11「新しい任務」
高めの声が流麗なメロディを奏でる。リズムを取るように地面を叩く靴音に合わせて、ハーフツインの髪が軽快に跳ねる。余った髪はおさげにされている。
四つに分けて結われた髪は白と黒の二色で構成されている。市松模様のアイスボックスクッキーよろしく、四分割にされた髪は交互に白黒で彩られている。
「あら?」
言い争う子供の声を聞き止めて、鼻歌が止まる。視線の先には今時珍しい駄菓子屋が居を構えていた。
その前に立つ二人の子供が甲高い声で言い合っている。よく似た顔立ちをしているので、兄妹だろうか。
女性は口角を上げ、鼻歌とともに止めていた歩みを、喧嘩する二人へと向ける。
「Hello! troubleならルシーちゃんに聞かせてごらん」
長い睫毛に縁取られた青目を幼い二人の目線に合わせて語りかける。
突然現れたルシーに驚き、目を丸くさせた二人へ慈愛に満ちた柔らかな視線を注ぐ。
親にしっかり言い聞かされているのだろう。子供たちの目がルシーを警戒していることが窺える。
「お姉さん、だれ?」
「私は佐汰ルシー。通りすがりのprettyなお姉さんよ。ルシーちゃんって呼んでくれるとうれしいわ」
妹を守るように一歩前に出た兄の目をじっと見て答える。
美人に見つめられ、仄かに頬を染める兄の後ろから妹が顔を覗かせる。少しだけ目が赤い。少し潤んでもいて、ルシーが声をかける直前までしていた喧嘩が原因だろう。
「っお、おにいちゃんが……わたしのおかし、とったの」
「ばっ、お前……」
「ふうん、I see。 妹のお菓子を取るなんてbad boyね」
「ちがうっ、オレはとってない!」
兄の訴えを聞いて、ルシーは目を細めた。
嘘を言っている。仕事柄、他者の嘘を見抜くのが得意なルシーは一目で拙い嘘に気付いた。
気付いたが、ここで指摘はしない。代わりに胸元で揺れるペンダントを持ち上げる。
「なら、神様に決めてもらっちゃおう」
言って、ペンダントの中央にあるコインを模した装飾を弾く。表面には天使、裏面には悪魔が彫られたコインはくるくると勢いよく回転する。やがて勢いは弱まり、止まった。
表に来た面に描かれているのは天使、それを認め、ルシーは笑みを作った。
「天使。君はやっていない、と信じてあげる」
「やった」
「ほんとにお兄ちゃんがとったのに……」
喜ぶ兄と裏切られた悲しみを宿す妹。分かりやすく明暗を表現する兄妹へ、ルシーはその手を差し出した。
ルシーの手には派手な包み紙をまとう棒付きキャンディが握られていた。ルシーが常備しているものだ。
二人に向けて差し出されているのにキャンディは一本だけしかない。兄妹は怪訝な顔でルシーを見返す。
「君にあげるわ。cuteな天使ちゃん」
「いいの……?」
頷けば、今にも泣きそうだった妹の顔がぱっと晴れる。
愛らしい表情を見る横で、兄の方にはウインクをあげる。文句は言わせない、と。
自分の非をきちんと理解しているのだろう。一文字に口を結びながら、こくりと頷いた。
「兄妹、仲良くね。familyは大事よ」
ひらひらと手を振り、離れようとした足を止めて踵を返す。
せっかく立ち寄ったのだから、と駄菓子屋で買い物を敢行する。小さな買い物かごを手に取り、次から次へとお菓子を入れていく。迷いなく、目に留まったお菓子を手当たり次第に入れた。
大人買いをするルシーの脳裏にはとても大切な家族の姿が映し出されている。きっとお菓子をたくさん持って帰ったら喜んでくれるだろう。それはなによりも嬉しく、ルシーを幸せにしてくれるスパイスだ。
店主のお婆さんに驚かれながらも駄菓子を大量買いしたルシーはぱんぱんになった袋を抱えて、ようやく元の道を辿る。
先程よりも歩みは弾み、再開した鼻歌とともに楽しげに帰路につく。と、着信音が鳴った。
初期設定のままの味気ない着信音を受けて、大荷物を抱えたまま器用にスマートフォンを取り出す。
「Hi、今から帰るところよ。お土産もあるから楽しみにしてて」
スマートフォン越しに聞こえるのは眠たげな声だ。実際眠たいわけではなく、抑揚のないゆっくりとした喋り方がそう聞こえさせているのだ。耳を擽る落ち着いた彼女の声がルシーは大好きだ。
淡々と、抑揚のない声が紡ぐ言葉に相槌を打ちながら歩みを進める。
「うん、そうね。そろそろ動こうかしらね。大切なfamilyと遊んでくれた子にはちゃんと挨拶しないとね」
先日、ルシーの家族が任務中にとある組織と接触したらしい。結果、任務に失敗したと申し訳なさそうな顔で謝罪していたのを覚えている。
任務が失敗したこと自体はどうでもいい。不正の証拠を隠すための手助けという非常にくだらない任務だった。
報酬がよくて、コイントスが肯定したから受けただけの任務。
そこにある問題は、チームの武力を司る子が押さえられたこと。全力を出せていなかったとはいえ、かなりの手練れが相手組織の中にいるらしい。それすらも究極的に言えば、ルシーにはどうでもいいことだが。
家族が世話になった挨拶をする。そして大黒柱として負けることはできない。大事なのはこの二つ。
絶対に譲れないものを改めて胸に落とすルシーを、『それで本題なんだが』という眠たげな声が現実に引き戻した。
続く言葉に青い目を丸くし、地面を蹴る力を強めた。
「それは確かに一大事ね。ちみあちゃんはまだ学校だろうし……hum、花芳ちゃんも呼んで三人なら充分かしら?」
肯定の声を聞きながら、さらに加速する。せっかく買った駄菓子を落としてしまわないように気を付けながら帰路を急ぐ。道中、スマートフォン越しに聞こえた謝罪の声に眉根を寄せる。
「そういうのはいらないわ。あなたのfamilyは私のfamilyだもの」
大切な家族の大切なものを守る。それはルシーが自身に課しているものだ。
節約は大事。突発的なタイムセールに少しも遅れるわけにはいかないと常人を離れた速度で進んでいく。
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「新しい任務ですか?」
小雛と並び、テーブルで勉強をしていた菊理は共有スペースに戻ってきた蛇の言葉に目を丸くした。
菊理の最近の日課は先生が買ってきてくれた参考書を使って勉強することだ。
物心つく前から研究所で過ごしてきた菊理は一般常識が欠如している。本来受けているはずの義務教育も最低限のものしか受けていないので、少しずつ勉強しているのだ。
絶賛義務教育中の小雛も含め、分からないところ教えてくれる人がたくさんいるので順調な進み具合だ。菊理は飲み込みが早いと褒められてもいて、ちょっと誇らしい。
「せや。それを話そうと思っとったんやけど、二人だけか?」
「はいっ。アンネさんは別の部屋にいると思いますよ?」
「せんせは仕事で遅くなるってメール来てた」
共有スペースにいるのは菊理と小雛の二人のみ。今、蛇が来て三人になった。
独りが苦手な小雛や誰かと一緒にいることが好きな菊理はほとんどの時間を共有スペースで過ごしている。
それ自体は前から同じだが、今は前とは違う部分が少しある。
「ロゼがおらんなんて珍しいな」
「最近はずっとですよ。怒られた日からずっとです」
「何か企んどるっちゅうわけやないやろうし……ちょっと言い過ぎたかな」
毎日のように拠点を訪れていたロゼは最近あまり姿を見せなくなった。
このまま来ない日が増えて、MaveRickからいなくなってしまうのではないか。そんな不安があって、ロゼがいない日々が日常になるのは少しだけ寂しいと思う。
言い過ぎた、と後悔する蛇のこえにも寂しさと不安が宿っている。
「ん、大丈夫、だと思う。ロゼちゃん、龍のお姉ちゃんと何かしてるみたい」
「そうなんですか?」
璃尤は変わらず頻度で拠点に来ている。態度も特に変わらず、まったく気付かなった。
こくりと頷いて肯定する小雛に尊敬の眼差しを注ぐ。
ほとんどの時間一緒にいたのに、菊理に気付けなかったことが気付けるなんてすごい。
「龍が一緒なら問題ないか。あれで案外、面倒見がいいからな」
頭が良くて、周りがよく見えている璃尤はとても頼りになる。感情のままに突っ走ってしまいがちなロゼを冷静に導いてくれるだろう。あの日以来、ロゼはずっと落ち込んでいたから、少しでも元気になってくれると嬉しい。
璃尤と一緒にいるときはいつも元気っぱいなのできっと大丈夫だろう。
「……それで、新しい任務って?」
「二週間前から帰ってこん夫を会社から救出してほしいっちゅう依頼や。今、アンネに詳しいことを調べてもらってるとこや」
「私たちもお手伝いできることありますか」
「それを話し合うつもりやったんだけど……」
メンバーが揃っていない現状に息を吐く蛇。自由を基本スタンスにしている以上、こういう事態も少なくない。息を吐きながらも、蛇はこの現状を嘆いてはいないようだ。
嘆いているなら、そうなる現状を放置するなんてことしないだろう。
「まあ、アンネと猫か、くー様に頼むことになるやろな。そんで、うちと先生が近場で待機するんが妥当やろな」
「ボクたちはお留守番……?」
頷きによる肯定を受け取って、小雛は残念そうに目を伏せる。
菊理も残念な気持ちでいっぱいだ。でも、前回のことがあったから、二人とも強く出られない。
それに自分が役に立たないことを菊理もよく分かっている。
菊理はただ耳がいいだけだ。身体能力も人並みで、戦闘になれば足手纏いにしかならない。
とても残念でも理由が分かるから不満はない。任務で役に立てないなら、他に役立てることを探せばいい。菊理の耳が役に立てることもあるはずだ。
「拠点を守るのも大事な役目やからな。頼りにしてるで」
「ん、がんばる」
「任されましたっ!」
頼りになる、なんて言われたら、いっそうやる気が漲ってくる。
小さな拳を握る小雛と視線を交わし、互いのやる気を確かめ合う。二人のその反応を微笑ましく見る蛇はその視線を扉の方へ走らせた。
扉の向こうからピンク髪をとても長く伸ばした少女が現れた。ノートパソコンを持っている姿はお馴染みで、テーブルを挟んでソファに座る三人に倣って座った。
「何か分かったんか?」
頷くアンネはいつもそうしているようにノートパソコンの画面を三人に見えるように向ける。
「会社の見取り図を入手しました。ターゲットが監禁されている場所はこちらの隠し部屋か、地下だと思われます。地下に降りるには幹部のみが立ち入りを許されたエリアに入る必要があります」
どうやらアンネは蛇の指示で新しい任務について調べていたらしい。
ほんの数時間で調べあげたとは思えない情報量を機械的な声で淡々と紡ぐ。
機械音声ながらアンネの声は違和感なく滑り込んでくる。限りなく人間に近い声はかなり高度な技術が詰め込まれているのだろう。
「監禁されとる理由は?」
「それはまだ……申し訳ありません。ただ、水瀬家の先代当主の指示というとこまでは掴みました。何かの研究をしているようです」
「ターゲットは確か有名な研究者やったか? 発表した論文を調べたら手掛かりが掴めるかもしれへんな」
「はい。次はそちらを中心に調査を続けます。――それと、気になることが」
わずかに落とされたアンネの声が張り詰めた空気を連れてくる。
小雛は身体を強ばらせ、蛇は眼鏡の奥の瞳を細めて続く言葉を待つ。
「別の組織が動いているようです。幹部の一人のメールの履歴から、依頼書のようなものを発見しました」
「〈不明〉か?」
「現在調査中です」
不思議な光を持つ水色の目を伏せたアンネの答えを聞きながら蛇は悩ましい顔で考え込む。
「念のため、猫とくー様、どっちも行かせた方がいいかもしれへんな」
任務遂行率No.1の猫と、随一の戦闘力を持つクラウン。
例の組織、すごく強かった彼女たちがまた接触してくるのはとても不安だが、この二人ならきっと大丈夫だろう。
蛇と先生も待機するようだし、どんな強い相手でも頼もしい仲間たちがどうにかしてくれる。
菊理の役目はその間、拠点を守ることだ。




