二人。下手すれば、気分を害して好き勝手に動かれる危険性もある。が、問題ないと冷静に判断を下した。


「わ、わかってるよ。そういう約束だし、本屋の力は……まあ、信用してるし」


「オレは勝てりゃあなんでもいい。あんたが勝たせてくれるつったから従ってやるよ」


 すでに詩折が有用であることは示している。元々頭脳プレイに苦手意識のある二人は簡単に作戦の要を詩折に預けてくれた。

 計画は順調だ。詩折はポケットに収まっている黒猫のぬいぐるみを撫でた。

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